2025年5月29日〜31日、第68回日本糖尿病学会年次学術集会(会長:川崎医科大学・金藤秀明教授)が岡山市で開催されました。テーマである「臨床と研究の架け橋〜トランスレーショナルリサーチ~」に則して、包括的糖尿病医療の重要性や、臨床と研究成果を結び患者利益に繋げようとした発表が数多く盛り込まれた学会でした。中国・四国地方での開催は10年ぶりで、COVID-19後の本格的な対面開催ということもあり、参加者数は前年の8,717名から12,675名へ大幅に増加しており、COVID-19前の学会の賑わいを取り戻した事を嬉しく思いました。
今回の学会では、糖尿病治療薬の進歩が話題の柱となっており、とりわけ、インクレチン関連療法のGLP-1受容体作動薬のセマグルチドやGIP/GLP-1受容体作動薬のチルゼパチドの新知見や実臨床での使用経験が多数報告されました。GLP-1の発見者の一人でありインクレチン研究の世界的権威であるコペンハーゲン大学のJens J. Holst博士の特別講演ではSELECT試験(N Engl J Med, 2023)を含む最新のエビデンスを踏まえ、GLP-1ベース治療がもたらす体重減少と心腎リスク低減効果について総括し、GLP-1ベース治療が体重や血糖コントロールの管理を超えた多面的なベネフィット(心血管イベントや腎症進行抑制など)を示すとの認識を深めるものとなりました。
今回の学会で興味深かったのは、MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)に関する情報です。MASHとは、かつてNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)と呼ばれた疾患概念を「代謝異常に関連した脂肪性肝炎」として再定義したものです。糖尿病患者では非アルコール性脂肪肝(NAFLD)の合併率が非常に高く、近年の新しい分類ではNAFLDの大多数(日本人NAFLD症例の97〜99%)が実際にはMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)に該当すると報告されています。本学会では、この新しい肝疾患の概念「MASLD/MASH」が紹介されました。「糖尿病治療薬の潜在的なポテンシャル:MASLD」と題したシンポジウムでは2型糖尿病や肥満、高血圧・脂質異常症といった代謝危険因子がMASLD発症の主因であることが示唆されました。米国肝臓学会(AASLD)が2023年に提唱したガイドラインでは、2型糖尿病患者では1~2年ごとにFIB-4指数など非侵襲的検査で肝線維化のスクリーニングを行うことが推奨されており、糖尿病専門医にとって「肝臓も診る必要性」を示唆するものです。また、肝線維化を合併した高度脂肪肝(いわゆるMASH)の診断では肝生検に頼らないFibroScanなどの画像診断や血液バイオマーカーの組み合わせによる非侵襲的検査の進歩が報告された他、将来的な治療薬開発の展望、特に糖尿病治療薬による肝病変への影響もホットな話題でした。例えば、セマグルチドについてNASH対象のESSENCE試験(N Engl J Med, 2025)やチルゼパチドのMASHに対する効果を検証した第2相臨床試験SYNERGY-NASH試験 (N Engl J Med, 2024)の有効性を示唆した結果が紹介され、糖尿病専門医がこれまで重視してきた「至適な血糖コントロールの達成による糖尿病の合併症の予防」の枠組みを超えるような疾患領域へのアプローチが、糖尿病診療に徐々に組み込まれつつある印象を受けました。
本学会は、従来からの血糖降下療法の枠を超えて、体重管理・肝疾患・心腎保護まで含めた包括的な糖尿病マネジメントがテーマとなっていました。糖尿病治療の現在地と未来像を示す多くの学びの場であり、改めて糖尿病は全身の代謝疾患であると認識しました。
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本年6月20~23日に米国シカゴで開催されたアメリカ糖尿病学会(ADA)に参加しました。企業展示では多くのインスリンポンプとCGM機器、吸入インスリンなど日本では使用されていないものが紹介されていました。いくつかの学会トピックスを紹介いたします。
経口セマグルチド(GLP-1受容体作動薬)の動脈硬化性心血管疾患、慢性腎臓病のどちらかまたは両方を有する2型糖尿病における心血管病変に対するRCTが発表され(N Engl J Med, 2025)、SOUL Clinical Trialのシンポジウムがありました。対象は9,650名の心血管病変を有する50歳以上の2型糖尿病患者(HbA1c 6.5-10.0%)で、経口セマグルチド群と偽薬群に割り付け、主要心血管有害事象(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の複合)を主要評価項目としました。平均(±標準偏差)追跡期間は47.5±10.9ヶ月で、経口セマグルチド群では12.0%(発生率3.1/100人年)、偽薬群は13.8%(同3.7/100人年)、ハザード比0.86(95%CI:0.77~0.96;P = 0.006)で偽薬群と比較して主要心血管有害事象のリスクを有意に低下させたと報告されました。注射製剤のGLP-1受容体作動薬の抗動脈硬化作用は既に治療効果としてエビデンスとなっていますが、経口薬での報告は初めてです。糖尿病のある方のQOLを考えると、内服薬でのエビデンスは治療に前向きになれる報告だと考えられます。
最近、CGMが同期したインスリンポンプ療法SAP (sensor augmented pump)は、基礎インスリン量の自動調節とボーラス注入の自動補正機能が付いてadvanced HCL (hybrid closed loop)となりました。これらはAID(automated insulin delivery)と呼ばれ、ADA は1型糖尿病治療では優先的に使用すべきと推奨しています(Diabetes Care, 2025)。過去には2型糖尿病でも小数例を対象としたRCTでAIDによる血糖管理の有効性が報告されていました (Nature Med, 2023)が、今回、Diabetes Technologyのシンポジウムでは2型糖尿病に対するAIDの大規模なRCTの成績が報告されました。その結果、AID群はCGM単独使用群と比べてTIR、HbA1c値が有意に改善していました(N Engl J Med, 2025)。このシンポジウムではAID群における肥満度の推移は示されませんでしたが、対象者は平均BMI30以上と肥満度は高いため、インスリンによる血糖の改善に伴い更なる体重増加が懸念されます。対象者は、SGLT-2阻害薬やGLP-1受容体作動薬を含む様々な糖尿病治療薬を併用しており、血糖管理が困難な症例にAIDを使用したのかもしれません。今後、わが国でも2型糖尿病に対するAIDが使用されるようになると思われますが、適正症例の検討を行う必要があると思います。
本年5月のJDSのシンポジウムでも紹介された連続ケトンモニタリング(CKM)システムは、酵素電気化学反応を利用した皮下挿入センサーによる間質液を介した血中ケトン体を持続的に測定するもので、このたび、その実用が現実味を帯びてきました。CKMに関するシンポジウムでは、この装置の恩恵を受ける可能性のある対象として、1型糖尿病患者、妊婦、SGLT2阻害薬服用中の人、DKAを繰り返す人、高強度運動を行う1型糖尿病、社会的・地理的に孤立している人、低炭水化物食を摂取している人などが挙げられました。また、前出のAIDによる治療中の人はCGMに付随する形にするのが理想的であり、低炭水化物食の場合は、スマートフォンや専用レシーバーでモニタリングすることが重要だと報告されました。実際の連続測定の結果も提示され、1型糖尿病や2型糖尿病でケトーシスを起こした経過が提示されていました。重要なのはケトーシスを早めに発見してケトアシドーシスの予防に繋げることです。わが国で実用段階になった場合は、ハイリスクの1型糖尿病で日常生活でのイベントとケトン体の経過をCKMで検討する必要があると思いました。
常に一歩以上進んでいるADAに参加して、様々な面で刺激を受けました。
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日本小児・思春期糖尿病学会は、1995年に設立された小児・思春期糖尿病研究会を発祥とする学会です。本年第30回目の節目を迎えた今回は、7月21日に「医療の進歩を礎として全人的なケアを目指して」をテーマに、当科の三浦順之助准教授が会長を務めました。284名の参加者が日本教育会館(東京都千代田区)に集い、過去最多44演題が発表され、共催セミナーやシンポジウムも開催されました。その中でも特に印象に残ったものをご紹介します。
今回の特別講演は、「学校検尿における1型糖尿病早期発見の意義と海外における1型糖尿病スクリーニングの現状(日本大学医学部小児科 学分野 鈴木潤一准教授)」、「1型糖尿病の細胞療法実現に向けたiPS細胞由来膵島の開発研究(京都大学iPS細胞研究所 未来生命科学開拓部門 豊田太郎講師)」の2題でした。鈴木先生からは、現在国内で行われている学校検尿が1型糖尿病の早期発見、治療開始につながるスクリーニングとして機能していること、海外ではさらに早く、糖代謝異常が顕在化する前に自己抗体の測定などで1型糖尿病を早期発見しようという取り組みが行われていることが紹介されました。豊田先生の講演は、iPS細胞由来の膵島細胞をヒトで使用できるようになるまで、細胞の純度や活動度や細胞量の担保など多くの困難な過程があり、なぜ長時間の時間を要したか理解できる講演で、実用化に向けた課題と、その克服に向けて精力的に取り組んでいることが解説されました。1型糖尿病の早期発見、そして根本的な治療という、どちらも1型糖尿病をもつ人・関わる人が希望を感じられるような講演でした。
今回は44演題と過去最多の演題登録がありましたが、小児科の医師や小児を専門とする医療機関のメディカルスタッフの発表が多かったことが特徴的でした。AID (automated insulin delivery)や連続グルコース測定(CGM)といった糖尿病をもつ成人の診療でなじみ深い内容も多い一方で、保育園や学校での受け入れについての課題、小児糖尿病サマーキャンプをテーマにした研究など、小児・思春期領域に特化した学会ならではの発表も多くありました。
今回は最大3会場での同時進行であったため、すべての発表を視聴することは叶いませんでしたが、糖尿病を持つ人の成長過程や学校をはじめとする周囲の環境など、様々な要因を考慮しながら、糖尿病を持つ人をサポートする医療者の工夫や努力が垣間見える発表が多く、質疑応答も活発でした。
今回の学術集会では、掲げられたテーマのとおり、最先端の「医療の進歩」から日常診療における「全人的なケア」まで、幅広く学ぶことができました。