1995年に糖尿病学会の診断基準検討委員会が発足して以来、討議を重ねてきた新しい診断基準と分類に関する報告が、横浜で開かれました第42回日本糖尿病学会総会の冒頭、葛谷健委員長によって行われました。新しい診断基準は、日本における疫学データに基づき、米国糖尿病学会(ADA)や WHO の新基準との整合性も十分に考慮して定められたものです。
糖尿病はインスリンの作用不足に基づいで漫性の高血糖症が起こる代謝疾患であり、診断のためには慢性高血糖の確認が重要なポイントです。新しい診断基準では、(1) 随時血糖(静脈血漿)値が 200mg/dL以上、(2) 空腹時血糖値が 126mg/dL以上、(3) 75gGTT2時間値が 200mg/dL以上、のいずれかが、別の日に行った検査で2回以上確認された場合、糖尿病と診断します。あるいは、上記 (1) ~(3) のいずれかがあり、典型的な糖尿病症状(口渇、多飲、多尿など)がある、HbA1Cが 6.5%以上、糖尿病性網膜症がみとめられる、のいずれかが加われば1回の検査でも糖尿病と診断できます。
GTT の判定区分は従来通り糖尿病型、境界型、正常型に分けられますが、基準値は少し変わりました。すなわち、正常型は空腹時<110mg/dL かつ GTT2時間値<140mg/dL、糖尿病型は空腹時≧126mg/dL または/および GTT2時間値≧200mg/dL となりました。境界型は糖尿病型でも正常型でもない場合で、WHO 区分の IGT(impaired glucose tolerance)と IFG(impaired fasting glycemia)を合わせた区分に一致することになりました。
糖尿病は成因論的に1型、2型、その他の特定の機序・疾患によるもの、妊娠糖尿病に分類されるようになりました。細かい点では若干の違いはありますが、分類の基本は ADA や WHO の分類と変わるところはありません。また、分類に際しては、病型分類とともに、代謝異常やインスリン作用不足の程度、インスリン依存性の程度などから、病態や病期を判定することも重要です。
糖尿病眼合併症のうちで、増殖糖尿病網膜症(以下増殖網膜症)は後天性視覚障害の主要原因であり、その病態の解明と治療法の確立が切望されています。増殖網膜症は網膜虚血に伴う血管新生により発症、進展しますが、症例によってその進展形式や進展速度は多彩であります。つまり、増殖網膜症への進展には高血糖に伴うさまざまな代謝異常と、それに相応する眼局所における複数のサイトカインや増殖因子が相互に作用しながら、複雑な病態を呈しているからです。
これまでに、長期間の高血糖により網膜細小血管障害が進展して、網膜が虚血に陥り、強力な血管新生促進因子である血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor, VEGF)などのサイトカインや増殖因子が眼内に産生、分泌され、既存の網膜血管から新生血管が発生することが明らかになっています。しかし、in vitro の系における研究結果や、血管新生モデルにおける in vivo の系における研究結果を総合しても、増殖網膜症の病態を十分に説明できない点が多く、今なお実際の臨床の場における病態とは大きな隔たりがあります。
そこで、我々は厚生科学研究費補助金(感覚器障害および免疫・アレルギー等研究事業)を受け、「糖尿病網膜症の重症化の原因の究明とその対策」をテーマに臨床的および基礎的研究を進めています。増殖網膜症への進展過程を前向きに経過観察して、網膜症進展にかかわる血液および眼内液中のサイトカインや血管障害因子との関連性について検討しようとするものです。具体的には、10方向のカラー眼底撮影、フルオレスセイン蛍光眼底撮影(FAG)を高解像度デジタル眼底撮影装置を用いて行い、画像解析を行った後に眼底画像における眼底所見を Early Treatment Diabetic Retinopathy Study(ETDRS)の重症度分類を用いて詳細に判定(Grade 化)および記録して、1、2年後における眼底撮影結果と比較することにより、眼底所見と網膜症病期の変化を評価、判定するものです。また、網膜症の増殖化に関与すると考えられる VEGF、TNF-α、TGFβ、IL-6 などのサイトカイン、von Willebrand factor、Thrombomodulin などの血管内皮障害因子、AGE の濃度などを測定して、網膜症進展や眼底所見の重症化とこれらの全身および眼局所因子との関連性、眼局所因子と全身因子との関連性などについて解析を進めています。サイトカイン同士のネットワークを考慮して、同一眼から複数のサイトカインを測定して相互作用を検討するとともに、血管新生には促進因子と抑制因子の力関係によるとするバランス説も考慮して、血管新生促進因子と抑制因子の測定も進めているところです。
研究の最終目標は、増殖網膜症の発症機構を解明するとともに、進展予測法を検討して、これまでの治療法をより発展させるための治療指針(ガイドライン)の作成をめざすことです。
欧米では心疾患による死亡が糖尿病患者さんの死因の第一位を占めております。日本では欧米に比べ低い水準にはありますが、近年その発生頻度は急激に増加の傾向をたどってきています。さらに境界型においても心疾患に罹患する頻度は正常血糖の方々より高いことが報告されています。このような方々においては、発見当時より高血圧症、高脂血症や肥満など、他に多くの心疾患の原因となる因子を合併していることが多く、臨床的に単一の指標で心疾患罹患の危険性を予測することは難しいと考えられます。
左室肥大とは、心臓の一番重要な部分である左室の重量が増加することで、多くの場合左室の壁(筋肉)が厚くなる状態を示します。高血圧などの負荷が心臓に加わると、左室心筋は肥大して心収縮力を増加させ、心機能を正常に保つように代償します。これには高血圧という機械的な負荷ばかりでなく、心筋組織のレニン-アンギオテンシン系を中心とする成長因子の活性化も関係しています。左室肥大は突然死、心室性不整脈、心筋虚血、冠動脈疾患や心不全などの心疾患死を引き起こす前兆となる指標であり、心疾患死における独立した予後規定因子として最近大いに注目されてきています。前述のように、左室肥大は高血圧症の患者さんに高率に認められますが、高血圧のない糖尿病患者さんにおいても健常者より左室肥大を多く認めるという報告もあります。このことは、糖尿病それ自体が左室肥大を増加させる要因となり得るということで、糖尿病患者さんと左室肥大との関連を調べることは、糖尿病患者さんにおける心疾患死を早期発見し予防する判断材料となり得ると考えられます。
そこで、糖尿病の細小血管合併症の代表である糖尿病腎症と、左室肥大の関係についての報告をご紹介します。欧米では、左室肥大の頻度は健常者において約9%であるのに比べ、アルブミン尿を認めるインスリン非依存型糖尿病患者さんでは 51%、さらに糖尿病腎症を合併した患者さんでは 75%との報告があります。この報告では、健常者を含め対象となった人達は BMI(体格指数)29 とかなり肥満が強く、これほど肥満していない日本人では左室肥大の頻度がやや低いと予想されます。しかし、糖尿病センターで、心疾患のない糖尿病性腎不全による透析直前のインスリン非依存型糖尿病患者さんでは、なんと 89%と高率に左室肥大を認めました。これらの結果は、糖尿病患者さんにおいて、左室肥大は腎症早期から高頻度に認められ、腎症が進むほど心疾患に罹患または心疾患死の確率が高くなることを示しています。ですから、血糖コントロールや血圧の正常化は、糖尿病性合併症の発症や進展を予防するだけではなく、心疾患死も減少させると考えられます。