DIABETES NEWS No.59
これらの数字は1998年の1年間に新たに透析療法を開始した糖尿病性腎症の患者さんの総数と全透析導入患者数に対する比率です。本年6月に開かれた日本透析医学会で発表された「わが国の慢性透析療法の現況」と題するレポートによれば、遂に糖尿病性腎症が慢性糸球体腎炎を人数で 223人、比率では 0.7%上回り、新規透析導入患者原疾患の第1位になってしまいました。「近い将来には」と予想されていたことではありますが、予想を上回るぺ一スです。背景には糖尿病患者数の著しい増加があることは間違いありません。
東京女子医大糖尿病センターを受診した 30歳未満発見または発症の糖尿病患者さんの病型をみますと、1型と2型の発症人数が1:1になるのは15歳位で、それ以上の年齢では徐々に2型の比率が高くなります。今年の米国糖尿病学会の会長講演でも若年発症2型糖尿病患者数の増加に対し、繰り返し危惧の念が表明されていましたが、日本においても「生活スタイルの欧米化」に基づく2型糖尿病発症の低年齢化は大きな問題です。自覚症状が乏しいだけに、本人および家族の2型糖尿病への取り組み方が遅れ勝ちになり、放置や治療中断につながるものと思われます。
若くして重症の合併症に苦しむ多くの患者さんたちをみるにつけて、「良好なコントロールを長期間にわたって保つ」という糖尿病の治療の目標を実践することがいかに困難であるか痛感させられます。糖尿病に関する正しい知識の普及と啓発は、学校教育を含めて子どもの頃からはじめる必要があると思います。
11月の糖尿病週間に向けて、今年も全国各地で様々な行事が行われます。日本糖尿病財団主催の一般向けキャンペーン活動も東西で予定されています。第4頁に、11月28日に東京で開催される講演会のお知らせを掲載しました(ホームページ上では省略)。多数のご参加を期待しています。
糖尿病における網膜症や腎症などの合併症予防のためには血糖のコントロールが重要であることはこれまでにも示されてきましたが、昨年秋に発表された英国の大規模な臨床研究;United Kingdom Prospective Diabetes Study(UKPDS)は、インスリン注射または経口薬によって厳格に血糖をコントロールすることにより網膜症などの合併症の悪化を明らかに軽減できることを科学的根拠に基づいて証明しました。具体的には強化療法により HbA1Cを通常療法の 7.9%より低い 7.0%に保つと網膜症など細小血管症の進展のリスクが 30%減少しました。また、心筋梗塞や脳梗塞など動脈硬化による合併症の軽減にも血糖や血圧のコントロールが重要であることも明確にされました。
しかしながら、このスタディでは動脈硬化予防にとって血圧とともに重要な血中コレステロールや中性脂肪、HDLコレステロールなどの脂質代謝の検討は行われませんでした。また、強化療法群、通常療法群ともに体重や HbA1Cは年々増加してしまい、英国での糖尿病治療の実状が示されました。これらの問題を受けて、比較的肥満者が少なく、インスリン分泌能の低い日本人2型糖尿病についての大規模な無作為割付け前向き試験の成果が期待されていました。
厚生省の調査研究事業(Japan Diabetes Complications Study,JDCS)では、電話等の通信手段による患者教育を介入手段として生活習慣や治療の改善を計り、合併症の低減化を目指してスタディが進められています。対象は 45歳以上 70歳末満の2型糖尿病患者で、登録時安定型 HbA1Cが 6.5%を超え、網膜症を認めないか、あっても単純網膜症まで、腎症の合併も殆ど認められない(微量アルブミン尿まで)人約2,000人です。合併症として取り上げるものは、網膜症、腎症、神経障害など細小血管症と動脈硬化性血管障害です。
糖尿病の治療の目標としては;HbA1C 6.0%以下、理想体重の維持;BMI 22以下、高脂血症の管理;コレステロール 200mg/dL未満、中性脂肪150mg/dL未満、HDL-コレステロール 40mg/dL以上、血圧の管理;140/85mmHg未満、喫煙については禁煙、アルコール摂取は原則として禁酒(2単位/日以下)、そしてウエストヒップ比は男性 0.9以下、女性 0.8以下等です。
登録症例の無作為割付けを終了し、追跡2年次の中間解析結果が出されました。JDCS センターの5人の保健婦による教育の介入を受けている群においては、HbA1Cは絶対値の上では僅かではありましたが、有意に減少しました(p=0.0006)。これまで虚血性心疾患10人、脳血管疾患13人の報告を受けましたが、血管合併症発症については介入群、非介入群の間で差を認めませんでした。現在のところまだ追跡の期間が短く今後長期にわたって継続するにつれて強化療法の効果が現れてくるものと思われます。
東京女子医大糖尿病センターの患者さんも多数このスタディに参加しておられます。厚生省の研究班班長として深く感謝いたします。
厚生省が昨年7月に発表しました国民医療費の概況によりますと、1昨年と比べ国民1人あたりの国民医療費の増加は 5.8%で、疾患別の増加率をみますと、糖尿病がトップで10.6%でありました。糖尿病医療費の増加は患者数の増加と重症合併症の増加によると考えられます。
糖尿病性合併症の重症化は、患者さんの生活になんらかの制限を加えるので、生活の質の低下がおこってきました。自分のやりたいことを精一杯やって、悔いのない人生を送ろうということが、残念ながら難かしくなってきます。
厚生省は、特に平成の時代に入ってから、医療費の増加をストップさせ、かつ患者の生活の質(QOL)を低下させないための政策を模索しています。我々糖尿病治療にたずさわっている医療従事者も、少しでも患者の QOL の低下を防ぐことと医療費を削減することを考えなければなりません。ところが、推計されている全糖尿病患者さんがみな医療機関を受診されても、糖尿病専門医の数が足りず、十分な療養指導ができないのが現状です。これを解決する一つが糖尿病療養指導士養成であります。
医師以外の糖尿病療養指導スタッフを量的にも質的にも充実させ、合併症を発症させず、患者 QOL の維持と医療費の増加をストップさせる方法として、米国で活躍している糖尿病教育士と似た医師の下に患者指導のできる指導士を養成しようとなったわけです。
平成5年3月に日本糖尿病協会が発案し、日本糖尿病学会に協力を求め、平成9年から学会・協会合同委員会にゆだねられました。北村信一委員長のすばらしい手腕と学会のリーダーシップにより、この制度の完成はあと一歩という段階に来ています。
看護婦(士)さん、栄養士さん、臨床検査技師さん、視能訓練士さん、たくさんのスタッフが、知識と実地をさらに勉強して療養指導士の資格を取得されることになります。糖尿病患者さんや国民医療費にどのようなメリットがもたらされるか,明白なことでしょう。九州地区ではすでにこのような制度が軌道に乗っており、ローカル糖尿病療養指導士の糖尿病治療に及ぼす多大な好影響が明らかとなっています。
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