DIABETES NEWS No.67
    No.67
     2001 
     AUTUMN 
 

 猛暑の中の7月22日(日)、東京女子医大糖尿病センターヤングセミナーが開かれました。21世紀の糖尿病治療の主役となる可能性が大きい再生医療と移植医療がテーマでしたが、1型糖尿病のヤングを中心に、家族・友人、コメディカルの人達で会場は満員となりました。

ドナー不足の解消をめざす再生医療
 まず梶本佳孝先生(大阪大学病態情報内科)が「インスリン産生細胞の再生医療」と題する講演を行いました。膵β細胞の発生・分化の過程と分化に関与するさまざまな転写因子(PDX-1など)の話しに始まり、分化転換による体細胞の膵β細胞化、胚性幹細胞(ES細胞)からグルコース応答性を有するインスリン分泌細胞への分化など、世界の最先端の研究成果を詳しく且つわかりやすく解説してくださいました。
 講演の後、1型糖尿病の遺伝子治療、再生医療による治療がいつ頃実現するか?など多くの人が関心をもつ重要な質問が寄せられました。

膵移植の実際の成果
 次に東京女子医大寺岡慧教授(腎臓病総合医療センター)より、「糖尿病と膵移植」と題する講演が行われました。移植とは何か、膵移植の種類、膵移植の実際、移植後の合併症と免疫抑制療法の進歩、わが国の膵移植の成績などが詳しく解説されました。その中で、最近女子医大で脳死ドナーからの膵腎同時移植を受け、透析とインスリン治療から完全に離脱できた患者さんの経過が紹介されました。最後に、わが国における膵臓移植のシステム、登録の仕方、レシピエントの選択の手順、費用などについても詳しく解説いただきました。

1型糖尿病の遺伝子治療
 7月24日には、1型糖尿病の成因研究で世界的に有名なYoon教授(カナダ、カルガリー大学)をお迎えして「Cause, prevention, and cure of autoimmune type 1 diabetes」と題する講演をお聞きしました。肝細胞にmodified insulinの遺伝子を導入して、1型糖尿病を発症したNODマウスの血糖を完全正常化した実験成績をうかがい、1型糖尿病の遺伝子治療の夢が近い将来現実のものになるにちがいないと強い感銘を受けました。
 


ようやく発売のメドが
立ちました
 これまでもこのDiabetes Newsで何回もトピックスで取り上げました超速効型インスリンが、ついに日本で発売の方向になりました。近々に2種類の超速効型インスリンが相前後して発売になります。
 当センターの患者さんにお願いして超速効型インスリンの臨床試験を開始したのは、約6年前の1995年7月でした。後期第II相試験で24名、第III相試験で延べ100名の方々にご協力いただくことができました。実際の生活に適した超速効型インスリンが、多くの患者さんのご協力を得てやっと発売に漕ぎ着けました。

現状のインスリン製剤の限界
 インスリン製剤の開発の歴史をひも解きますと、ヒトインスリン製剤の開発と発売、インスリン注入器の開発、使い捨ての注入器の開発と、それはすばらしいものでした。しかし、現状のインスリン製剤がベストであったわけではありません。
 第1に、食後血糖をできるだけ正常域におさめるために速効型インスリンを食前30分前くらいに注射しなければならないこと、第2に、食後3時間ごろに血糖値が予想以上に低くなることでした。これはインスリン注射歴が長い患者さんほどおこりやすいものでした。だからといってたとえば食前1時間前に注射するというのはとても実際の生活に適したものとはいえません。
 第3に月間および年間の血糖コントロールをできるだけ正常化しようとしますと、低血糖の可能性がどうしても大きくなることです。もちろんHbA1C6% 以下を保持できる患者さんがみな低血糖をおこす可能性が大きくなるのではありません。しかし、だれでも低血糖頻度を上昇させずにあるいは低血糖へのおそれを増加させずに血糖コントロールの正常化ができるようになるには、現状のインスリン製剤だけでは限界がありました。

超速効型インスリン製剤が果たす役割
 1)食事直前に注射しても、できれば食直後に注射してもすぐ血糖を下げる効果を発揮し、2)次の食前近くでは低血糖をおこさず、3)食事は自分の好きな時間にとりたい、というインスリン製剤がほんとうに望まれていたわけです。
 超速効型インスリンのひとつであるリスプロインスリンは、欧米ではすでに市販され、6年以上にわたって使用されています。今のところ、特別の副作用は報告されていません。低血糖の頻度がかえって増加するのではないかと危惧されたのですが、食直前リスプロインスリン注射の方が速効型インスリンより低血糖の頻度がかえって低下していることが報告されています。リスプロインスリンが1型糖尿病の患者さんに良好な影響を与えたことは、カナダ、フランス、ドイツで行ったアンケートで、高い満足度が得られたことから明らかにされました。
 食後の高血糖をなくして食直前の低血糖もなくする正常に限りなく近い血糖値を、超速効型インスリンを使用することで、手にすることができるようになりました。
 


 インスリン分泌が全くない1型糖尿病に対しては、現在強化インスリン療法が標準的な治療法となっています。強化インスリン療法によっても、必ずしも腎症や網膜症などの細小血管障害を予防しえないことも明らかになり、また低血糖の頻度が増加することから、強化インスリン療法にも限界があります。

欧米における膵移植の現状
 現在、完全な血糖制御を達成しうる方法として、インスリンを分泌する細胞だけを移植する膵島移植と、膵を臓器全体として移植する膵移植があります。
 膵島移植は、最近になって長期成功例が報告されるようになりましたが、いまだ実際的治療の域を脱していないのが現状です。一方臓器移植としての膵移植は、これまでに欧米を中心として約15,000例が行われています。最近では臓器保存法、手術手技、さらには免疫抑制剤などの進歩に伴って、膵移植の成績は著しく向上しています。

わが国における膵移植の現状と
「臓器移植法」施行後の展開
 わが国では、1984年に筑波大学で第1例目の膵移植(脳死ドナーからの膵腎同時移植)が行われました。1990年以降は心停止ドナーからの膵移植が当施設を中心に相次ぎ、1994年までに計15例の膵移植が行われました。その後脳死移植に関する諸問題から、しばらく膵移植は見送られてきましたが、1997年10月16日「臓器の移植に関する法律」が施行されたことにより、脳死ドナーからの心臓、肝臓、肺、腎臓、小腸などの移植とともに、膵移植も法律上可能になりました。その後、移植関連学会合同委員会膵移植作業班(金澤康徳座長)においてレシピエント適応基準、膵移植実施施設基準が作成され、これに基づいて、東京女子医科大学を含む全国の13施設が承認されました。さらに全国の各ブロックにおいて、地域適応検討委員会が組織され、一方日本臓器移植ネットワークでは、膵移植希望者の登録が開始され、わが国における脳死ドナーからの膵移植の体制が整いました。そして昨年4月、臓器移植法施行後初めての脳死ドナーからの膵腎同時移植が大阪大学で行われ、成功しました。さらに本年1月、大阪大学と当施設での脳死ドナーからの膵腎同時移植へと続いています。

当施設で行われた脳死ドナーからの膵腎同時移植
 上に述べたように、臓器移植法施行後第3例目の膵移植は当施設で行われました。東京女子医科大学では、1994年までに計11例の心停止膵移植を行っており、膵移植としては12例目となります。脳死となった50歳代の女性から腎臓と膵臓が提供され、30歳代の男性に膵腎同時移植が行われました。この男性は、糖尿病性腎症による腎不全のため血液透析を行っていましたが、腎臓と膵臓の移植を受けたことにより、透析とインスリン治療の両方から解放されました。
 このようにわが国でも、脳死膵移植が現実として行われるようになりました。まだまだ移植に関する問題は残されていますが、今後の増加を期待したいと思います。

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