DIABETES NEWS No.118
 
No.118 2010 September/October 

DPP-4阻害薬とSU薬の併用時の低血糖に注意
 昨年末にシタグリプチンが上市されて以来、本年4月にはビルダグリプチン、6月にはアログリプチンと、DPP-4阻害薬が次々に登場しました。インクレチン関連経口薬という、これまでにないユニークな特徴をもつ糖尿病薬として、一般向けのメディアにもとり上げられ、認可前から大きな期待が寄せられました。
 DPP-4阻害薬の特徴の1つとして、低血糖が起こりにくいということがあげられていました。実際に、わが国での臨床試験段階では、SU薬との併用試験が行われたシタグリプチンとビルダグリプチンのいずれも重篤な低血糖はみられなかったと報告されました。しかし、シタグリプチンが認可され、多くの糖尿病患者さんに処方された段階で、重篤な低血糖の事例が報告されました。重篤な低血糖を起こしたケースの特徴として 1)高齢者、2)軽度腎機能低下、3)SU薬の高用量内服、4)SU薬ベースで他剤併用、5)シタグリプチン内服追加後早期に低血糖が出現の5項目が「インクレチンと SU薬の適正使用に関する委員会」から報告されています。
 具体的な Recommendation の中では、まず SU薬とビグアナイド薬の使用について注意を喚起しています。そして、DPP-4阻害薬(シタグリプチン、ビルダグリプチン)と SU薬との併用、SU薬・ビグアナイド薬の併用においては、とくに高齢者や軽度腎機能低下者の場合には SU薬の減量を必須とすることが提言されています。(*7項目の recommendation については日本糖尿病学会日本糖尿病協会のホームページ参照)
 また、GLP-1受容体作動薬リラグルチドについても、SU薬との併用が認められており、作用も DPP-4阻害薬より強力と考えられるので、SU薬と併用する場合には低血糖に対する十分な注意が必要です。

インクレチン関連薬の位置付け
 インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬と GLP-1受容体作動薬)は、膵β細胞機能の進行性の低下に対して、抑制するのではないかとの期待があります。DPP-4阻害薬のよい適応として、私見ですが、軽症の2型糖尿病をあげることができます。さらに、少量の SU薬で良好な血糖コントロールが達成できていない患者さんに、DPP-4阻害薬を併用して、SU薬を増量することなくより良いコントロールが達成できれば、膵β細胞の機能の保持にもつながるのではないかと思います。ただし、SU薬とインクレチン関連薬の併用に際しては、重篤な低血糖に十分注意してください。
 


食後高血糖は大血管障害のリスク
 糖尿病の前段階である耐糖能異常の段階から治療を開始することは、糖尿病への移行を阻止するために重要なことです。すでに耐糖能異常の段階においても心筋梗塞や脳梗塞を代表とする大血管障害のリスクが高いことが、多くの疫学研究により明らかにされています。耐糖能異常の特徴は、空腹時血糖はあまり上昇していないのに食後血糖が高いことです。そこで、薬物治療により食後高血糖を改善すれば大血管障害が抑制できるのではないかと期待されました。

食後高血糖改善薬による大血管障害の抑制
 実際に、二糖類の分解を阻害して小腸からのブドウ糖吸収を抑制するα-グルコシダーゼ阻害薬のアカルボースを耐糖能異常の患者に投与すると、糖尿病の発症や大血管障害の発症が抑制されることが 2002年に、STOP-NIDDM という研究で証明されました。食後高血糖を改善する薬物にはα-グルコシダーゼ阻害薬の他に速効型インスリン分泌促進薬があります。NAVIGATOR Study はインスリン分泌促進薬のナテグリニドを耐糖能異常者に投与した時に、糖尿病への移行や大血管障害の発症を抑制することができるのかどうかを調べた大規模臨床試験であり、2010年 New England Journal of Medicine 誌に結果が発表されました。

NAVIGATOR Studyの結果の概要
 世界40カ国から耐糖能異常および何らかの心血管障害にリスクを有する 9,306名を選び、無作為にプラセボ群とナテグリニド群に分類しました。厳格な生活習慣改善プログラムを行いつつ、二重盲検下で薬物を投与し、5年余にわたり経過観察されました。その結果、ナテグリニド群はプラセボ群と比較して、糖尿病への移行も大血管障害の発症(心血管障害死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、心不全による入院)もともに抑制することができませんでした。
 なお、本 Study では、同じ対象者をプラセボ群とバルサルタン(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)群に分類した血圧に関する試験も同時に行われました。その結果、バルサルタン群はプラセボ群と比較して、大血管障害の発症は抑制できないものの、糖尿病の発症を有意に抑制しました。
 速効型インスリン分泌薬がα-グルコシダーゼ阻害薬とは異なり、糖尿病および大血管障害の発症をともに抑制できなかったのは予想外の結果でした。作用機序の最も大きな違いは、α-グルコシダーゼ阻害薬はインスリン分泌を抑制する方向に働くのに対して、インスリン分泌促進薬は文字通り、インスリン分泌を促進する点であります。
 NAVIGATOR Study では、両群ともに厳格な生活習慣改善プログラムが行われましたので、薬物の効果を打ち消してしまった可能性も考えられます。

EBMと大規模臨床試験のエビデンス
 NAVIGATOR Study のような大規模臨床試験の結果というのは Evidence-Based Medicine(EBM)を構成するひとつの要素でしかありません。EBM には専門的な見地から治療を決めることやインフォームドコンセントにより治療を決めることも同様に重要な要素となっています。速効型インスリン分泌促進薬の有効性は、個々の患者における EBM に基づいて検証されるべきしょう。
 


糖尿病センターの入院システム
 糖尿病センターには、内科と眼科を合わせて、初診、定期受診(再診)のために毎月約9,000人の患者さんが通院されています。良好な血糖コントロールをまずめざしていただく方と、血糖コントロールとともに合併症の治療を必要とする方に、大別することができます。
 合併症がない、あっても軽度な方には、外来診療チームは患者さんの意向に添いながら生活習慣改善をすこしずつ指導し、血糖コントロールしていきます。徐々に改善する方もいらっしゃいますが、紹介を受けてから定期的に外来通院されても様々な理由でコントロールが改善しない方も多いのが現状です。
 これまで糖尿病センター内科の入院は、一般入院(神経障害の精査と今後の治療方針の決定、腎症の精査と今後の治療方針の決定、透析導入、壊疽の治療、低血糖症の精査など)と7日入院(2007年よりクリニカルパス施行)という2つのシステムを実施してきました。7日間の短期入院は、日曜日に入院して土曜日に退院するというシステムですが、糖尿病センター開設以来実施してきたシステムであり、多くの方に利用していただいています。昨年度は、242名の方が血糖コントロール目的に入院され、これを機会に、自己管理を励行しています。糖尿病センターの友の会「あけぼの会」の機関誌には、お寄せいただいた患者さんの入院経験談が毎回掲載されます。

3日間入院パスの導入
 昨今の社会経済的な状況も影響し、血糖コントロールはしたいけれども仕事を1週間休むことができないという患者さんの声が、最近多くなってきました。そこで、3日間の入院パスコースを大学病院の担当委員会に申請し、6月から実施する運びとなりました。3日間であっても生活をリセットしていただくのに有用な患者さんに、ご利用していただければと考えています。
 入院は月曜日に入院して水曜日に退院するコース、木曜日に入院して土曜日に退院するコースの2つがあります。いずれも保険診療で行います。
 この入院では、自分の血糖値がどのような日内変動をしているか、入院中に食事療法を励行することでどの程度血糖値が改善するのかなど、短期間で血糖コントロールを見直すきっかけを作ることを目的としています。同時に、内因性インスリン分泌能の測定、1日摂取エネルギーの再確認、糖尿病全般についての講義、医師やコメディカルとの治療方針についての話し合いなど、盛りだくさんの予定が入っています。必要があれば入院期間の血糖値を5分間隔で測定できる持続糖濃度測定装置(CGMS;109号参照)を用いて測定することも行います。

3日間入院パスの「ここまでは」の目標
 もちろん、3日間では血糖コントロールはつきません。入院前の生活と入院中の血糖値の変動とを考えあわせて、退院後にどのような行動を起こせば、血糖コントロールの改善が見込まれるかを、患者さんと医療スタッフともに考える、これが「ここまではやりたい目標」です。
 3日間が血糖値と向き合うよい期間になればと考えています。
 

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