DIABETES NEWS No.89
 
No.89 2005 November/December

放置・中断は禁物
 今年も糖尿病週間の時期を迎えました。「継続しよう糖尿病療養」をメインテーマに、全国各地で糖尿病週間に因んださまざまな行事が開催されます。糖尿病、とくに緩やかに進行する2型糖尿病の患者さんは、自覚症状がほとんどないため、診断されてもつい放置してしまったり、治療を開始しても長続きせず中断してしまうことが少なくありません。糖尿病の合併症の発症と進行を防ぎ、糖尿病をもたない人と同じように寿命を全うするには、放置と中断をしないことが重要です。放置と中断につながる要因にはさまざまなものがありますが、医療側としては、あらゆる機会をとらえて患者さんに治療を継続することの大切さを伝えなければなりません。

東糖協の糖尿病週間行事
 東京都糖尿病協会の「週間」における主な行事としては、例年は九段会館での講演会と日本橋三越での糖尿病教室があります。今年は、前号でお知らせしたように、関東甲信越糖尿病セミナーが東京で開かれるため、九段会館での講演会はありません。また、三越での糖尿病教室は都合により12月6日~12日に開かれます。
 例年通り、医師による医療相談、栄養士による栄養相談、無散瞳眼底写真撮影、体脂肪測定、血糖測定などが行われます。糖尿病に関する正しい知識を得るよい機会ですので、皆様どうぞふるってご参加下さい。

ニューオリンズの悲劇
 8月末に、ニューオリンズ市を中心とする米国ルイジアナ州を襲ったハリケーン「カトリーナ」による大災害は、あらためて自然災害の怖ろしさを全世界の人々に知らしめました。何年か前にADA(米国糖尿病学会)の年次学術集会の折に訪れた美しいニューオリンズが破壊され、水没した惨状と、辛うじて避難した人達の中に、水もなく、食物もなく、そしてインスリンもない極限状況の中で、「インスリンを!」と必死に叫んでいた糖尿病患者さんを写したニュース画面に大きなショックを受けました。
 医療施設が壊滅するような状況下で医療人がどのようにして最善を尽くすことが出来るのか、深く考えさせられました。
 


 再生医療が動物実験の域からいまや臨床の場で応用されようとしています。ここでは臨床応用が特に期待される糖尿病関連分野とその周辺領域を紹介します。

ES細胞から膵β細胞への分化・再生
 ES(Embryonic stem:胚性幹)細胞を用いて膵β細胞を作製しようという研究が盛んにおこなわれています。β細胞へ分化したES細胞の移植により1型糖尿病モデルマウスの耐糖能が改善されたとの報告があります。しかし、再生された膵β細胞に対しても自己免疫機序によるβ細胞破壊がおこるのではないかとの懸念が残ります。1型糖尿病患者さんへの安全な臨床応用が待たれるところです。

膵導管細胞の分化
 膵β細胞が完全に消失した後も膵幹細胞として機能している細胞が膵導管のまわりに存在することが確認されています。一方、膵導管細胞自体が長期培養でインスリン産生細胞へ分化したという報告もあります。膵導管細胞の膵β細胞へ分化も、魅力的な再生医療の切り口になっています。

網膜症への応用
 ES細胞から網膜前駆細胞が誘導されるのではないか、さらに網膜細胞へも分化するのではないかと動物実験の段階ですが、研究されています。基礎的研究がいまだ不十分なので人への応用にはまだまだ時間がかかるものと思われます。

糖尿病性神経障害
 糖尿病動物実験モデルの神経障害に対して、最近骨髄細胞を用いた研究がなされ、 有用との成績が報告されました。しかし、糖尿病性神経障害は非可逆的な側面があるため再生療法を実施する時期が鍵となるようです。

心筋梗塞に対して
 最近、骨髄細胞を心臓の梗塞部位に注射した後、正常な心筋細胞への分化がおこって心機能の改善が図られたという報告が新聞でも掲載され、注目されました。

重症肝障害への応用
 肝障害の治療に用いられる細胞には肝細胞、ES細胞および骨髄細胞があります。ES細胞および骨髄細胞を投与することによって肝細胞への分化を促し、肝機能の改善を得ようとするものです。重症肝硬変への骨髄細胞を用いた臨床応用がすでに実施され、その結果が待たれています。

今後の課題
 ヒトES細胞を入手するのは非常に困難で、多くの倫理的、科学的かつ社会的検討下での操作が要求されています。このジレンマを打破する驚愕のニュースが発表されました。それは2005年8月、受精卵を使用せずに、ES細胞作製に成功したとの米国での報告です。再生医療の更なる発展と臨床応用の可能性が現実的なものになってきました。
 一方、ES細胞の長期増殖実験結果で、癌化や老化に伴って生じる異常現象が増加するとの警鐘的な報告があります。人類の過去の歴史を省みて、新しい治療法には安全性という点での謙虚な対応が重要と思われます。
 


1995年以前の調査
 わが国における糖代謝異常妊娠の実態は、糖尿病センター前所長の大森安恵先生が妊娠前から糖尿病であった妊婦さんを対象に1975年第1回の調査を行ない、以後5年毎に1995年まで終了しています。

1996年以降の調査
 1996年以後の糖代謝異常妊娠全国調査は日本糖尿病・妊娠学会がこれを引き継ぎ、妊娠前から糖尿病であった女性の妊娠についてのみでなく、妊娠中に糖代謝異常を診断された妊婦さんをも対象としました。
 産科側世話人は三重大学の豊田長康先生、内科側世話人は佐中であり、816の日本産科婦人科学会専門医研修施設にアンケートを送り、1996年1月~2002年12月の7年間における糖代謝異常妊娠で妊娠22週以後の分娩例について調査を行いました。
 816施設中231施設(28.3%)から回答があり、7年間で約75万人(年間約10万人)の妊婦さんにおける糖代謝異常妊娠は5,232例であり、1996年0.55%、2002年0.87%と増加傾向にありました。妊娠中に診断された糖代謝異常妊婦さんは妊娠前に糖尿病と診断されていた妊婦さんより多く、3:2の割合でした。
 この中から多胎妊娠、病型分類等が不明な例を除外し、妊娠前診断の1型糖尿病と2型糖尿病および妊娠中にブドウ糖負荷試験で妊娠糖尿病の診断基準に合致した群の3群において、母親の糖尿病合併症と産科的合併症や、母親の糖代謝異常が胎児や新生児に及ぼす影響を調べました。

胎児・新生児への影響
 児の周産期死亡は1.4%(胎内死亡0.8%、新生児死亡0.6%)、先天異常4.9%とわが国で報告された同じ時期における頻度より高率でした。
 児の先天異常は妊娠初期の母親の血糖値が高いことが主な原因ですが、児の器官形成期である妊娠10週未満のHbA1Cと先天異常との関連を調べると、妊娠初期の血糖コントロールが非常に悪かった(HbA1Cが8%以上)母親から生まれた児では先天異常が約20%と高率に認められました。
 妊娠中の母親の血糖コントロールが良好でない時には、大きな赤ちゃんが生まれたり、新生児期に低血糖、高ビリルビン血症、多血症、低カルシウム血症、呼吸障害などのさまざまな合併症がおきてきます。新生児低血糖は1型糖尿病の母親から出生した児で21.9%、2型糖尿病の母親から出生した児で15.9%、妊娠中にブドウ糖負荷試験で糖代謝異常を診断された妊婦から出生した児で8.7%であり、妊娠中の血糖コントロールが難しい1型糖尿病の母親から生まれた児で最も高率に認められました。

妊娠初期の糖代謝異常
 妊娠中に糖代謝異常を診断された妊婦さんのうち約20%は妊娠初期に診断されていました。妊娠中期以後はインスリン抵抗性となり、血糖値が上昇しやすい時期ですが、インスリン抵抗性が出現する以前の妊娠初期に糖代謝異常を診断された妊婦さんは妊娠前から糖代謝異常があったと推測されます。

妊娠前からの血糖コントロールの重要性
 母親の高血糖が児に及ぼす悪影響を防ぐことは重要であり、
1)糖尿病の女性では先天異常や新生児合併症を予防するために妊娠前、妊娠中の血糖コントロールを厳格にすること、
2)妊娠可能年齢の女性では妊娠をする前に糖代謝異常の有無を検査することが必要であることが再確認されました。

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