DIABETES NEWS No.56
    No.56
     1998 
     WINTER 
 

バルセロナのメインイベント
 去る9月10日、11日の2日間、ヨーロッパ糖尿病学会のためバルセロナに参集した多くの人々は、大きな期待を胸にメイン会場のスポーツパレスに吸い込まれていきました。オリンピックで一躍有名になったモンジュイックの丘近くの巨大な会場の座席は、立錐の余地がない程に埋めつくされました。2型糖尿病(NIDDM)を対象として、糖尿病のコントロールと合併症の関連について20年間に亘って「前向き研究」を行った UKPDS(UK Prospective Diabetes Study)の最終報告が行われたのです。

20年間に及ぶ大規模臨床試験
 米国で行なわれた DCCT(Diabetes Control and Complications Trial)が、IDDM を対象として、厳格なコントロール(強化インスリン療法)が合併症の発症と進展を抑制することを実証したのに対し、UKPDS はそれを NIDDM で明らかにしようと計画されたものです。UKPDS の分析は医療経済や QOL に関するものまで多岐に亘っていますが、大きな柱は、"血糖コントロールの改善が合併症(細小血管症、動脈硬化症)の発症・進展や糖尿病に関連した死亡のリスクを減少させるか?"と"血圧のコントロールの有効性"を明らかにすることでした。

UKPDSから学ぶこと
 食事療法を中心とし、標準体重に近づけること、著しい高血糖にならないこと(空腹時血糖<270mg/dL)、症状がないことを目標とした通常療法群(1,138名)に比べ、スルホニル尿素(SU)剤やインスリン療法によって空腹時血糖<108mg/dL を目標に厳格なコントロールに努めた強化療法群(2,729名)では、HbA1Cの低下(7.0% vs 7.9%)がみとめられ、糖尿病に関連したエンドポイント(死亡、心筋梗塞、心不全、脳梗塞、肢切断、腎不全など)や細小血管症のリスクをそれぞれ12%、25%減少させることが示されました。強化療法群の中で SU剤治療とインスリン治療の比較では、HbA1Cの低下、合併症のリスクの軽減において差がないことも証明されました。SU剤治療による心筋梗塞の増加やインスリン治療による動脈硬化関連疾患の増加が認められなかったことも大きな成果といえます。一方、血圧のコントロール(収縮期で10、拡張期で5mmHgの低下)によって糖尿病関連エンドポイント、細小血管症、脳梗塞のリスクがそれぞれ24%、37%、44%減少することも証明されました。
 莫大な労力、長い歳月、多額の経費をかけて行われた UKPDS によって、NIDDM において血糖コントロールと血圧コントロールの重要性が明らかになりました。
 


勃起不全とその治療
 まず、"インポテンス"という言葉ですが、これは不能という差別用語であり、広義には性欲低下や射精障害まで含み、紛らわしいという理由から、"勃起不全"(erectile dysfunction:ED と略す)と呼ぶことが国際的に決まっています。
 現在、糖尿病性勃起不全の治療は陰茎海綿体内注射法や吸引法や手術療法などがあります。しかし、いずれも厄介な問題があるため、治療に積極的な一部の患者にしか利用されていないのが現状です。勃起不全に悩む患者の多くは経口薬を希望していますが、科学的に証明された勃起不全治療薬は、今まで日本にはありませんでした。

Viagraの薬効
 1998年3月、米国での認可以来、Viagra の衝撃が日本は勿論、世界中を走りました。Viagra の臨床治験は日本でも実施され、海外とほぼ同様の結果を得、現在、認可の申請中です。経口の治療薬を希望している多くの勃起不全患者にとって、この Viagra はまさに福音です。
 Viagra の糖尿病での有効率は二重盲検試験の結果から約50%と報告されており、決して高い薬効ではありません。血管障害や神経障害の進行した糖尿病例での効果は低いようです。
 Viagra は末梢性勃起不全治療薬という点で画期的な新薬です。男性では性的興奮に伴って、一酸化窒素(NO)が勃起神経末端から分泌され、陰茎海綿体平滑筋にあるcyclic-GMP を増加させて平滑筋を弛緩させ、勃起反応が生じます。Viagra はこの cyclic-GMP の分解酵素を選択的に阻害して勃起反応を高める薬です。従って、Viagra の効果を出すためには、性的刺激と神経末端からの NO 分泌、さらに正常な血流や陰茎海綿体が必要で、単に服用しただけでは勃起反応は起こりません。

副作用と服用上の注意
 副作用は一過性の頭痛や紅潮など軽度ですが、ニトロ製剤との併用は禁忌であり、安易な使用は慎むべきです。糖尿病患者では高血圧、動脈硬化、高脂血症といった虚血性心疾患の危険因子を合併することが多いので、必ず医師の処方で服用すべきだと思います。
 もう一つ注意すべきことは、勃起不全を訴える糖尿病患者の全てが糖尿病性勃起不全ではなく、約2割は心因や薬剤等の原因による勃起不全です。糖尿病患者の勃起不全治療に当たっては、まずこれらの原因を鑑別してから、第一選択の治療薬として Viagra を考慮する価値はあると思います。
 


 糖尿病性腎症による末期腎不全のため、透析に導入される患者が年々増加していることは周知の通りです。日本透析医学会では、毎年わが国の慢性透析患者の実態を、透析療法を実施している全国の施設を対象として調査しています。アンケートの回収率は 96.4%と極めて高く、世界でも例のない信頼性の高い腎不全統計データと評価されています。最近、1997年12月31日現在の「わが国における慢性透析療法の現状」が発表されましたので、糖尿病性腎症に関連した部分を要約して紹介したいと思います。

透析患者数の推移
 まず、1997年12月31日現在わが国で透析を受けている腎不全患者の総数は 175,988名であり、1983年の 3.3倍となっています。このうち原腎疾患が糖尿病性腎症である患者は、1983年の 3,592名(全透析患者の7.4%)から1997年には 39,350名(全透析患者の22.7%)と10倍以上に増加しています。
 一方新規透析導入患者数は、1983年には 9,858名でしたが、これも1997年には 29,283名と増加しています。糖尿病性腎症による導入患者は、1983年には1,538名(導入患者総数の15.6%)であったのが、1997年には 9,939名(導入患者総数の 33.9%)と著しく増加しています。わが国における透析導入患者の原腎疾患のうち最も多いのは慢性糸球体腎炎ですが、その割合は1983年の 58.3%から1997年には 36.6%と減少しており、近い将来糖尿病性腎症が、導入患者の原腎疾患の第一位を占めることは当然予想されます。ちなみにアメリカ、カナダ、またヨーロッパ・オセアニアの多くの国では、すでに糖尿病性腎症は、透析患者の原腎疾患の第一位となっています。

透析導入後の予後
 1983年以降の導入患者に関しては、導入後の転帰に関しても調査が行われており、長期予後成績も示されています。これによりますと、慢性糸球体腎炎および糖尿病性腎症患者の5年生存率は、69.8%および 47.9%、10年生存率は 53.3%および 23.2%、14年生存率は 44.0%および12.7%であり、糖尿病性腎症の予後が不良であることは明らかです。その理由として、透析導入時、糖尿病性腎症患者の平均年齢が高いことに加え、糖尿病は全身疾患であるため、透析導入に至った際には多くの合併症を有しているためと考えられます。
 ただし透析医療も年々進歩しており、透析患者の予後も年々改善傾向にあります。糖尿病性腎症では、1996年に導入された患者の1年後までの死亡危険度は、1983年における導入患者の死亡危険度の 0.35倍となっており、非糖尿病患者に比べ、過去14年間に、より大きく予後が改善していることが示されています。

 糖尿病性腎不全患者の管理は非糖尿病患者に比べて問題が多いため、糖尿病医が透析医療へ積極的に参加することが望まれます。

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