糖尿病センターには年間約2,700人の新患患者さんが受診されます。年齢分布、罹病期間、高血糖の程度、合併症の有無 ・重症度などは幅広く多様ですから、初期治療や教育はもとより、様々な合併症に苦しむ患者さんに対応できるように専門外来などの体制を整えています。大多数は2型糖尿病ですが、稀れに手術で完治しうる二次性糖尿病の患者さんがおり、見逃さないよう細心の注意を払う必要があります。
◆ | 最近経験した内分泌疾患による糖尿病の2人の患者さん |
Aさんは初回妊娠中に糖尿病が顕在化しましたが十分な治療が行われぬまま妊娠中毒症が悪化しました。切迫仮死という状態で緊急に帝王切開術を受け、赤ちゃんは無事でしたが、Aさんは術後、ケトアシドーシスに陥りました。産院から内科の病院に移り、インスリン治療と輸液によって回復後、1日4回注射法を習得して退院しました。しかし、その後も体調がすぐれぬため当センターを受診しました。初診時、満月様顔貌、高血圧、紫色の皮膚線条などがみられ、一般検査で低K血症も認められました。直ちに入院精査の結果、副腎腺腫によるクッシング症候群と診断され、内分泌外科にて腫瘍の腹腔鏡下での摘出手術を行いました。術後、インスリン注射が不要になったばかりでなく、術後のブドウ糖負荷試験ではほとんど正常型にまで改善しました。
Bさんは10代の若い女性。著しい高血糖とケトーシスを示す一方、内因性インスリン分泌(血中Cペプチド)は保たれており、病型鑑別のため当センターに紹介されました。回診の際、若い女性にしては手指が太く、わずかに末端肥大症を疑わせる顔貌がみられました。直ちに頭部のX線をとりましたところトルコ鞍の拡大が明らかで、成長ホルモンは著しい高値(128ng/mL)を示していました。この患者さんも脳外科での腺腫摘出術により、成長ホルモンは正常化し、インスリン(1日4回法)注射も不要になり、糖尿病は完治しました。
そのほか、血糖コントロールが急に悪化した高齢の糖尿病患者さんに膵癌が発見される場合が少なくありません。患者さんが示す僅かなサインも見逃さないよう私達は心がけています。
摂食は動物が生命を維持するために行う最も重要な行動のひとつです。その中枢性制御の場として、視床下部や扁桃体などの辺縁系が重要な役目を果たしています。近年の分子生物学、分子遺伝学的手法を用いた研究により、新しい摂食調節物質の発見と、その調節機構の解明が進んでいます。現在知られている摂食促進物質と摂食抑制物質の主なものを表に示しました。このうちレプチンとオレキシンについて簡単に紹介します。
表 摂食に影響を与える主な物質 |
摂食促進物質 | 摂食抑制物質 |
遊離脂肪酸
ノルエピネフリン
インスリン
ニューロペプタイドY
β-エンドルフィン
オレキシン
|
グルコース
セロトニン
コレチストキニン
ボンベシン
成長ホルモン放出因子
レプチン |
|
|
肥満遺伝子産物レプチンは、ギリシャ語の「痩せ」を意味するleptosから名づけられました。視床下部の腹内側核(VMH)や室旁核(PVN)ニューロン群を興奮させ、一方外側野(LHA)、弓状核(ACN)のニューロン活動を抑制することにより摂食抑制作用を有しています。しかし人の肥満では血中レプチン値が非常に高値であり、これが視床下部に対して食欲抑制効果を発揮していないという矛盾があります。これはレプチン抵抗性といわれますが、その本態はまだわかりません。
オレキシンは1998年テキサス大学の柳沢正史博士らのグループにより発見された新しいペプチドホルモンです。ギリシャ語の食欲を意味するorexisからオレキシンと命名されました。動物実験で摂食中枢である視床下部外側野の神経細胞体に局在していること、ラットの脳室内に投与すると著明な摂食亢進がみられることから、強力な摂食促進物質と考えられます。現在ヒト・オレキシンおよびその受容体の構造が明らかとなりましたが、人における生理作用についてはまだ未知です。肥満者ではこの物質が過剰に存在するのか否か、興味がもたれます。。
最近肥満における遺伝子解析が急速に進み、摂食調節系に関連した物質の単一遺伝子異常による肥満症が、相次いで報告されました。レプチン、レプチン受容体、メラノコルチン4型受容体(MC4-R)、プロオピオメラノコルチン(POMC)などの遺伝子異常による肥満症例です。またProhormone convertase 1(PC-1)と、ペルオキシソーム増殖剤応答性受容性γ2(PPAR-γ2)の遺伝子異常による肥満例では、同時に糖尿病を合併していたと報告されています。しかしながら、以上のような単一遺伝子異常に基づく肥満症は決して多いものではありません。肥満の大多数は複数の肥満関連遺伝子の上に、生活習慣の不良など環境因子が大きく影響して発症するものと思われます。
肥満は2型糖尿病の発症や進展に密接に関係していますので、摂食調節物質の今後の研究と、治療への応用が期待されます。
糖尿病患者さんに浮腫が生じる場合最初に考えられることは、心不全、肝疾患、腎疾患等です。糖尿病性腎症の鑑別診断には蛋白尿、血清総蛋白、クレアチニン、尿素窒素等の検査が参考となります。これらの疾病が考えにくい場合、以下の鑑別診断が必要です。婦人の場合生理と更年期障害に関する問診は避けられません。月間の浮腫の変化、他の循環器症状やピルの内服の有無も重要です。深部静脈血栓症や肺梗塞が原因のこともあります。
一般に糖尿病患者さんに下肢浮腫が存在する場合多くみられるのが静脈疾患です。まず、立位での下肢静脈怒張、色素沈着を観察します。静脈怒張は長時間の立位作業や腹圧のかかる力仕事をしている患者さんに多く、浮腫も生じやすくなります。弾性包帯や弾性ストッキングの使用が治療及び予防に有効です。近年航空機内での「エコノミークラス症候群」が問題となっています。糖尿病患者さんでは下肢浮腫が生じやすく、足の運動が特に必要です。
下肢の静脈還流障害による浮腫には、婦人の骨盤内疾患に対する手術や放射線治療の有無も関係します。入院中長期の大腿静脈よりのIVH管理で血栓症をおこし下肢の浮腫を来すことがあります。脳血管障害で片麻痺が生じた糖尿病患者さんは臥位で浮腫が消失し、座位や立位で浮腫が顕著になります。この場合検査で浮腫を起こす他の原因がないことの確認が必要です。
糖尿病性神経障害だけでも浮腫が好発します。交感神経障害が生じると下肢皮膚の動脈吻合部の調節障害がおき、静脈還流量が増加し、皮膚温の上昇、静脈の怒張がみられ浮腫を生じます。このような足は自覚的に「ほてる」との訴えが多いので問診が大切です。
インスリンは細胞内ナトリウム濃度を上昇させ、血圧上昇をきたし、尿細管よりのナトリウム再吸収を増加させます。長期血糖コントロール不良状態でインスリン注射開始後にみられる浮腫は、血中膠質浸透圧の変化によるものです。
インスリン抵抗性改善剤の使用は下肢の浮腫のみならず、ときには心不全をきたします。循環血漿量の増加により浮腫が生じるといわれ、循環器疾患の既往歴の有無に注意が必要です。
足部の限局性の浮腫では、熱感、圧痛、関節稼動時の痛みの増減をみます。関節炎、骨折の合併がよくあります。糖尿病性足関節症(シャルコー関節)との鑑別は重要です。
以上のことがない場合自然に改善がみられることが多く、食事による塩分過剰摂取が主たる誘因となっているようです。