DIABETES NEWS No.7
    No.
     1986 
     AUTUMN 
 

 このたび、機会があってサンフランシスコのありふれた小さな病院(130床)における糖尿病性腎症の治療の様子を見てきました。
 特別に糖尿病を中心に治療しているという病院ではありませんが、血液透析をやっている15床程度のうちの3分の1は糖尿病による腎不全だといっていました。私たちのいった時は、ちょうど CAPD 外来の時間に当たっていましたので、1人の医師と2人の看護婦が診療に当たっている中に入って、直接患者の話を聞いてみることもできました。
 訪問した時点で18名の CAPD 患者がいましたが、その半数が糖尿病性腎症によるということでした。また、私の会った患者のうち2人は、完全な失明状態にもかかわらず、CAPD をうまくやっているということでした。
 CAPD という方法は、患者自身で腹膜透析をしながら常人と変わりのない生活をおくれる、血液透析のように週2~3回通院し何時間も身動きができないということがない、血液透析の場合のように透析のすんだ後の立ちくらみがないなど、沢山の利点があります。
 問題となるのは、患者が自宅で腹膜を洗うわけですから、水の入った袋を交換する時に、感染を起こしやすいということですが、最近は、簡単で小型な器具を使って、比較的安全にできるようになって喜ばれていました。
 少々視力が落ちている1人の黒人は、私のために、この器具を使って袋のつけかえをやってみせてくれました。紫外線を出して消毒しながら自動的に袋をつけかえるこの小さな箱状の器具は、自宅や職場では電気の差し込みを使っていますが、長時間の魚釣りやドライブのためにはバッテリーを内蔵したものもあります。もう5年も CAPD をやっている患者は、血液透析よりはるかに調子が良いといっていました。
 元気一杯という感じの患者が多いなかで、1人だけどうも気分が悪いという患者に、看護婦が血糖自己測定をさせたら、400mg/dl以上ということで、透析液に入れるインスリン量を増すよう指示が出されていました。
 


日本に多いヤングのインスリン非依存型糖尿病
 25歳未満発症の糖尿病は、欧米ではほとんどすべてがインスリン依存型糖尿病(インスリン注射をしないと生存不可能)であるのに対し、わが国では約半数がインスリン依存型糖尿病、残りの約半数がインスリン非依存型糖尿病であるといわれています。

増えている重症合併症
 最近、合併症をもった糖尿病患者が増加していますが、ヤング糖尿病患者においても重症合併症の増加が顕著となってきています。
 当センターに通院中の25歳未満発症糖尿病患者における合併症の状態を病型別に調査してみました。糖尿病性網膜症は、インスリン依存型では約半数、インスリン非依存型では約1/3に認められ、インスリン依存型の方に多くみられます。増殖性網膜症はインスリン依存型7%、インスリン非依存型13%でした。増殖性網膜症を認めた最短の罹病期間は、インスリン依存型12年、インスリン非依存型9年でした。調査を実施した年齢では、網膜症を認めた最年少の年齢は、インスリン依存型18歳、インスリン非依存型24歳でした。また、インスリン依存型では20歳、インスリン非依存型では30歳を境として網膜症は著明に増加していました。
 糖尿病性腎症は、インスリン依存型・インスリン非依存型とも約10%に認められました。腎症を認めた最短の罹病期間はインスリン依存型13年、インスリン非依存型9年でした。調査時における年齢では、インスリン依存型18歳、インスリン非依存型24歳で腎症がみられました。

重症合併症とヘモグロビンA1C
 1~2か月前の血糖コントロールの平均を表すヘモグロビンA1C(HbA1C)は、インスリン依存型9.0%、インスリン非依存型7.9%で、有意にインスリン依存型が高値を示しました。また、インスリン依存型においては、重症合併症(増殖型網膜症や腎症)を有するものは9.9%、有さないものは8.8%と、重症合併症と HbA1Cとの間に今回の調査では有意な関連を認めました。血糖コントロールを実施していた患者では、合併症をおこさないか、あるいは、合併症の進展はみられませんでした。
 ヤング糖尿病患者においても、血糖コントロールをおこなうことが合併症をおこさないために重要であると思われました。
 


20世紀の科学の特徴
 19世紀までの科学上の発見や医療の革命は、1人の卓越した偉大な人の手によって成功したものが多いといわれています。しかし、20世紀における特徴は、すべてすぐれたチームワークによって成し遂げられているといえそうです。たとえば、アポロ1号から始まった宇宙船の運行がよい例です。基地で、スペースシャトルの軌道を修正しながら運行する人々、船内で実験をする人、月の上で実験をする人たちの緊密なチームワークによって、月への旅行が達成されているといえます。

糖尿病治療とチームワーク
 糖尿病の治療は、まさにこの宇宙開発に似たチームワークを必要とする医療です。ナース、栄養士、検査技師、眼科医、産科医、小児科医、内科医は、チームワークを行う重要なメンバーです。
 糖尿病は、食べることに関係した病気であるため、自己管理を必要とします。自己管理を行うためには、その病気に関するかなり高度の知識を要します。そのため、医師は診察の他に教育プログラムを作ります。この教育プログラムの大切な役割を担うのが、ナースや栄養士です。

チームにおけるナースと栄養士
 ナースは、インスリンの注射法から血糖の自己測定の仕方、壊疽や水虫になりやすい足の手入れなど、糖尿病の治療に直接必要な実技を教えます。実技指導のかたわら、自己管理への動機づけをあたえ、時には、心理的葛藤をもつ若者への精神的支えにもなっています。栄養士は、糖尿病治療の基本になる食事指導を分担します。

網膜症の治療におけるチームワーク
 糖尿病臨床においては、内科医と眼科医との緊密な連携も必要です。内科医だけ、または、眼科医だけで糖尿病治療が行われた場合と、内科医と眼科医が意見や情報を交換しあって治療した場合の網膜症の予後は、比ぶべくもありません。

糖尿病妊婦の治療管理のチームワーク
 同じことは、糖尿病妊婦の治療管理についても言えます。チームワークのない、産科医だけ、または内科医だけの一方通行で管理された妊婦の予後は、恐らく惨憺たる結果となると思われます。内科医と産科医、栄養士、ナース、眼科医、小児科医が、妊娠前、妊娠中、出産時に手をとり合ってチームワークを行ってこそ、正常と変わらない新生児を出産させることが出来るのです。

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