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No.83 | | 2004 November/December |
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記録的な猛暑に見舞われた2004年の夏も漸く終わり、今年も糖尿病週間が近づいてきました。
第40回全国糖尿病週間のテーマは"軽症糖尿病-予防と治療"です。
糖尿病の大多数を占める2型糖尿病の患者さんの病歴を振り返ると、ほとんどの場合、"軽症糖尿病"の段階を経て進行していく経過がわかります。"軽症糖尿病"の明確な診断基準はありませんが、罹病期間も短く、糖尿病に特有の細小血管症も認められない段階と考えられます。空腹時血糖値の上昇はあまりみられず、食後血糖値や糖負荷後の血糖値が上昇している状態、いわゆる食後高血糖が目立つ段階に相当するといえます。
いわゆる食後高血糖の段階では、高血糖に伴う自覚症状は認められないため、積極的なアプローチを行わないならば多くの場合放置されてしまいます。食後高血糖が、さまざまな機序によって動脈硬化をひきおこすとのデータは蓄積されつつあり、大血管症の発症予防の観点からも軽症糖尿病の段階から積極的な治療を行うのが望ましいとの認識が深まってきました。
全国糖尿病週間を迎えて、(社)日本糖尿病協会や(財)日本糖尿病財団では糖尿病患者さんや一般の方々を対象としたさまざまな講演会やウォークラリーなどキャンペーン活動を企画しています。こうした機会をとらえて糖尿病に対する正しい知識の普及・啓発をはかることは大切です。糖尿病患者さんや予備軍といわれた方はこれらの企画に積極的に参加し、糖尿病の発症予防や悪化の防止に努めることはとても大切で効果的です。
"軽症糖尿病"の患者さん達も含めて定期受診・継続治療を実践するためには、糖尿病専門病院や専門医だけでは不十分なことは言うまでもありません。糖尿病専門医は、必ずしも糖尿病専門医ではないけれども"軽症糖尿病"の重要性を認識している多くの先生方との間に緊密な医療連携を構築し、地域における糖尿病診療の質の向上を目指すことが急務であると思います。
第20回糖尿病センターとの医療連携の会を11月18日(木)に京王プラザホテルで開催致します。詳しくはこちらをご覧下さい。
女性にとって妊娠・出産はまさに"未知との遭遇"です。糖尿病の女性ではそれ以上かもしれません。というのは糖尿病の治療を行いながら無事に妊娠を乗り切り、元気な赤ちゃんを胸に抱くためには想像以上の努力が必要となるからです。また妊婦さん自身の自覚もさることながら、内科医、産科医、新生児科医、眼科医などの様々な領域の医師、助産師、看護師、栄養士など多くの人たちの協力が必要です。
東京女子医科大学病院では昭和39年(1964年)9月にインスリンの治療を受けていた糖尿病女性から元気な赤ちゃんが初めて生まれました。妊娠中の糖尿病の治療は糖尿病センター前所長の大森安恵先生がなさいましたが、現在と異なり当時は、血糖測定には長い時間を要し、血糖自己測定器はなく、HbA1Cの測定も行われていない時代でした。しかし大森安恵先生は、熱き情熱と熱意で妊娠中の治療にあたられ、お母さんとともに感激の日を迎えられました。
妊娠中、お母さんの血糖値が高いと、おなかの赤ちゃんも影響をうけ、大きな赤ちゃんが生まれたり、新生児低血糖などの合併症がおきます。赤ちゃんの合併症を防ぐために、妊娠中は厳格な血糖コントロールが必要であり、HbA1C5%台を目標にインスリン療法や食事療法を行います。また妊娠中にはお母さんの糖尿病の合併症が悪化しやすく、血糖コントロールのみでなく、様々なことに注意を払いながら治療を進めなければなりません。妊娠初期の血糖値が高いと先天異常を合併することもあるため、妊娠中のみでなく、妊娠前から血糖コントロールを良好に保つ必要があります。つまり、糖尿病の妊婦さんが元気な赤ちゃんを出産するためには、妊娠中のみでなく妊娠前からの内科的治療が非常に重要です。
糖尿病の治療の進歩とともに、糖尿病妊婦さんの治療も進歩し、現在では血糖値や HbA1Cの迅速な測定、血糖自己測定、インスリン注射方法の進歩などにより、厳格な血糖コントロールの達成が可能な時代になりました。
昭和39年以後、大森先生は「糖尿病と妊娠」の我が国におけるパイオニアとして、日本全国にその知識の普及に努められました。「大森先生に診てもらえば元気な赤ちゃんを産むことができる」と、東京近郊のみでなく、遠くからも多くの患者さんが来院され、平成9年3月に大森先生が退任されるまでの約33年間にのべ640人の妊婦さんの糖尿病治療が糖尿病センターで行われました。
その後も糖尿病センターでは多くの妊婦さんの糖尿病治療が継続して行われ、平成16年3月には妊娠前から糖尿病センターでインスリン治療を行っていた1型糖尿病の妊婦さんが、母子センターで元気な女の赤ちゃんを出産されました。約40年間にのべ1000人の糖尿病の妊婦さんとともに元気なお子さんが生まれるように歩んできたことになります。
この間、多くの医師、助産師、看護師、栄養士などの医療従事者が治療に関与し、また多くの先生が妊婦さんを紹介して下さいました。これからも、糖尿病や妊娠糖尿病の妊婦さんから信頼される糖尿病センターであるよう努力を続けたいと思います。
周知の通り、糖尿病性腎症に起因する腎不全患者さんは年々増加しています。日本透析医学会統計調査委員会の最新の統計によりますと、わが国で慢性透析を導入された腎不全患者さんの原腎疾患のうち、糖尿病性腎症は1998年に慢性糸球体腎炎を抜いて、第1位となりました。 2003年に透析を導入された糖尿病性腎症患者さんは13,632名であり、この年の全透析導入患者32,308名中41.0%を占めるに至っています。
糖尿病性腎症の透析導入後の予後は不良であり、また慢性透析の医療費がわが国全体で1兆円を超えることなどから、糖尿病性腎症の対策は、医療の現場のみならず、医療経済の点からも重要な課題といえます。
糖尿病センターは1987年3月に現在の建物に移りましたが、その当時から腎不全を合併した糖尿病患者さんが増加していたため、新しい病棟に血液透析室を設け、入院患者さんの血液透析をセンター内で行うようになりました。また同年8月腹膜透析 (CAPD) を開始しました。図に示しますように、糖尿病センターに入院して血液透析あるいは CAPD を導入した患者さんは、全国データ同様年々増加の一途をたどり、1995年の年間導入数は67名に達しています。しかしその後導入数は横ばいとなり、2002~2003年は40数名まで減少しました。
大学病院であるため腎症が進行してから紹介される患者さんも多く、必ずしも透析導入患者さんを糖尿病の初期からわれわれが管理している訳ではありません。しかし以前に比べ、糖尿病および高血圧の管理をより厳格に行ったことや、保存期腎不全においても腎保護を目的とした治療を強化していることが、最近の透析導入患者数減少に、少なからず寄与しているのではないかと考えています。
糖尿病性腎症の早期診断に尿中微量アルブミンの測定が重要であり、腎症進展抑制のためには血糖のみならず、積極的な高血圧治療が重要であることは、あらためて言うまでもありません。しかし実際には、腎症の診断、治療とも、必ずしも十分行われていない現状があります。より適切な腎症管理を行うことによって、今後透析導入患者数をもっと減らすことができると確信しています。
当センターにおける透析導入患者数の推移 |
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