DIABETES NEWS No.78
 
No.78 2004 January/February

持効型溶解インスリンの登場
 基礎インスリンの補充に適した持効型溶解インスリンのインスリングラルギン(商品名:ランタス)が認可されました。グラルギンは、A鎖21位のアスパラギンがグリシンに置換し、B鎖の31位と32位にアルギニンが付加された構造です。等電点の移動によって、溶液中の酸性 pH 下では溶解していますが、皮下注射後に中性の皮下組織液中では沈殿を起こし、徐々に吸収されます。そのため、ピークのない安定した血中濃度が維持されます。

インスリングラルギンのよい適応は?
 グラルギンは、強化インスリン療法における基礎インスリンとして広く使われると思います。1型糖尿病の患者さんを対象とした日本での治験でもその有用性が確かめられました。また、経口薬治療でコントロールが不良な2型の患者さんに、グラルギンを朝食前に投与して有効性と安全性を検討する臨床試験も行われました。その結果、NPH インスリンに比べて夜間の低血糖を増やすことなく、空腹時血糖を低下させることが示されました。グラルギンの登場によって、2型糖尿病における経口薬とインスリンの併用療法がこれまで以上に行われることになるかもしれません。

二相性インスリンアナログの登場
 超速効型インスリン(インスリンアスパルト)を用いた混合製剤の開発も進み、このたび二相性インスリンアスパルト(商品名:ノボラピッド30ミックス)が市販されます。
 本剤は、インスリンアスパルトとプロタミンと結合したインスリンアスパルトを3:7の比率で混合した製剤で、ヒトインスリンの混合製剤としてもっとも使われている 30RのR(速効型)をインスリンアスパルト(超速効型)に代えたものと考えることができます。

二相性インスリンアスパルトのよい適応は?
 二相性インスリンアスパルトは、二相性ヒトインスリンに比べて食後血糖の上昇を抑えやすいという特徴があり、2型糖尿病患者さんを対象とした臨床試験で確認されました。本製剤は、二相性ヒトインスリンで食後高血糖を十分に抑えられない患者さんや食前30分に注射することが難しい患者さんなどに適したインスリン製剤です。
 こうした新しいインスリン製剤の登場によって、患者さんの生活スタイルに合わせたよりよいインスリン製剤の選択が可能になりました。
 


第47回日本糖尿病学会年次学術集会 事務局担当
 すでにご存知のことと思いますが、当センターの岩本安彦所長が会長をつとめます、第47回日本糖尿病学会年次学術集会が2004年5月13日-15日、東京国際フォーラムにて開催されます。現在、岩本安彦所長をはじめ医局員一同、開催に向けての準備を進めているところです。
 1万人を超える参加者が集まり、1300題以上の演題が発表されることを期待しています。患者様や一般の皆様向けには、5月15日 (土) の夕方に市民公開講座を予定しています。また、日本糖尿病協会の主催で5月14日 (金) に隣接する読売ホールで特別講演やシンポジウムが行われます。
 糖尿病の医療に携わっていらっしゃる方、最新の糖尿病学の進歩に興味のある方には、シンポジウムやワークショップにご参加下さい。本学会は「糖尿病根治の時代への扉を開く」とメインテーマを掲げており、このテーマにふさわしい領域あるいは近年のトピックスである次の18分野を年次学術集会のシンポジウム・ワークショップとして採用いたしました。

シンポジウム
1)膵β細胞研究の最前線
2)糖尿病における血管内皮機能障害
3)2型糖尿病の発症予防
4)大規模臨床試験とその後の展開
5)眼合併症の成因と治療
6)糖尿病関連新薬開発の最前線
7)運動療法の基礎と臨床
8)メタボリックシンドロームをめぐって
9)加齢と糖尿病
10)*糖尿病および合併症の原因遺伝子はどこまで解明されたか?
11)*糖尿病における再生医療の基礎と臨床
12)*チーム医療と療養指導士の役割

ワークショップ
1)1型糖尿病の根治療法としての膵(島)移植
2)コントロール基準と日本におけるエビデンス
3)アディポサイトカイン研究の新展開
4)子宮内環境と糖尿病の発症
5)*若年発症2型糖尿病:疫学・治療・予後
6)*ITと糖尿病診療への応用
 現在、それぞれのシンポジウム・ワークショップに造詣の深いそれぞれ2人の先生方に座長をお願いして、演者の選定にあたっていただいております。*印のついたテーマについては演題の公募を行いましたが、どのテーマについても数多くの演題が寄せられました。それぞれのシンポジウム・ワークショップでは、国内外で最先端の研究を行っている5-6名の方にそれぞれの研究成果を発表していただくとともに、会場にいらした方にも加わって十分に討論できる時間を設けたいと考えています。自身では研究していないが興味はあるので覗いてみたい、という参加者にも十分理解していただけるよう、現在までの概要や将来の夢なども語っていただけるよう各シンポジウム・ワークショップの座長の先生方にお願いしてあります。大勢の皆様の参加を期待しております。
 
 


糖尿病と動脈硬化
 2型糖尿病は中高年に発症する糖尿病の大部分を占め、患者さんの主な死因は心臓や脳の血管に起こる動脈硬化(大血管障害)です。
 動脈硬化の進行は2型糖尿病が発症する前の段階(いわゆる耐糖能異常の段階)で、すでに糖尿病状態に匹敵する速度で進行を始めていることが知られています。「メタボリックシンドローム」とは、耐糖能異常から2型糖尿病への移行と動脈硬化の進展の背景に共通して存在する病態として近年クローズアップされています。

メタボリックシンドロームとは
 米国の基準によると、(1) 耐糖能異常(あるいは2型糖尿病)、(2) 高中性脂肪血症、(3) 低HDL(善玉)コレステロール血症、(4) 内臓肥満、(5) 高血圧、の5項目の内3項目以上を満たす場合をメタボリックシンドロームと定義しています。メタボリックシンドロームを有する非糖尿病者が糖尿病を発症するリスクは、有さない者に比べて9倍も高く、また心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクは3倍高いことが報告されています。また、米国においては、成人の 23.7%、約4,700万人がメタボリックシンドロームを有することが報告されており、世界保健機構 (WHO) も世界的に増加している本シンドローム(症候群)に対して特段の注意を払うように警告しています。
 メタボリックシンドロームの各構成因子の比率は民族間で異なっており、アジア人においても、インド系では糖尿病の比率が高いのに対して、マレー系では肥満が、中国系では高脂血症の頻度が高いことが知られています。残念ながら日本人を対象とした調査報告は少ないのですが、日本人においても危険因子を3個以上持つ人の冠動脈心疾患の発症リスクは、危険因子を持たない人に比べて実に30倍以上にも及ぶことが報告されています。

メタボリックシンドロームの成因と治療
 メタボリックシンドロームの発症には、環境因子(生活習慣)と複数の遺伝因子(体質)が関与すると云われています。環境因子としては、動物性脂肪や砂糖などの単純糖質の摂取過多、食物繊維の摂取不足、運動不足やそれに伴う肥満、あるいは子宮内発育遅延などが指摘されています。遺伝因子に関してはまだ不明な点が多いのですが、インスリン抵抗性の亢進や脂肪細胞の異常に関連する因子の関与が示唆されています。
 メタボリックシンドロームの治療は、上記のような悪しき生活習慣の改善に加えて、インスリン感受性の改善と内臓肥満の解消を指標とした包括的な危険因子の管理が中心となります。メタボリックシンドロームは、早期からの介入治療によりその予後(結果)を大きく改善しうる病態であり、耐糖能異常や2型糖尿病を有する場合には、メタボリックシンドロームの存在を念頭において適切に対処することが、医療側と患者側の両方に求められています。

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