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No.92 | | 2006 May/June |
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糖尿病センターには、代謝内科と糖尿病眼科の二つの診療科があり、外来でも病棟でも内科医と眼科医が緊密な連携のもとに診療にあたっています。また、病棟には5床の透析ベッドを持ち、新規に透析を開始したり、透析中の患者さんの入院にはセンター内で診療にあたることができる点も大きなメリットです。外来には、一般外来のほか、糖尿病眼科、小児・ヤング、妊娠、腎症、フットケア、神経、肥満・高脂血症、遺伝相談などの専門外来があり、糖尿病の初期治療から進行した合併症に苦しむ患者さんのニーズに応える診療体制を整え、糖尿病のトータルケアを目指しています。
糖尿病センターでは、2、3ヵ月毎に症例報告会を行っています。臨床研修医や後期研修中の医療練士が診療を担当した患者さんについて、上級医の指導のもとに、診断や治療について深く掘り下げ、発表するものです。過去に経験した多くの症例や文献などにも広くあたって報告を行うので、医局員の大切な研鑽の場になっています。
前所長の大森安恵先生は、かつて症例報告会の折、「症例報告こそがオリジナルな仕事である」との初代所長の平田幸正先生のお言葉を引用され、医局員に対して、自ら経験し学んだ貴重な症例について、まとめて、報告することの大切さをしばしば説いてくださいました。
症例報告会で発表した貴重な臨床経験について、これまで症例報告として学会や学会誌に数多く発表してきました。しかし、医局のファイルに綴じられたままになっていた報告も少なくありません。
このたび、「症例から学ぶ治療最前線」とサブタイトルをつけて、症例報告会で発表された症例を含めて、1型糖尿病、2型糖尿病、その他特定の機序・疾患によるもの、妊娠糖尿病/糖尿病合併妊娠に分けて、医局員が分担執筆し、「糖尿病治療の実際」としてメジカルビュー社から出版致しました。
多くの方々にお読みいただき、日常診療にお役に立てていただければと思います。
糖尿病では、高血糖の持続による血流障害および血液成分の漏出が原因で、網膜に毛細血管瘤、出血、硬性白斑、浮腫などの糖尿病網膜症の初期病変が発症します。さらに進行すると、血管閉塞、血管透過性亢進、新生血管が発生します。
蛍光眼底検査(以下、FA)は、蛍光色素であるフルオレセイン・ナトリウム10%水溶液を腕の静脈に5ml 注入し、蛍光が眼底血管に達した時にその蛍光を利用して写真撮影を行うものです。網膜症の診断に欠かすことの出来ない網膜血管の観察が行われます。全国では、推定で年間約38万例の FA が施行されています。
日本眼科学会が発表した眼底血管造影実施基準によると、FA の副作用には (1) 悪心・嘔吐、(2) 皮膚症状、(3) 失神、(4) アナフィラキシー(様)ショック、(5) その他があります。失神はフルオレセインの薬理作用ではなく、心因性の血管迷走神経性と考えられますが、顔面蒼白化や発汗、徐脈や低血圧のショック症状を伴うこともあり、アナフィラキシー(様)ショックとの鑑別が重要です。アナフィラキシー(様)ショックは発症頻度 0.01% とごくまれですが、発生すると重篤で、最悪の場合死の転帰もあります。軽微なものも含めると高い頻度で副作用が生じるため控える医師が多い傾向にあり、副作用への対応も施設ごとにばらばらなのが現状です。
日本眼科学会の指針による副作用の予防策は、(1) 詳細な問診、(2) 血管迷走神経性ショックの予防、(3) 皮膚テストからなります。アレルギー歴を有する患者、全身疾患を有する患者および高齢者には注意を払うこととし、糖尿病・高血圧・動脈硬化・脳血管障害があれば主治医の意見を聞くことになっています。
発作後6ヶ月以内の狭心症と心筋梗塞の患者さんには FA を避けます。フルオレセインは腎に対して薬理作用を有さないため腎障害では禁忌ではないとされ、肝障害では FA を控えることになっています。妊婦への FA は必要があれば施行してよいとのことで、米国の FDA は、フルオレセインはヒトでは未確認ながら動物実験では胎仔への危険性を否定しています。
皮膚テストには皮内テスト、スクラッチテスト、最も安全性の高いプリックテストの3種類がありますが、すべて・型アレルギー検出用のテストであって、アナフィラキシー様ショックの予見には役立ちません。テスト陰性であってもアナフィラキシー様反応の発作を否定できないことを十分に理解し、副作用の対策を確実に行うことを最優先とします。
副作用発現への備えとして、(1) 血管の確保、(2) 救急用具の準備、(3) 被験者をよく観察することが挙げられています。糖尿病センターでも、内科・眼科が連携し、万全の体制のもとに年間約800件の FA を安全に行っています。
劇症1型糖尿病調査研究会の報告によると、劇症1型糖尿病では膵酵素のみならず肝酵素も軽度上昇していることが示されました。ケトアシドーシスで発症するも劇症ではない1型糖尿病症例でも、インスリン療法を開始すると AST、ALT の肝酵素が一過性に軽度上昇することがあります(Takaike H, et al. Diab Res Clin Prac 64:27, 2004)。肥満していないのですが、これらの症例では腹部超音波検査で脂肪肝がみられることがあります。
今回、新規に発症した1型糖尿病において肝酵素上昇や脂肪肝がどのくらいの頻度で存在するかを劇症1型糖尿病調査研究会に寄せられた症例をもとに調べました。
劇症1型糖尿病 53例、急性発症1型糖尿病 55例が集りました。
劇症1型糖尿病では 60%、急性発症1型糖尿病では 30% の症例で発症1ヶ月以内に肝酵素の上昇がみられました。劇症1型糖尿病のほうがオッズ比 3.7 の高率で肝酵素が上昇していました。劇症1型糖尿病では診断時の血糖値が高いほど、急性発症1型糖尿病では HbA1Cが高くかつインスリン使用量が多いほど、肝酵素が上昇しやすい結果でした。いずれも診断時に重篤な糖代謝障害を認めた症例ほど肝酵素が上昇しやすく、インスリン使用量が多いほど肝酵素が上昇しやすいことから、内因性インスリン欠乏状態から急速にインスリンが体外から注入された時に肝細胞に何らかの変化が生じて肝酵素上昇がおこることが推測されます。
これまで肝酵素上昇は高血糖による脱水やアシドーシスの影響、併用する抗生剤による副作用などが考えられ、古くは肝臓へのグリコーゲン沈着の報告もありますが、上記の機序があらたに提唱されます。
肝細胞内に脂質が肝重量の 5%以上蓄積した状態を脂肪肝といいます。多くの脂肪肝では脂質が 50%以上蓄積し、特に中性脂肪の増加が著明です。病因は様々ですが、現在ではアルコール多飲や肥満により大量の脂肪酸が肝細胞へ動員され生じることが多いと考えられています。
劇症1型糖尿病も急性発症1型糖尿病も 25%前後に脂肪肝が存在しました。そして、診断時の血清中性脂肪高値および治療開始後のインスリン使用量が多いことが脂肪肝の存在と関連していました。
インスリンは肝臓にある脂質代謝の転写因子:SREBP-1 の発現を増強させるといわれています。その結果、脂肪酸が合成され脂肪肝になりやすくなります。糖尿病性ケトアシドーシスの治療は、前述のようにインスリン欠乏下に急速にインスリンが入り込んでくる状態です。インスリンにより過剰に発現した SREBP-1 が糖尿病性ケトアシドーシス治療後の脂肪肝の一因なのかもしれません。
肝酵素上昇例で脂肪肝と診断されることが多いことから、糖尿病性ケトアシドーシス治療後肝酵素上昇の機序には肝臓の脂質代謝異常が関与していると考えられます。