DIABETES NEWS No.61
    No.61
     2000 
     SPRING 
 

「ミス・アメリカ
 までの道のり」
 1999年12月19日、女子医大臨床講堂は、糖尿病センターの小児・ヤング外来に通院中の1型糖尿病の患者さんを中心に、ご家族や友人、コメディカルスタッフや医師の熱気に溢れていました。1999年度ミス・アメリカのニコールジョンソンさんを迎えて「ミス・アメリカまでの道のり」と題する講演会が開かれたのです。

ニコールさんの糖尿病セミナー
 ニコールさんの講演会は、ビデオ上映に続き、スピーチ、Q&Aと続きました。ビデオでは、19歳の時に風邪の症状をきっかけに急激に発病し、1型糖尿病と診断された時のショック、重症低血糖と闘いながら、不屈の精神で自らの目標に向けて頑張り、2度めの挑戦でミス・ヴァージニアから見事ミス・アメリカの栄冠に輝くまでの道のりが写し出され、会場を埋めた聴衆に大きな感銘を与えました。
 スピーチでは、食事や運動で日頃心掛けていること、インスリン持続皮下注入療法(CSII)を実践しながら、良いコントロールを保っていることなど、ご自身の体験を語ってくださいました。Q&Aでは、アメリカの糖尿病医療の状況、患者さんをめぐる問題点から恋愛観まで幅広い質問に対して、長旅の疲れにもかかわらず、終始笑顔を絶やさず、答えていただき、熱いメッセージをくださいました。

頑張りに盛大な拍手
 1型糖尿病を克服し、自らの高い目標に向けて日々努力し、夢を実現させたニコールさんの頑張りに、会場となった第1臨床講堂を埋めたすべての人達、会場に入り切れず、第2臨床講堂でビデオ中継で聴いていただいた多くの人達は、惜しみない拍手を送りました。講演終了後、花束贈呈、参加者全員との記念撮影と予定時間を超過してしまいましたが、参加者とくに患者さん達には素晴しい「糖尿病教室」の半日となりました。
 


臨床試験中の新しいインスリン製剤
 現在超速効型と超持続型インスリン製剤の臨床試験が行われています。超速効型インスリンは先進国では広く使用されていますが、日本は今厚生省へ申請中のものと現在臨床試験中のものがあり、先進国の中では少しおくれている状態です。試験が終了し厚生省に申請して約1.5年後許可されますと、医療機関で自由に使用できるようになります。

超速効型インスリンのメリット
 現在使用されている速効型製剤(ヒューマリンR、ノボリンR、ノボレットR、ペンフィルRなど)の最大のデメリットは、食事30分前に皮下注射しなければならないこと、注射してもインスリン作用の立ち上がりに個人差や日によるバラツキがみられ、またインスリン作用がすこし長く続く時は次の食事前に低血糖になることがあることです。
 これはインスリンが6分子が一つになった6量体を形成しているからです。6量体が皮下の組織の中で広がり希釈されて2量体、単量体となってから血液中に吸収されるために、インスリン作用が発揮するまでに約30分かかり、ときにはもっと長くかかり、上記のデメリットが生じてきます。超速効型インスリンははじめから単量体として存在するためにこのデメリットが解消されたインスリンといえましょう。

超速効型インスリンの種類
 イーライリリー(株)のリスプロインスリン(ヒューマログ(R))と、ノボノルデイスクファーマ(株)のX-14インスリン(インスリンアスパート(R))があります。ヒューマログ(R)はB鎖28位と29位のアミノ酸を相互に置換したインスリンで、ノボアスパート(R)はB鎖29位のプロリンをアスパラギン酸に置換したインスリンです。当センターでも臨床試験を行っていますが、なかなか評判がよいようです。

超持続型インスリン製剤のメリット
 基礎補充療法の基礎インスリン製剤として、現在持続型(ヒューマリンU、ノボリンU)、中間型(ヒューマリンN、ノボリンN、ノボレットN、ペンフィルNなど)を使用していますが、中間型を睡眠前に注射すると夜間2時から3時ごろに低血糖をおこしたり、持続型は懸濁度が強いためにインスリン作用のバラツキが大きく、安定したインスリン製剤としては今一歩でした。ピークがなくフラットに24時間作用する超持続型製剤が開発され、現在臨床試験中です。

21世紀へ向けて開発中のインスリン
 粉末の速効型インスリンをエアゾルにして肺から吸収させる製剤や液状速効型インスリンをエアゾル噴霧器で口腔内に投与する製剤が、海外では臨床試験が開始されています。
 21世紀へ向けて、食事直前のインスリン注射を可能にする、注射以外でインスリンを体内に入れる方法など、すばらしい開発がいま世界でなされています。
 


遺伝学者の悪夢
 糖尿病に遺伝が関係ありそうだということは、患者さん御自身がしばしば気付いておられるようです。家族歴をお聞きすると、「うちの家系は糖尿病が多くて、田舎に行けば糖尿病の親戚が大勢います」というふうに答える方もおられます。糖尿病と遺伝の関連を指摘した論文が初めて掲載されたのは1928年(British Medical Journal)でした。このように糖尿病と遺伝というテーマは古くからあるものの、研究自体は遺伝型式が複雑であったためになかなか進展をみないまま70年近くが経過し、その困難さ故に『遺伝学者の悪夢』とも言われていました。

分子生物学の発展
 遺伝子の2重らせん構造が明らかにされ、分子生物学が発展して来ると、原因となる酵素や蛋白の異常が明らかであった疾患の原因遺伝子が相次いで発見されました。さらに、原因となる蛋白が不明であっても遺伝型式が明らかな疾患については、1980年代に遺伝子マーカーが実用化され、分子遺伝学の隆盛とコンピュータの計算能力の飛躍的な向上により原因遺伝子を同定し、引き続き原因となる蛋白の異常までを解明することが可能となりました。ただし、糖尿病の場合、先程も述べましたように遺伝型式が複雑で、しかも原因となる蛋白も不明であったため、ブレイクスルーは1991年まで待たねばなりませんでした。

糖尿病の原因遺伝子/遺伝子座位の発見
 糖尿病の遺伝型式は一般には単純ではありませんが、一部には優性遺伝を示す糖尿病家系が存在することを1964年にFajansというミシガン大学の医師が提唱しました。この家系の方々の協力を得て、1991年には連鎖解析により第2番染色体長腕上に糖尿病の原因となる遺伝子が存在することが明らかにされました。1996年にはこれがhepatocyte nuclear factor(HNF)-4α/MODY1というそれまで糖尿病との関連が全く知られていなかった遺伝子であることが見いだされたことで糖尿病研究に新境地が開かれ、糖尿病の新分類にも反映されました。一方で一般の、2型糖尿病に関しては、罹患同胞対法により、メキシコ系アメリカ人の2型糖尿病の遺伝素因の約30% を説明しうるNIDDM1という遺伝子の存在が示されました。しかし、糖尿病の成因には人種差が存在するため、糖尿病センターでは日本人の糖尿病の遺伝素因の解明に力を注いでいます。

今後の展望
 このような研究の意義として、糖尿病のメカニズムをより深く理解することにより新たな治療方法を見い出すこと、かかり易い体質を明らかにし、糖尿病の予防に活かすことなどが挙げられますが、これらは患者さんの御理解と御協力なくしては成り立たないものです。当センターでは患者さんに正しく御理解を頂いた上で遺伝因子を解明するための研究を行い、その成果を将来的に糖尿病の予知・予防・治療などに繋げて行きたいと考えております。

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