DIABETES NEWS No.68
    No.68
     2001 
     WINTER 
 

飽食の時代の「流行病」?
 今年6月、フィラデルフィアで米国糖尿病学会(ADA)が開かれていた折、ホテルの売店に並んだ週刊誌(U.S. News)の表紙に思わず惹きつけられてしまいました。真っ赤な表紙に"糖尿病は流行病"(The Diabetes Epidemic)という特大の活字がひときわ目立っていたからです。世界的規模で増加の一途を辿る糖尿病が、あたかも蔓延し、猛威をふるう流行病(伝染病)であるかのように喩えられていました。
 糖尿病が流行病の如くに増え続けるのはアメリカだけのことではありません。日本では生活習慣の欧米化を背景に、糖尿病人口の著しい増加が予測されています。
 糖尿病という「流行病」の蔓延をくい止め、被害を防ぐには、今、何をすべきでしょうか? 「流行病」に対する有効な対策を立て、実行することは、糖尿病を専門とする医療側に課せられた急務です。

Diabetes Prevention Program(DPP)
 DPPは米国で行われた2型糖尿病の一次予防を目指した大規模介入研究です。IGT(impaired glucose tolerance)を対象として、生活習慣の改善を目指す群、糖尿病治療薬ビグアナイド薬のメトホルミン(1,700mg/日)を投与する群、ならびに対照(プラセボ)群の三群間で、糖尿病の発症すなわちIGTから糖尿病への移行を比較したものです。
 9月に英国グラスゴーで開かれた欧州糖尿病学会の折に、DPPの結果の概要が報告されました。観察期間中(平均3年間)の糖尿病の発症率は対照群が29% であったのに対し、生活習慣改善群は14% と低く、一方メトホルミン投与群は他の二群の中間の22% という結果でした。生活習慣改善群には1日30分以上の運動の励行と低脂肪食を中心とした食事療法によって体重を5~7% 減量することを目標とした指導が行われました。
 生活習慣改善群の方が、メトホルミン群よりもよい効果を示した点は、とくに注目すべき点であり、食事療法と運動療法の重要性があらためて確認されたといえます。詳細な論文発表が待たれています。
 


診断基準値と
疫学調査基準の問題点
 1980年以降、糖尿病の診断は75gブドウ糖負荷試験(OGTT)の空腹時血糖値140mg/dL以上もしくは2時間血糖値200mg/dL以上を基準に行われてきました。一方、糖尿病の疫学調査では、2時間血糖値200mg/dLが糖尿病の診断的スクリーニングのgold standardとして広く用いられてきました。しかし、空腹時値140mg/dLは2時間値200mg/dLに対応する値としては高すぎること、糖尿病既診断者の2倍以上潜在するといわれる未診断者の拾い上げのためにはOGTTが煩雑でコストがかゝり過ぎることなども指摘されてきました。
 これらを受け、1997年米国糖尿病学会は疫学調査や日常臨床に際しOGTTを用いず、引き下げた空腹時血糖値126mg/dLのみで糖尿病を診断するよう勧告し、IGT(2時間値;140~199mg/dL)に代わるカテゴリーとしてImpaired Fasting Glucose(IFG)(空腹時値;110-125mg/dL)を提唱しました。

既存データの再解析
 この診断基準改訂の影響を疫学的な観点から検討するため、ヨーロッパ糖尿病疫学研究会並びに国際糖尿病疫学研究会は、75g OGTTを採用した糖尿病有病率に関する既存データの再解析(Diabetes Epidemiology:Collaborative analysis Of Diagnostic criteria in Europe 〔DECODE〕study, Diabetes Epidemiology:Collaborative analysis Of Diagnostic criteria in Asia〔DECODA〕study)を、ヨーロッパ人、アジア人に行いました。日本からは、山形県舟形町、福岡県久山町、長崎県小値賀町の住民調査、広島原爆被曝者研究、大阪成人病研究、広島大学、日系米人(ハワイ、ロスアンジェルス研究)のデータが参加しました。これによると、従来の2時間値のみを糖尿病の診断的スクリーニングに用いた場合は、空腹時値のみを用いた場合に比べ、糖尿病の粗有病率には大きな変化はありませんでした。しかし、スクリーニングで診断される個々の新規糖尿病患者の糖カテゴリーは、2時間値のみか空腹時かによって、その影響は人種によりかなり異なってしまいました。新規糖尿病患者における2種類の血糖の診断合致率は、ヨーロッパ人28%、アジア人36% でした。また、IFGとIGTの診断合致率はヨーロッパ人17%、アジア人19% でした。空腹時値のみを糖尿病のスクリーニングに用いると、ヨーロッパ人31%、アジア人45% の新規糖尿病患者を見逃すことになります。これは、空腹時血糖による診断基準は肥満した糖尿病患者を、2時間血糖による診断基準は痩せた高齢の糖尿病患者を診断しやすいためです。

WHOの診断基準とOGTTの推奨
 以上2つの研究報告ならびに世界各地における同様の解析結果を踏まえ、1998年世界保健機関は糖尿病の診断基準の空腹時血糖カットオフ値として126mg/dLを採用しましたが、状況の許す限りOGTTを行うよう推奨し、IFGとIGTを一括して"Impaired Glucose Regulation"と定めました。さらに日常臨床においては、後日血糖測定を繰り返し、糖尿病の診断を確認するよう推奨しました。
 


 IT(Information Technology)という言葉をはじめて聞いてからまだ2年も経たないのに、世の中の多くの事がもはやITなくしては語れないようです。糖尿病診療においてもまもなくIT革命の波が押し寄せてくるのは間違いありません。

変化しつつある糖尿病診療
 過去を振り返ってみますと、糖尿病診療は10年程前から大きく変化してきています。
 まず、インスリン分泌・抵抗性、肥満といった糖尿病臨床に密着した基礎的な発見が次々となされ、糖尿病に対する理解が深まりました。
 また、多様な糖尿病治療薬が登場し、診療の幅が広がりました。とりわけ糖尿病診療に影響を与えたのは、Evidence-Based Medicine(EBM)、日本語に訳せば「根拠に基づく医療」の概念が導入されたことです。高名な専門家が勧める治療法よりも、文献的に優れていることが証明された治療法を実践すべき、という考え方が常識になりつつあります。そして、DCCTやUKPDSをはじめとした糖尿病の大規模臨床試験のデータが次々と発表され、どの治療法が優れているかが明確になってきています。
 さらに、多数の文献を整理してまとめた「EBMに基づくガイドライン」も作成されつつあります。

EBMの限界
 しかし、大規模臨床試験を中心としたEBMにも限界があります。これらの試験には莫大な費用と多数の協力者が必要です。そして、結果が出るまで最低数年はかかるので、それまでは根拠が乏しい状況が続きます。
 例えば、新薬については臨床試験(治験)以外には根拠となるデータはほとんどないので、EBMに基づいた治療を目指すと、どんな優れた新薬でも使いづらいことになります。また、体格や遺伝的背景の異なる外国のデータを日本人にそのまま適用するのは大いに疑問です。このような限界を乗り越えるにはどうしたらよいのでしょうか。

糖尿病診療情報のデータベース化
 私は、IT技術を用いたデータの集積と解析が有力な方法であると思います。
 病歴、家族歴、検査、処方、合併症、教育、食事・運動療法などの診療情報が、カルテという「紙」の形で保存されているうちは解析が困難ですが、コンピュータ化されてデータベース(いわゆる電子カルテ)の形で保存されれば、処理が非常に容易になります。特に「データマイニング」という方法を用いれば、コンピュータ自身が自動的にデータを解析して、糖尿病を引き起こす新しい因子を発見したり、より優れた治療方法を見つけ出したりする可能性があります。
 個人情報の保護とデータのセキュリティーについては最大限の注意を払わなければなりませんが、頻度が高く、成因・治療・予後を規定する因子が複雑な糖尿病は、おそらくデータベース化のメリットが最も大きい疾患でしょう。特に東京女子医大糖尿病センターは世界でも最大の規模を有しているので、診療情報のデータベース化は非常に有意義なことと思います。

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