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No.109 | | 2009 March/April |
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このたび、糖尿病センターで診療にあたったさまざまな糖尿病合併症の症例の診断と治療を中心に、「糖尿病合併症診療の実際―症例から学ぶ合併症治療最前線」と題する著書を出版させていただくことになりました。3年前には、「糖尿病診療の実際―症例から学ぶ治療最前線」という著書を出版しましたので、今回はその続篇というべきものです。前回の著書では、糖尿病の成因・病態に基づいた分類にしたがって、各病型のさまざまな症例について、診断、病型鑑別の進め方、治療方針とその経過などを解説しました。今回の「合併症篇」では、網膜症、腎症、神経障害、大血管症、足病変、感染症および皮膚病変などさまざまな合併症の症例をとりあげました。診療にあたった主治医と指導医とで病歴、検査結果、治療経過などについて簡潔にまとめ、解説を加えたものです。
本書にとりあげた症例は決して特別なケースばかりではなく、どちらかといえば日常の臨床の場でよく経験するケースといえます。オーバービューの項では、それぞれの合併症の専門家が診断と治療の進歩についてまとめました。糖尿病患者さんの診療にあたる多くの先生方やコメディカルスタッフの方々にお読みいただければと思います。
今回、出版にあたって、あらためて多くの症例の診療録や退院サマリー(入院経過要約)を読み返してみますと、糖尿病と診断されても放置し、あるいは自覚症状がほとんどないためか、治療を中断してしまっているケースがいかに多いかがわかりました。放置例や中断例に合併症が起こりやすく、合併症が進行し、合併症の症状が出てから、初めて、糖尿病自体の治療を開始している人がとても多いのは大変残念なことです。
糖尿病の特徴は、慢性の疾患であることと、全身の疾患であることです。私は、糖尿病センターで多くの患者さんの診療を通じて臨床研修に励む若い医師たちに「目の前の患者さん1人1人の10年後、20年後の状況を思いうかべながら、診療にあたるように」と繰り返し話しています。また、糖尿病患者さんが訴えるわずかな症状や身体所見の軽度の異常、些細なデータの変化も見逃さないようにし、全身を診ることの大切さを常に説いています。
摂食障害は、先進国の特に若い女性の間で、頻度の高いこころの病気です。拒食や過食などの食行動の異常と痩せ願望や肥満恐怖などの体重への過度な関心がその特徴です。
糖尿病でない方に比べて、若い糖尿病女性には摂食障害の頻度はさらに高いように言われています。1型糖尿病の若い女性の約1割が摂食障害であり、食事や体重に重大な問題を抱えた方を含めると約3割になるそうです。
摂食障害を合併するとバランスのとれた食事ができないのはもちろん、糖尿病のセルフケア全般もうまくできなくなります。血糖コントロールは非常に不良となります。さらに、痩せ願望や肥満恐怖から決められたインスリン量をしばしば注射できなくなり、不良な血糖コントロールがさらに顕著となります。摂食障害は短期間には改善しないので、やがて糖尿病慢性合併症が発症・進展していきます。
過去15年近くの間に、全国各地から約150名の摂食障害を抱えた1型糖尿病患者さんが来院されました。殆どが若い女性でした。患者さんが自ら決心して受診してこられるのはまれで、対応に困った糖尿病外来の主治医が説得し、しぶしぶやって来られるというのが殆どです。付き添いの家族の方も、なぜわざわざ九州なのかと、けげんそうになることが少なくありません。
初診時には、患者さんの困っておられること、それまで言いたくても言えなかった糖尿病への思い、恨みなどを、一生懸命聞きます。そして、糖尿病の負担ができるだけ小さくなることを目指した心理教育的援助を行います。
私は、心理的な重症度から、軽症、重症、特別重症の3つに分けて考えます。軽症と重症の区別は体重へのこだわりの強さです。軽症例は体重も気にはなるが本当はそれ以上に血糖コントロールのことが大切と思っておられます。それに対し、重症例では何よりも体重・体型が重要であり、血糖値が高いことなどあまり問題ではなくなっています。
糖尿病治療のために医療者から指示される食事や間食の制限などが摂食障害につながっているという考え方があります。「食べてはいけないという過剰な意識」が拒食や過食を生むので、その意識を軽減させることが摂食障害の治療に欠かせないと言われています。私は、「1型糖尿病はインスリンが出ないだけの病気だから、無理な食事制限は必要ありません。インスリンを適切に打てさえすれば良好な血糖コントロールが可能です」と話します。
軽症の方の場合、初診だけで(かなり時間をかけた初診ですが)過食や血糖コントロールが改善することが少なくありません。それは、上記の話しが患者さんにスーッと入って、食事制限をしなければならないという過剰な意識が薄れるからだと思います。食事への欲求不満がなくなり、過食がなくなるようなのです。重症の場合、「そんな簡単に血糖コントロールができるわけがない。普通に食べたら太るに違いない」という思い込みが強く、言葉での説明をいくらしても、変化は生まれないのです。心療内科に入院して自分の体で確かめてもらうということが、必要になります。
※編集部:本年3月のあけぼの会で講演されます。
CGMS は21世紀に入って臨床応用された方法で、電気的インピーダンスを利用して皮下の間質液の糖濃度を測定するものです。実際には腹壁皮下などに留置するセンサーと、送られる電気信号を読みとる機器からなります。1回のセンサー挿入で3日くらいの持続記録が可能で、たとえば、Medtronic MiniMed 社製 CGMS System Gold は10秒毎に測定した糖濃度を5分間の平均値として算出します。皮下間質液の糖濃度は血液中の糖濃度とかならずしも同じではないので、その誤差をたとえば指尖血の血糖値で1日数回キャリブレーションをする必要があります。また、血糖値と15分程度の時間差がある(通常は血糖値が先行)ため、急激な血糖変動時は CGMS 値のほうが遅れた値を提示することになります。
この方法によって、今まで見えなかった血糖変動を捉えることができ、インスリン治療にフィードバックすることが可能となりました。
インスリン治療中の重症低血糖の約半分は、夜間に起きているといわれています。低血糖を自覚できない「無自覚低血糖症」が特に問題となります。無自覚低血糖症は、罹病期間の長い患者さんに多く、自律神経障害に起因するともいわれています。また罹病期間と関係なく低血糖の頻度が多い方に多く起こるともいわれています。CGMS を使用した海外の1型糖尿病患者での検討では、60%以上の患者さんに夜間低血糖が起きており、その約半数は無自覚でした。CGM の結果を踏まえ SMBG やインスリンの打ち方を指導したところ、半年後には夜間低血糖は半減したと報告されています。我々の検討でも、1型糖尿病では、夜間の無自覚低血糖は高頻度で認められています。
測定しているのが組織液中糖濃度であること、組織液中糖濃度は血糖値より15分程度遅れること、機器の精度の問題、測定範囲が SMBGより狭いこと、1回の使用期間が3日間であること、使用コストが高いこと、リアルタイムにデータがわからず後から測定値を解析する形になることなどの限界があります。また、現時点では長期使用の合併症に対する予防効果のエビデンスはありません。
これらの短所の一部を改良して新たに作られたのが real time CGMS です。これは、糖濃度をリアルタイムに知ることができると同時に、その値が低下途中のものか、上昇途中のものかもわかるため、血糖コントロールの大きな補助になることが期待されています。海外では既に 2006年頃から『Medtronic Guardian』『Abbott Free-Style Navigator』『Dex Com Seven』など、コードレスのものが販売されています。残念ながら日本ではまだ前述の旧システムさえ承認されていません。必要不可欠な機器ではありませんが、コントロール困難な症例に対しては有効に活用することも可能であり、早急にわが国でも一般使用できることが望まれます。