DIABETES NEWS No.85
 
No.85 2005 March/April

糖尿病センター開設30周年を迎えて
 糖尿病センターが全国医科大学に先駆けて本学に開設されたのは1975年。今年でちょうど開設30周年を迎えることになりました。近年、わが国では生活習慣の欧米化を背景に糖尿病患者数は増加の一途を辿っています。この30年間、当センターでは、糖尿病患者さんの初期治療・教育から、重症の合併症に苦しむ患者さんの診療まで幅広いニーズに応えるよう医師とコメディカルスタッフが一丸となって努めてまいりました。

糖尿病センターの特徴
 当センターの大きな特徴は、センター内に内科と糖尿病眼科の二つの診療科をもち、両者の緊密な連携の下に、糖尿病性眼合併症の予防と治療に万全の体制で臨んでいることです。患者さんが眼合併症の治療のために入院する場合には、糖尿病専門の内科医と眼合併症を専門とする眼科医がチームを作り、内科医は糖尿病コントロールを中心とする全身管理を行い、一方、眼科医は網膜症をはじめとする眼合併症の治療に専念いたします。
 糖尿病センターの病室には透析ベッドが併設され、新規導入と透析中の患者さんの入院に対応できることも、大きな特徴です。
 このような体制で取り組んでいる糖尿病センターは今も他にはほとんどありません。当センターでは、今後もこのメリットを最大限に活かしていきたいと思います。

糖尿病のトータルケア
 当センターには、そのほか小児・ヤング糖尿病、糖尿病性腎症、糖尿病と妊娠、フットケア、糖尿病性神経障害、糖尿病と心疾患、糖尿病と疫学、糖尿病と遺伝、糖尿病と肥満などの各分野にそれぞれエキスパートが揃い、糖尿病患者さんのトータルケアを目指して力を注いでいます。
 わが国の糖尿病患者さんのおかれた状況は、今も長く続く「血管合併症の時代」にありますが、中でも腎症や網膜症などの「細小血管症の時代」から心筋梗塞、脳梗塞および足壊疽などの発症が問題となる「大血管症の時代」に入りつつあるといわれています。

 開設30周年を迎えて、センターのスタッフ一同、よりよい糖尿病医療の実践と医療サービスの提供に一層努力する所存です。

 


糖尿病センター眼科の今昔
 東京女子医科大学糖尿病センター眼科は、昭和50年の糖尿病センター発足時より眼底検査部門として併設されていましたが、昭和63年より眼科医が常勤体制となり、以来16年の年月を経て、糖尿病による眼合併症を専門に治療する我が国唯一の診療科として全国的に知られるようになりました。糖尿病センターというセンター方式のなか、内科との密接な医療連携を取り、充分な全身管理のもとに、最新の診断装置や治療機器を駆使して高水準の診療を行っています。
 現在、糖尿病センター眼科は、教授、助教授と6名の助手、5名の医員(うち3名は他施設で研修中)、4名の視能訓練士が外来および病棟の診療に従事しています。

満足していただける外来診療水準へ
 年間ののべ外来患者総数は約32,000人で、初診患者数は約1,500人、そのほとんどがご紹介いただいた方々です(平成14年実績)。
 平成15年8月から総合外来棟に移転して、新しいシステムの中で診療しています。効率的になった反面、なかなか移転前のようにきめ細かい診療を行えませんでしたが、今では充実した診療が確立しつつあります。
 蛍光眼底検査数は年間約1,000件、網膜光凝固療法の件数は年間約2,000件で、全国でもトップレベルにあると思います。また、光干渉断層計(OCT)、網膜厚解析装置(RTA)、共焦点走査型レーザー検眼鏡(SLO)などの最新の診断装置を早くから導入して、より密度の高い診療を行っております。
 糖尿病センター眼科に通院している方々は、糖尿病網膜症の未発症の方から、失明の危険性の高い重症の糖尿病網膜症の方まで様々です。しかし、糖尿病センター内科に通われ、定期的に眼底検査を行い、初期より糖尿病網膜症の管理をしている安定された状態の方々と、すでに重症な糖尿病網膜症となってしまって、内科的な管理とともに、眼科的治療を早急に必要とされ、全国の施設からご紹介いただいた方々の、大きく二つのグループに分かれることが糖尿病センター眼科の特徴です。

十分な内科管理下の眼科手術は日本で唯一
 年間の手術件数は約600件で、このうち糖尿病網膜症に対する硝子体手術は約150件でした。眼科治療目的で入院された方には、必ず内科主治医と眼科主治医がつき、糖尿病網膜症の総合的な治療を行っています。
 糖尿病網膜症の硝子体手術は、高速硝子体カッター、双手手技、内視鏡併用手術、トリアムシノロンや組織型プラスミノーゲン等の薬剤併用手術を取り入れ、より確実で安全性の高い手術を目指し、読書可能な視力0.5を超える術後視力を半数以上の方々に得られるよう努力しています。

これからの糖尿病専門眼科の方向性
 糖尿病センター眼科では、最新・最良の治療を提供するため、新たに開発された薬剤や治療法に対して、多くの臨床治験を手掛けています。また、科学的な根拠に基づいた網膜光凝固療法のガイドラインや、現在多様化している糖尿病黄斑浮腫治療におけるガイドラインの作成のために、日本糖尿病眼学会に対して全面的な協力をしています。
 糖尿病網膜症は、依然としてわが国における成人失明原因疾患のトップとされています。糖尿病網膜症による失明を一人でも多くなくすために、糖尿病センター内科と一丸となって全力で取り組んでいくつもりです。今後もご支援とご指導のほどよろしくお願いします。
 


糖尿病診療は難しい
「加茂川の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなはぬもの」と嘆いた白河上皇。現代に生きる糖尿病専門医には、糖尿病の治療こそかならずや3本の指に入る「わが心にかなわぬもの」かもしれません。初診時に糖尿病についての基本的な知識と療養指導をひと通り行っただけで、何年もの間良好な血糖コントロールを維持されている方がいらっしゃる一方で、こちらの持てる方策を総動員して診療を行っても HbA1Cが8%以上のまま通院されている方も多いのです。
 同じ医師が同じように診療しているのに、どうしてうまくいく方とそうでない方に分かれてしまうのでしょう。おそらく、糖尿病診療の成否は我々が現在参考にしているデータ(体重、血圧、HbA1C、血糖値、病歴、身体所見、検査所見など)だけではとても理解できない複雑なものではないかと想像されます。

まだ活用されていないデータ
 まず、遺伝子が挙げられます。糖尿病は遺伝性の強い疾患ですが、倫理的な配慮もあり、どの遺伝子にどのような異常があるのか調べて診療している例は稀です。その他にも、心理、社会・経済状況、家族関係など治療に影響を及ぼす因子はいくつも知られていますが、評価方法が明確でなくカルテにも十分な記載がありません。天才的な医師ならば、糖尿病の方と接する中で直感的にこれらの因子も考慮に入れて適切な診療を行えるでしょうが、私のような凡人はどの因子に着目しどのように診療を行ったらよいのか、しかるべき道しるべがあればと思うばかりです。ここらの体系化がなされていない点が、糖尿病診療の困難さのゆえんと推測されます。

データマイニングの可能性
 データマイニングとは、一見しただけでは理解することができない膨大なデータの中から、コンピュータがデータ間の関係を見つけ出し、その情報をもとに次の発展を探る技術です。コンビニエントストアの売り上げを増やすための品揃えと配置とか、少ない予算で強いプロ野球チームを作るための選手の獲得方法などデータマイニングによる魅力的な成功例もありますが、まだまだ進化途上の技術です。
 医療分野での成功例はまだありません。しかし、糖尿病診療こそもっともデータマイニングにふさわしい領域と思われます。遺伝子、心理、社会・経済状況、家族関係などをデータ化し、どのような因子を持つ場合に治療がうまくいくのか、あるいはどのような因子を持った方にどの薬を使った場合にもっとも有効かなどデータマイニング手法を駆使して解析し、そこから得られた情報を治療に生かすことができるならば、より良い糖尿病診療に結びつく可能性が高いと考えられます。無論、個人情報やセキュリティーには十分な配慮を払う必要があるのはいうまでもありません。患者数が増す一方の糖尿病の新しい治療を模索するうえで、データマイニングは非常に有望な方法と思われます。

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