糖尿病も他の多くの疾患と同様、早期発見・早期治療が重要であることはいうまでもありません。糖尿病センターでは、近隣の健診センターのご協力のもとに、健診で「要医療」と判定された比較的軽症の糖尿病患者さんをご紹介いただき、初期治療とフォローアップを行っています。ほとんどの患者さんは、2~3か月に1回来院され、良好なコントロールを維持しています。一方、毎年健診を受け、「要医療」と判定されても、すぐには受診せず、いよいよ高血糖の症状や合併症の症状が現れてから受診される人は少なくありません。
糖尿病は生活習慣に深く関わって発症する疾患であり、それまでの生活習慣が是正できるか否かが大きなポイントです。糖尿病は、食欲との闘いを強いられる厄介な病気です。患者さんの中には「水を飲んでも太ってしまう」と訴える人がいらっしゃいますが、おそらく切実な実感なのだと思います。
先日、京都で開催された第44回日本糖尿病学会総会で、有名な評論家の特別講演を聴きました。タイトルは「すれすれ患者の生活習慣」で、超多忙な演者の生活習慣を興味深く拝聴しました。その中で、生活習慣の是正、食事療法の重要性を説く主治医の指導に対し、「わかっちゃいるけど......(やめられない、守れない?)」との心情を述べられました。患者さんの個別の事情を十分に考慮した上で指導を行うべきであるとの発言であったように思います。
私は医師会の先生方や糖尿病の療養指導に関心を持つコメディカルスタッフの方々に「糖尿病の治療」についてお話させていただく時、いつも最後には若年発症2型糖尿病の増加に対する大きな危惧を述べています。糖尿病センターには若くして重い合併症と闘っている患者さんが常に入院しているのをみているからです。
いよいよ誕生する日本糖尿病療養指導士の人達には、合併症に苦しむ患者さんを1人でも減らせるよう、きめ細かい療養指導に大きな力を発揮していただくことを期待しています。
多くの患者さんが通院してくださいます糖尿病センターには、紹介されて来院しても遠方ゆえ定期的には通院できないとか、急ぎの用事がたびたび入るために通院継続が困難な方が多くいらっしゃいます。このような患者さんに適切な治療方針のもとに長く治療を継続していただくために、当センターは地域の実地医家の先生方や糖尿病診療に積極的に取り組んでおられる先生方とともに、当院地域連携室の多大なバックアップのもと、「糖尿病センターとの医療連携の会」を設立し、平成10年6月20日に第1回講演会を開催いたしました(経緯の詳細はDiabetes News 54号に記載)。
これまでの特別講演テーマと演者
第1回 | 平成10年6月20日
糖尿病の新しい薬物療法 |
岩本安彦 |
第2回 | 平成10年10月15日
糖尿病診療における医療連携の重要性 |
松浦靖彦先生 |
第3回 | 平成11年3月20日
糖尿病における医療連携について |
平田幸正先生 |
第4回 | 平成11年7月8日
海外における病診連携の現状 |
平尾紘一先生 |
第5回 | 平成11年11月11日
インスリン分泌予備能の見方 |
門脇 孝先生 |
第6回 | 平成12年3月16日
西東京糖尿病ネットワークの現状 |
伊藤眞一先生 貴田岡正史先生 |
第7回 | 平成12年7月19日
保険診療と糖尿病関連検査査 |
渥美義仁先生 |
第8回 | 平成12年11月15日
新しい経口血糖降下薬の使い方 |
岩本安彦 |
第9回 | 平成13年3月14日
糖尿病における虚血性心疾患の考え方 と治療の最前線 |
川名正敏先生 |
以来3年間、順調に回を重ね、来る7月12日には第10回を開催することとなりました。ひとえに当センターをご支援してくださいます地域の先生方のお陰であり、東京糖尿病臨床医会の先生方に、感謝申し上げます。
この間、延496名の先生方にご出席いただきました。当センター医局員も出席の先生方と顔なじみになり、患者さんをいわゆる"逆紹介"する際に、たいへんスムーズとなりました。
今後とも本会をよろしくお願い申し上げます。
第10回は、別掲のように7月12日午後6時半から京王プラザホテルにて特別講演2題を予定しております。
4月16日からの3日間、第44回日本糖尿病学会年次学術集会が国立京都国際会館にて開催されました。今年は口演採択数が多く、またシンポジウムやセミナー、講演と名のつくものだけで100近くあり、それらが16の会場で同時進行されるという、良くも悪くもマンモス学会でした。学会に参加して印象に残ったことを述べます。
本年2月にヒトゲノムの概要が公表されて、世界的に2型糖尿病をはじめとしたいわゆる生活習慣病の発症に関わる遺伝素因解明に向けた研究の機運が高まっています。今回の学会においても最終日に文部科学省と共催で「糖尿病研究の最前線―遺伝素因の解明を目指して―」と銘打った公開シンポジウムが国内外の著名な研究者を招いて開かれました。2型糖尿病原因遺伝子としてメキシコ系アメリカ人ではじめて同定されたカルパイン10に関する最新の研究成果や、日本人特有の疾患感受性遺伝子としてのアミリン遺伝子の関与、日本人を含む複数の人種における全ゲノム解析の結果など、興味深い報告がなされました。
一般演題においても候補遺伝子の変異や多型と糖尿病発症との関連を調べた多くの報告がなされ、その解析手法が単純明快なこともあり、この種の研究が一般病院を含めて急速に広がりつつあることを実感しました。ただ、一般的な2型糖尿病の発症予知などに有用性が確立された遺伝子変異や多型はいまだなく、このような研究の成果(情報)が不完全な形で遺伝子診断ビジネスなどに悪用されないよう監視することも今後は研究者が負うべき大事な責務となると感じました。
糖尿病の発症・増悪に、体重(脂肪)の増加や、高FFA血症と高TG血症を中心とした脂質代謝の異常が関与することは知られていますが、糖尿病と「脂(あぶら)」とを繋ぐ糸はますます太く・強固になりつつあります。本学会においても、脂肪細胞から分泌されるさまざまな物質や、その分化・増殖にかかわる転写因子群、さらには脂質代謝一般に広く関与する転写因子群が、インスリン標的臓器(骨格筋や肝臓、膵β細胞、そして脂肪細胞自身)に働きインスリン抵抗性や分泌不全を引き起こす可能性があることが次々と報告されました。2型糖尿病と合併症(とくに大血管症)の成因を考える上で、糖・インスリンを中心とした古典的な考え方だけでは限界があり、チアゾリジン誘導体の例にもみられるように、脂肪細胞や脂質代謝を標的(中心)とした考え方が今後ますます重要となるでしょう。また、糖尿病と合併症を考える上でのもう一つのキーワード「インスリン抵抗性」に焦点を当てたシンポジウムでは、臓器間のみならず単一細胞内でも各々のインスリン作用に対する感受性に不均一性があることが示され、「インスリン抵抗性」を理解する上でインスリンによる細胞内情報伝達機構の地道な解明が必要であると感じました。
なお、期間中は好天にも恵まれて、遅咲きの八重桜に彩られた春の京都を満喫された参加者も多かったことと思います。