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No.91 | | 2006 March/April |
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糖尿病治療ガイドの初版は、主に実地医家の先生方が診療の合間に手軽にお読みいただくためのガイドブックとして、1999年に日本糖尿病学会編として出版されました。以来、日進月歩の糖尿病の臨床の進歩を背景に、2000年、2002年、2004年と改訂を重ねてきました。そのたびに実地医家の先生方は勿論のこと、研修医や医学生、さらには糖尿病の指導にあたっているさまざまな職種のコメディカルスタッフの皆様に幅広く読まれ、日常の診療に活用されてきています。
この間、治療ガイド編集委員会では、多くの学術評議員や学会員の方々のご意見を聞きながら、改訂作業を進めてきました。このたび「糖尿病学の進歩」が金沢市で開催される時期に合わせて2年振りの改訂版が「糖尿病治療ガイド2006-2007」として出版される運びとなりました。
糖尿病治療ガイドの今回の改訂にあたっては、全体をきめ細かく見直すとともに、新しく登場したメタボリックシンドロームの日本の診断基準、糖尿病に合併した高血圧や脂質代謝異常の治療方針、新しい経口血糖降下薬やインスリン製剤などについて加筆しました。さらに巻末には、日本で認可されている経口血糖降下薬と簡易血糖測定器の一覧表を掲載しました。前者では、いわゆるジェネリック薬品もすべて列挙するように努めました。必ずや読者の皆様の日常診療にお役に立てるものと思います。
日本糖尿病学会は、学会誌「糖尿病」をはじめ、「糖尿病治療の手引き」、「糖尿病食事療法のための食品交換表」、「科学的根拠に基づく糖尿病治療ガイドライン」など、幅広い読者を対象とした多くの出版物を編集しています。今回の治療ガイドの改訂においては、学会が編集する他の書物の内容との整合性には、十分注意しました。しかし、たとえば「血糖コントロールの指標と評価」の各区分の呼び方など、治療ガイド編集委員会だけで改訂できない重要な部分もあり、学術評議員の先生方から、さまざまな貴重なご意見をいただきながら、今回の改訂ではとり上げることができなかったところも少なくありません。
糖尿病治療ガイドの編集委員会のメンバーとして「糖尿病治療ガイド2006-2007」がより多くの皆様に活用されることを期待しています。
どの年齢で糖尿病を発症しても良好な血糖コントロールの保持が将来の糖尿病性合併症の発症予防につながることが明らかとなった今日、血圧のコントロールや脂質代謝の正常化とともに血糖コントロールをできるだけ正常域に近付けるために、医療者は患者さんとご相談しながらいろいろな工夫をする努力を糖尿病診療外来で行なっております。
良好な血糖コントロールのもとに糖尿病性合併症は発症しにくいことは、1993年に発表された1型糖尿病患者さんを対象とした有名な前向き大規模研究DCCTによって、はじめて明らかにされたわけですが、血糖コントロールが良好化すればするほど低血糖の頻度が増加してしまうというジレンマも明らかにされました。たしかに、「良好な血糖値は低血糖と紙一重」といえましょう。
インスリン治療が絶対に必要な患者さんにおいて、「血糖を良くしなければ」という思いと、「低血糖はいやだ」、「意識を失う低血糖になったらかわいそう」というご本人や御家族の思いはよく交差しています。これがまた血糖コントロールの良好化へのさまたげとなることもしばしば経験するところです。「なんとか低血糖をおこさずに血糖コントロールできないものか?」、これは患者さんも我々医療者もまったく同じ考えであります。
もうひとつ気掛かりであったことは、「小さい1型糖尿病の子が重症低血糖を起しても脳に影響はしないものだろうか?」ということでした。
これまで肯定/否定の両意見の論文が発表されてきましたが、最近では心配ないだろうという意見が多くなってきております。昨年11月にもオーストラリアから6歳未満発症1型糖尿病患児(平均10歳、年平均15回くらいの重症低血糖をおこしている)を、重症低血糖を経験したことのない同年齢の1型糖尿病患児と認知機能について比較調査した報告が発表されていますが、有意差がないという結果でした。
◆ | 血糖コントロールの良好化と低血糖頻度とは無関係との報告 |
また、昨年発表された1日4回注射(眠前NPHインスリン)の1型糖尿病患者さん対象のドイツの多施設大規模研究によると、食事(量と内容含む)とインスリン注射量との調節がうまくできるようになれば、低血糖の頻度を増加させることなく血糖コントロールできたという結果でした。
持効型溶解インスリンの登場により、NPHインスリンからの変更は低血糖の頻度を極端に減少させるとも多く報告されてきました。
患者さんには使用しているインスリン製剤の特徴を良く知り、食物ごとの血糖上昇の度合いを知り、体の活動状況をよく把握していただき、低血糖のない良好な血糖コントロールの毎日を願って、我々はさらに努力していかねばならないところです。
2002年厚生労働省が行った糖尿病実態調査は全国から無作為に抽出された約5,000世帯の健診参加者の HbA1Cを用いて糖尿病の有病率を推定したものです。この調査によると糖尿病が強く疑われる人は約740万人、糖尿病の可能性が否定できない人をあわせると約1,620万人と推定されます。この数は1997年時に比べ、約250万人の増加です。糖尿病が強く疑われても健診を受けていない人は、11%しか医療機関を受診していないこともわかりました。
また、医療経済の分野においても"2002年度国民医療費の概況"によると、糖尿病の医療費は1兆1,250億円で国民総医療費の4.7%を占めるに至っています。しかもこの中には透析療法や虚血性心疾患など重篤な糖尿病合併症の治療費であるにもかかわらず、糖尿病の医療費の中に含まれていないものがあり、実際にはさらに多くの費用がかかっているものと推定されます。
これらの報告から、糖尿病の早期診断・早期介入による合併症の予防、さらには糖尿病の発症予防が今後の日本の最重要課題と考えられます。
糖尿病は初期には全く症状がなく、定期的な健康診断はその予防や早期発見に欠かせないものと考えられます。厚生労働省では平成12年から、生活習慣病の予防を目的とし"健康日本21"運動を推進しています。その中で、健康診断受診者の増加を目標にかかげています。
東京女子医大附属成人医学センターでは人間ドックおよび企業健診を行っています。会員制ドック(会員数約3,000人)は、年2回のドックを定期的に受診していただき、その際に食事などの栄養評価、運動などの生活調査を行っています。ドックの結果説明および生活指導は原則的に毎回同じ担当医が行い、必要であれば成人医学センター外来部門あるいは、東京女子医大本院、その他の医療機関にご紹介し、受診をお勧めしています。
◆ | 漫然とした健診から有効な治療に いかにつなげるか |
2001年7月1日から12月31日の間に成人医学センターのドックを受診した2,581人のうち空腹時血糖(FPG)が110mg/dl から125mg/dl の糖尿病ハイリスク者は223人でした。そのうち約30%が4年後のドック時に FPG126mg/dl 以上または HbA1C6.5%以上となり、糖尿病が強く疑われました。日本の代表的な疫学調査である舟形町スタディでは1995-97年の調査で境界型だった人のうち約25%が5年後の調査で糖尿病を発症していたことが報告されています。
ドック受診者の多くは癌の早期発見には非常に熱心ですが、糖尿病に関してはただ漫然と健診を受け続け、なかなか有効な治療に結びつきにくいのが実態です。健診結果をいかに受診につなげるかが今後も大きな課題と考えられます。
成人医学センターは昨年開設30周年を迎え、健診システムの見直しを行っています。従来の画一的な健診に変え、年2回のうち1回は生活習慣病の発見に重点をおいた内容にするなど、受診者のニーズに合わせた健診システムを検討中です。