DIABETES NEWS No.84
 
No.84 2005 January/February

糖尿病の増加に歯止めを
 わが国の糖尿病患者数は21世紀の国民病と喩えられるまでに増加しています。「健康日本21」では、糖尿病をはじめとする生活習慣病の増加を抑え、健康寿命の延伸をめざして、さまざまな目標値を定めてキャンペーン活動を行っていますが、今のところ十分な効果がみられていません。最近の調査によれば、運動の量や肥満者の比率など、むしろ目標値から遠くなってきていることがわかりました。

不十分なコントロール目標の達成率
 糖尿病学会では、診療ガイドラインや治療ガイドの中で、血糖コントロールの指標と評価を掲げていますが、HbA1C<6.5%のいわゆる good control の達成率は決して満足すべきものではありません。体重、血圧、血清脂質にもそれぞれ目標値を定めていますが、HbA1Cの達成率は、ほかのコントロール目標の達成率に比べても低いことが想定されています。
 インスリンにしても、経口血糖降下薬にしても次々に新しい製剤が登場していますが、すぐには目に見えるような血糖コントロールの改善につながっていないように思われます。糖尿病では、血圧や血清脂質のコントロールに比べてより困難なのは、食事や運動など生活習慣の是正が重要なことを示していると思われます。

「対糖尿病5か年総合戦略」策定
 日本糖尿病学会では、わが国の糖尿病について、研究、予防および医療を総合的に推進することにより、糖尿病の有病率と合併症(心筋梗塞・脳卒中・人工透析・失明など)の激減を目指して、「対糖尿病5か年総合戦略」の策定に取り組んでいます。その中では、(1) 糖尿病研究の推進、(2) 糖尿病の診断・治療・予防の推進、(3) 糖尿病医療の向上とそれを支える社会環境の整備、を三本柱に掲げました。具体的には、糖尿病と合併症の原因究明に向けた研究を推進し、それらの成果を糖尿病と合併症の診断・治療・予防へ応用すること、糖尿病の効率的な予防法を確立すること、糖尿病や合併症の先進的な診断法を開発すること、日本人の糖尿病や合併症の原因に対する根本的な治療法の開発を進めることなどが目標として定められました。これらの目標に向けて、学会が中心になり、日本糖尿病協会や日本医師会などとの強力な連携を進めていく必要があると思います。
 


リスクマネージメント?
 経口血糖降下薬のアマリールと降圧・不整脈用剤アルマールが処方間違いしやすいことは、以前からよくいわれているところです。このような間違いがおきないようにする、おこらないシステムを構築することをリスクマネージメントといいます。
 間違いがおこると、間違った張本人が悪いのだ、ぼっとしていたからだ、ケアレスミスだ、プロ意識が足りない、よくよく気をつければ間違えるわけがないのに、と考えがちです。たしかに、ひとつひとつ、丁寧に丁寧に行えば、だれもその時は間違えないでしょう。しかし、日常的な操作や、右から左の思考パターンで済むことを毎日おこなっていると、とんでもない間違いを起こします。『注意してください』のポスターだけでは間違いは避けられません。『気をつけなさい』、『プロ根性をもって!』、と気合いをかけても間違いはおこるのです。

なぜ間違いがおこるのか
 なぜなら、注意は持続できません(一度言われるとその時は覚えていますが、すぐ忘れてしまいます)。記憶は永続しませんし、変容もします(思い込みといいます)。心理的な影響も受けます(皆がAだと主張すると自分はたしかBだと記憶していたが、自分の記憶が間違いなのだと思ってしまったり、緊張しているととんでもない間違いをおこすこと)。また夜明け頃は頭がぼんやりしますので間違いがおこりやすい時間帯といわれています。
 また、今日の仕事が終わってまだ時間があるから明日の仕事をすこししておこう、という考えも注意しなければなりません。組織の中では多くの人たちの仕事の中で自分の仕事が存在するので、一人だけ先に進むとこのリズムがこわれて間違いをおこす元凶になります。

間違いを回避するために
 上記の薬剤の処方間違いを回避するために、当院では経口血糖降下薬だけをひとつのしばり"DM"の中にいれてあります。"DM"を開かないとアマリールが処方できないわけです。病棟では夜明けの時間帯に新しい指示を出さないなどのシステムも効果があるでしょう。ベッドから落ちる可能性があれば、低いベッドを最初から用意します。こんな例もあります。入院患者さんに検査のために他の部署(たとえば神経検査のために神経検査室に)に行ってもらったとします。普通は診察券も一緒に動き、当院では手に患者さんを特定する認識バンドが巻かれていますから間違いは起こらないことになっていますが、それでも最初から『鈴木さんですか?』とお聞きしないことにしています。なぜならはじめての場所に行って緊張していますと、『鈴木さんですか?』とお聞きすると、自分の名前が"鈴木"でないのに、『はい』と答えてしまうことがおこりえます。これを回避するために、『お名前を教えてください』とお聞きします。
 薬局でお薬手帳が使われております。これも同じ薬を他の医療機関から処方されてもチェックできるようになっているわけです。さらに、インスリン製剤なら『濁ったこのインスリンですね』と実物を見ながら薬袋に包むのも処方間違いを防止することになるでしょう。

これがリスクマネージメント
 間違いはおこってほしくないのですが、ちょっとした小さな間違い、被害のない間違いがおこったときは、操作や段取りのどこかに間違いがおこりやすい箇所がある、システムに間違いをおこす元凶がある、と確信して、やりかたを変える、これがリスクマネージメントです。
 


国際学会から最近の動向を知る
 糖尿病患者の足病変の重要性が高まるとともに、今日足病変の診断技術の向上と治療の進歩に目覚ましいものがあります。2004年9月24、25日中国で国際糖尿病足学会と国際血管外科学会が開催されました。そこで発表されましたいくつかの注目すべき報告を述べてみます。
 骨髄幹細胞移植療法は下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)に対してすでに中国で施行されています。Angioplasty とステントを併用した血管内治療は欧米ではごく当たり前の治療となっており、脳血管および下肢血管へ臨床応用した報告がありました。薬剤コーテイングステントの使用によって、Angioplasty 後の血管内再狭窄率が大幅に低下したとの報告がありました。これは ASO への適応拡大が望まれます。
 人工血管は、すでに大血管や種々の枝分かれ構造をもつ血管までが作成されており、その臨床応用の結果が報告されていました。糖尿病患者さんに合併した ASO に対する外科的 distal bypass での治療成績は、非糖尿病例と比べて差がないという報告もみられました。
 ASO に対する薬物療法も数多くの報告例がみられましたが、本邦で盛んに施行さてれている ASO に対する炭酸泉浴療法を炭酸泉浴の本場のドイツ人の高名な血管外科医に質問しましたが、そのような治療法はないとのことでした。

フットケアのコンセンサスガイドライン
 糖尿病神経障害性潰瘍や感染症に関する教育講演において、世界各国での英知を結集して作製されたコンセンサスガイドラインが幾度となく紹介されました。本邦でも訳本がありますが、その普及は不十分のように思われます。

Podiatrist の役割の重要性
 欧米では Podiatrist(足病変を専門に治療する人)が臨床の現場において十分に活動し、足病変の悪化防止に役立っています。今回の学会でもその方々からの発表もあり、皮膚の乾燥、鶏眼・胼胝やネイルケア等の初期病変の治療の重要性があらためて強調されました。彼らは病院とは独立して活動し、足の治療で診療報酬を得ています。自分の仕事に誇りをもって初期病変の治療にあたっているという態度が頼もしい限りでした。

中国でもフットケアが重要問題
 学会実行委員の一人の熱心な糖尿病専門の教授の施設を見学する機会を得ましたが、フットケアが再重要視されていました。フットケアの講演ができる医師が中国ではひっぱりだこであるとも話しておられました。現地の医師は、ベテラン Podiatristに よる実際の患者さんの診察の仕方、治療方針の決め方の指導を熱心に勉強されていました。
 本邦での Podiatrist の養成学校の設立と普及が望まれます。

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