DIABETES NEWS No.62
今年は東京女子医大創立100周年の記念すべき年であります。東京女子医大は、明治33年(1900)に吉岡弥生先生が夫荒太先生の全面的な理解と協力を得て創立された東京女医学校を前身として、私立東京女医学校(明治37年、1904)、東京女子医学専門学校(明治45年、1912)、東京女子医科大学(昭和25年、1950)と発展してきました。
明治33年12月5日の創立の日、麹町区飯田町の「至誠医院」の奥の6畳1室の教室に集まった女子学生はわずか4人だけであったと、「東京女子医科大学小史――六十五年の歩み――」(昭和41年刊)にしるされています。
以来100年、東京女子医科大学は医学部と看護学部から成る総合大学へと発展し、本院は病床数1,415床、1日外来患者数4,300人を数える、わが国で有数の大学病院になりました。
本年12月5日の創立記念日には「創立100周年記念式典」が挙行されます。また、女子医大とほぼ同時期に創立された津田塾大(明治33年、女子英学塾)と日本女子大(明治34年、日本女子大学校)と合わせて、わが国における女子高等教育100年を記念した切手が発行される予定です。
糖尿病センターにとりましても2000年は開設25周年という記念すべき節目の年であります。
昭和50年(1975)7月、平田幸正教授(初代所長)が着任され、糖尿病センターが開設されました。中山光重教授、小坂樹徳教授と続きました糖尿病を中心とした内科学教室の伝統を受け継ぎ、全国医科大学唯一の糖尿病センターとして誕生したのです。以来四半世紀、糖尿病センターは、「糖尿病があっても糖尿病をもたない人と同じ人生が送れるように医療の手をさしのべる」ことをめざして、初代平田所長、2代目大森安恵所長のもと、わが国の糖尿病の臨床において先進的役割を果たしてきました。
糖尿病センターは多くの医師、看護婦、栄養士、薬剤師、臨床検査技師、視能訓練士、医療事務員などから成り、チーム医療による最新の診療をめざして努力しています。
糖尿病網膜症による視力障害の原因の1つに、糖尿病黄斑症があります。黄斑は、眼底のほぼ中央に位置し、視細胞と血管以外に極端に組織が少なく、光を遮るものがない構造になっており、高い視力を得ることができる重要な部位にあたります。この黄斑に糖尿病網膜症の病変が及ぶものを糖尿病黄斑症といい、糖尿病の眼合併症のなかでも時として治療に抵抗する厄介な病態とされています。
3月3日から5日まで、札幌で行われた第6回日本糖尿病眼学会では、「糖尿病黄斑症」と題してシンポジウムが企画され、糖尿病黄斑症の病理、病態、機能、さらに治療法について発表されました。そのなかで、糖尿病黄斑症は、最新の解析装置を用いることにより早期の診断が可能で、かつ黄斑の機能を的確に評価できるようになったことと、これをもとに病態に則したレーザー光凝固や硝子体手術を行えば、かなり良好な治療成績をあげることができることが示されました。
このようなレーザー光凝固や硝子体手術などの眼科的治療の進歩は、糖尿病黄斑症のみならず重症糖尿病網膜症患者の治療成績においても、以前と比較するとかなりの改善をもたらしつつあります。血糖コントロールを中心とした内科的治療が重要であることは言うまでもありませんが、近未来的には、これら糖尿病網膜症の治療に加えて、糖尿病網膜症の発症、進展を防ぐ薬剤が開発されれば、糖尿病網膜症による失明をかなりの率で阻止出来るものと思われます。しかし、残念ながらいまだ糖尿病網膜症に有効であると認可された薬剤はなく、その発症と進展の機序に関しても不明な点が少なくありませんでした。
ここ数年、分子生物学などの進歩に伴って、糖尿病網膜症の基礎研究の分野でも著しい進歩がみられます。その研究成果の一部が、4月6日から8日まで京都で開催された第104回日本眼科学会総会において、「糖尿病網膜症発症機序研究の最先端」と題して発表されました。この発表では、糖尿病網膜症などの糖尿病血管合併症は、高血糖の持続によりポリオール代謝の異常、非酵素的グリケーション反応、酸化ストレス亢進、プロテインキナーゼC活性の異常などが生じ、これらがお互い複雑に絡み合って引き起こされることと、眼局所においては、糖尿病による網膜血管血流異常や網膜のサイトカインの異常などが、糖尿病網膜症の発症 ・進展に重要な関わりを持つことが明らかにされました。
これらの研究成果をもとに、糖尿病網膜症に対するいくつかの薬剤が開発され、臨床治験が進められています。この治験の結果が明らかになるのはもう少し先の話になりそうですが、基礎研究の発展により近い将来糖尿病網膜症に対する薬剤が登場することが期待されています。
診療は、最新の医学知識に照らして最も妥当であると認められた方法で行うべきです。しかし医学は広範囲にわたっており、自分の専門分野ですら最新情報をフォローするのは大変なことです。そこで、実地医家の先生方のためのガイドラインが必要になってきます。従来のガイドラインのほとんどは、その分野の専門家が協議を重ねてそのコンセンサスに基づいて作成されたものであり、日本糖尿病学会編の「糖尿病治療ガイド」もその例外ではありません。
これに対して、近年、科学的根拠に基づいた医療(Evidence-based Medicine:EBM)の重要性が叫ばれています。それぞれの診療行為とそれを支えるガイドラインにはしっかりした文献的な根拠があるべきであり、専門家の経験的な根拠だけに基づいたものは必ずしも正しくない、という考え方です。糖尿病分野ではカナダのガイドライン(1998年)のみがEBMに基づいたものでした。
厚生省の主導のもとに日本でもいくつかの疾患でガイドラインを作成することになり、糖尿病についても「科学的根拠(evidence)に基づく糖尿病診療ガイドラインの策定に関する研究」班(主任研究者:赤沼安夫先生)が昨年発足しました。そして、数回の班会議での討論を経てこのほど中間報告が発表されました。
具体的な作業方法は、まず糖尿病診療を食事療法 ・運動療法 ・薬物療法など10のサブテーマに分け、それぞれの最近の文献を網羅的に集めました。我々が担当した経口糖尿病薬療法の分野では300以上の文献数となりました。そして、各文献のevidence水準を評価の高いレベル1+からもっとも低い6までの9段階に分けて評価しました。そしてサブテーマごとに重要と思われる文献を10―30編選び、中心的な結論をステートメントとし、それに対する解説を付記する形式でまとめられました。ステートメントも根拠の強さにしたがってグレードAからグレードDに分類されました。
中間報告のステートメント全体を眺めると、基本的な治療法であるはずの食事療法や運動療法は根拠となる文献が乏しいことがわかりました。また、evidence水準の高い論文は UKPDSやDCCTなど少数の論文にすぎず、多くのステートメントはこれらの研究を根拠にして述べられています。残念ながら日本の文献はまだまだ少ないのが現状です。
今回の中間報告は糖尿病のすべての領域をカバーしているわけではなく、「糖尿病治療ガイド」に比べて簡素な内容です。しかし、我々が行っているひとつひとつの診療行為にどの程度の文献的根拠があるのか、今後どのようなevidenceが必要なのかがよくわかるものとなっています。
このページの先頭へ