急増する糖尿病に関する国家的なプロジェクトというべき戦略研究がいよいよはじまります。厚生労働科学研究補助金の研究課題として「糖尿病予防のための戦略研究」が採択され、臨床試験が開始されることになりました。
研究は、「2型糖尿病発症予防のための介入試験」、「2型糖尿病患者の治療中断率改善のための介入試験」および「2型糖尿病の血管合併症抑制のための介入試験」の3つの試験から成ります。それぞれ、プロトコールの案が策定・公表され、主任研究者のもと、試験に参加する医療機関の公募が進められるところです。
当センターなど多くの糖尿病患者さんの診療を行っている医療機関は第3のプロジェクト(DO IT-3)に加わることになると思います。
第3のプロジェクトである「DO IT-3」は、HbA1C7.0%以上の血糖コントロールが不十分な患者さんのうち、高血圧と脂質代謝異常を合併している方たちを対象として、生活習慣への強力な介入を行った上で、血糖のみならず血圧や脂質のコントロールをも強力に行うことによって、それらの介入が血管合併症の進展予防に有効か否かを、通常の治療を続ける群(従来療法群)を対照に比較するものです。
本試験は、多施設の共同研究として、各群それぞれ1,500症例を目標に進められる予定です。
強化療法群の血糖コントロールの目標値は、HbA1C5.8%未満の「優」のレベルとし、食習慣、運動習慣の是正に加えて積極的な薬物療法を行います。一方、従来療法群の目標は HbA1C6.5%未満ですが、それでも「良」のレベルを目指すものであり、これまで、必ずしも達成が容易とはいえない高い目標であることにかわりはありません。
さらに強化療法群の血圧の目標は120/75mmHg未満(従来療法群は130/80mmHg未満)、脂質の目標は LDL-コレステロール100mg/dl未満(従来療法群は120mg/dl未満)であり、強化療法群では目標達成のためそれぞれに対して強力な薬物治療を行うものです。
ここ10年間に多くの糖尿病の薬が用いられるようになりました。それぞれの薬が糖尿病の治療に役立っているかどうかを厳密に判断するためには、大勢の糖尿病の人を「本当の薬」を飲む人と「外見は同じ偽の薬」を飲む人に抽選で分けて数年間飲み続けていただき、「本当の薬」を飲んだ人の方が合併症や死亡が少なくなった、ということを証明するのが一番良い方法です。勿論、このような大規模臨床試験に参加するかしないかは自由です。
2005年9月に行われたヨーロッパ糖尿病学会でチアゾリジン薬(商品名:アクトス)の大規模臨床試験の結果が報告され、注目されています。
チアゾリジン薬ピオグリタゾンは日本で開発され、インスリン抵抗性を改善することによって血糖を下げる働きがあります。また、脂質改善、アディポネクチン(内臓脂肪で産生される善玉ホルモン)の増加、微量アルブミン尿の改善、頸部の動脈壁肥厚(IMT)の改善などさまざまな効果が知られています。しかし、体重増加や浮腫がおきやすいといった心配な点もあり、注意して使わなければならない薬です。
今回発表された試験では、心筋梗塞や脳卒中などの大血管障害を起こしたことのある5,238人の2型糖尿病の方(ヨーロッパ人)を対象に、チアゾリジン薬を飲むと主要な合併症や死亡が減少するかどうか、3年間にわたり調べられました。
その結果、チアゾリジン薬を飲むと、死亡と心筋梗塞と脳卒中を起こした人の合計が16%減ることがわかりました。その他にも、HbA1Cが改善すること(チアゾリジン薬:6.9%、偽薬:7.5%)やインスリン注射を使わなくて済む人の割合が高くなることも報告されました。
一方、副作用については、チアゾリジン薬を飲むと体重が 3.6kg 増加し、心不全による入院や浮腫がやや増加しました。糖尿病は人種差が大きい病気なので、日本人でも同じような試験を行って確認するに越したことはないのですが、日本人の糖尿病でも心筋梗塞や脳卒中が欧米人と同じくらいの頻度で起こることを考えれば、チアゾリジン薬は今後もっと使われてよい薬でしょう。
勿論、このような結果が得られたからといって、チアゾリジン薬をむやみに使うべきではありません。心不全を起こす危険性のある人は飲んではいけませんし、浮腫がおきないかどうか絶えずチェックしながら使わなければなりません。また、薬を飲んだからといって心筋梗塞や脳卒中が完全に予防できるわけではありません。起こる可能性がやや減るといった程度です。
大規模臨床試験の結果はインターネットでも発表されており、誰でもその結果を見ることができます。しかし、試験結果をどう解釈したらよいか、どのような人に最もふさわしい薬なのかはなかなか難しい問題であり、チアゾリジン薬を飲んだ方がよいかどうかは主治医とよく相談して決める必要があります。
Non-alcoholic fatty liver disease (NAFLD) とは、飲酒と関係なく肝臓に脂肪沈着した病態から脂肪織炎をきたした Non-alcoholic steatohepatitis (NASH) までを網羅した総称です。
わが国でも NAFLD の頻度は増加しており、近年一部の症例が肝硬変や肝癌へ進行することがわかり、これを NASH とよび、非常に注目されるようになりました。
本疾病のわが国における頻度を住民調査レベルで調査したものはありませんが、2003年に我々が調査した人間ドック受診者では約30%に NAFLD を認めました。
一方、米国では、全人口の約20%に NAFLD を、NASH は2、3%の頻度であると報告されています。一般に日本人は米国人に比べ痩せているにも関らず、約3人に1人が NAFLD であるという我々の調査成績は驚くべきものでした。
NAFLD とメタボリックシンドロームとの関連が最近強調されています。前述の成績では、空腹時血糖が正常の集団において NAFLD はすでに27%存在し、境界型の集団では43%、糖尿病型の集団では62%存在していることがわかりました。血圧やコレステロール、中性脂肪でも同様に、高値群に NAFLD が高頻度に存在することがわかりました。NAFLD はメタボリックシンドロームの肝臓における表現型である可能性が示唆されました。
NASH の起こる機序は、まず脂肪肝が起こり、そこへ何らかの要因が加わることにより肝炎が起こるという two hit 説が有力です。すなわち、脂肪組織からの TNFα 産生増加によりンスリン抵抗性が導かれ、高インスリン血症、高血糖が起こってきます。一方、脂肪組織から遊離脂肪酸が肝へ動員され脂肪肝が生成されます(NAFLD の状態)。と同時に脂肪組織からの脂肪酸やケトン体の上昇により、肝細胞における CYP2E1(シトクロムP450 2E1:第1相薬物代謝酵素)が誘導されることがわかってきました。インスリン抵抗性は CYP2E1 発現をさらに増加させ、それらによってフリー酸素ラジカルが発生、酸化ストレスが産生してきます。酸化ストレスは肝細胞の壊死と星細胞を活性化し、肝の炎症や線維化をもたらし、NASH の状態になると考えられています。
インスリン抵抗性と NASH との関連性について現在多くの臨床研究が進められおり、NASH 例では空腹時血糖のみならず空腹時インスリン、HOMA が有意に高いと報告されています。このように、NASH とインスリン抵抗性は密接に関連すると考えられています。
現在確立されたものはありませんが、大多数が肥満例であることから減量を行います。ビグアナイド薬、インスリン抵抗性改善薬などを併用することもありますが、食事や運動による肥満の解消が最も効果的といわれています。
いずれにせよ、飲酒の有無とは関係なく症状がほとんどないまま肝硬変や肝癌へ進行する可能性のある NASH は、NASH になってからの治療よりも、予防と早期発見が重要であります。
NASH 線維化の危険因子である糖尿病、肥満、AST/ALT 比高値をあわせもつ症例では、積極的な肝生検をおこない、脂肪の蓄積の外に炎症を示す所見をみつけ出すことになります。