DIABETES NEWS No.54
    No.54
     1998 
     SUMMER 
 

 糖尿病の薬物療法の最近の進歩はめざましく、患者さんの病態に応じた多様な経口薬の選択が可能な時代を迎えました。しかし、一方では臨床試験の段階にはみられなかった予期せぬ副作用も報告されています。適応を十分に考慮した慎重な使用が望まれます。

αグルコシダーゼ阻害薬
 αグルコシダーゼ阻害薬(商品名:グルコバイ、ベイスン)は、それまでの経口血糖降下剤とは全く異なる作用機序の薬剤(食後過血糖改善剤)として登場しました。空腹時血糖はあまり高くないけれども、食後高血糖がみとめられるインスリン非依存型糖尿病(NIDDM)がもっともよい適応です。よりよいコントロールを目指して、スルホニル尿素剤(SU剤)やインスリン注射でコントロールしえない食後高血糖に対しても本剤を併用するなど、幅広く使用されています。比較的高頻度にみられる副作用として腹部膨満、放屁など腹部症状がよく知られていますが、最近、きわめてまれですが本剤によると思われる重篤な肝障害が報告されました。定期的な肝機能の検査が必要です。

インスリン抵抗性改善剤
 インスリン抵抗性改善剤(商品名:ノスカール)は、インスリン抵抗性という NIDDM の特徴的病態に直接迫る画期的な経口糖尿病薬として、昨年春、日米ほぼ同時に認可されました。適応は、食事療法、運動療法で十分な効果が得られず、インスリン抵抗性が推定される場合または SU剤が効果不十分な場合の NIDDM に限られています。治験での有効率は約50%でしたが、症例によっては著しい血糖低下作用を示すことがあり、とくに SU剤との併用では低血糖に対する注意が必要です。インスリン抵抗性がある症例か否か判断する簡便な臨床的指標が検討されていますが、肥満度や空腹時の血中インスリン値は目安になると思われます。
 副作用では従来、浮腫、貧血、LDH 上昇などが指摘されていましたが、広く使用されつつある段階で劇症肝炎などの重篤な肝障害が報告されました。その結果、肝障害を伴う患者さんは禁忌となり、本剤投与中には肝機能検査を少なくとも1ヵ月に1回は行い、副作用の早期発見に努めてください。
 


 肥満をめぐる種々の因子に関しては、以前にも述べたことがありますが、その後も続々と興味ある知見が報告されております。そのうちの2~3について述べます。

チアゾリジン誘導体
 ノスカールの成分である本誘導体はインスリン非依存性糖尿病のインスリン抵抗性を改善しますが、その作用機序として脂肪細胞の分化を促進する核内受容型転写因子(PPARγ)に直接作用して活性化することが明らかになりました。肥満ラットである Zucker fatty rat に投与すると高インスリン血症、耐糖能異常が改善しこの時今までの大型脂肪細胞が分化した小型の脂肪細胞に変化して FFA や TNF-α、レプチンの産生等が正常化の方向に向っていることが明らかになりました。つまり本薬物は異常脂肪細胞を正常脂肪細胞に変換して代謝異常を正常化するものです。

腹腔内脂肪組織からの動脈硬化関連因子の分泌
 腹腔内脂肪組織から分泌される蛋白で、動脈硬化との関係のある物質が2種明らかにされました。一つは、血栓形成に関与する plasminogen activator inhibitor であり、内臓脂肪の増加と共に血中濃度は増加することが報告されています。一方別の遺伝子 adipose most abundant gene transcript 1(apM1)がクローニングされました。apM1遺伝子産物はコラーゲン様構造をもち、血管平滑筋の細胞接着や増殖を抑制する作用を有します。このアディポネクチンの血中濃度は内臓脂肪の増加と共に逆に低値となり特に冠動脈硬化では著しく低値を示すことがわかりました。これらはいずれも動脈硬化との関係が示唆されます。

脂肪細胞、特に褐色脂肪細胞の熱産生関与因子
 褐色脂肪細胞はβ-アドレナリン受容体を多く産生し、熱産生を促進する事はすでに報告されています。ピューマインディアンではこの受容体遺伝子変異が多くみられます。熱産生にはミトコンドリアの uncoupling protein(ATP 産生共役阻害体、UCP)が重要な働きを示し従来からの UCP-1 の他に UCP-2 が同定、これは心、肺を含め多くの組織にみられ、更に最近では UCP-3 も同定されました。UCP-3 は骨格筋や褐色脂肪細胞に多く発現している事から肥満やバセドウ病を含めたるいそうとの関係が注目されています。

 終りに私的なことですが、私はこの3月31日をもちまして東京女子医科大学糖尿病センターを定年退職致しました。30年近くの女子医大勤務を無事終えることができましたのもひとえに皆様方のお陰と厚く御礼申し上げます。皆様の御健康をお祈りいたし退職の御挨拶とさせていただきます。

 


推定1,370万人の患者さん
 厚生省が3月18日に発表しました平成9年11月実施の「糖尿病実態調査」によりますと、糖尿病が強く疑われる人(HbA1Cが 6.1%以上)は全国で 690万人と推定され、糖尿病の可能性を否定できない人(HbA1Cが 5.6~6.0%)が推定 680万人、両者を合わせて 1,370万人とのショッキングな数字が発表されました。平成4年の時は糖尿病が疑われる人は推定 600万人といわれていました。

少ない継続受診者
 今回の 690万人のうち、現在治療を受けている人は 45%と推定されました。残り 55%のうち、一度は医療機関を訪れたことがある人は 12%でした。しかし残念ながら治療が継続できなかったと考えられます。また、HbA1Cが高いにもかかわらず現在治療していない人に、神経障害が5%、網膜症が 4.3%、腎症が 10.7%、足の壊疽が 0.7%に認められたと発表されました。

当センターの新患では
 糖尿病センターには年間 2,700名あまりの患者さんが新しく来院されます。しかしながら、その後継続して来院される方は 30%にも満たないのです。すなわち 2,000人近くの方が糖尿病センターを一度は訪れていながら、その後来院されていません。そして、5年後や10年後、合併症が進んで再び飛び込んでいらっしゃる方がすくなくありません。昨日久しぶりに来院した 38歳の男性は眼底所見(福田分類BIIIm、BIIm)が進行して、顕性蛋白尿が出現していました。7年前はグリミクロン 0.5錠で合併症もなく良好な血糖コントロールでしたのに。

医療連携にご協力を
 糖尿病センターで1日に診察しうる患者さんの数には限界があります。新しく糖尿病センターを訪れても、来院される人の多さにびっくりして、来れなくなってしまうのでしょか、それとも糖尿病センターまでの通院が遠くて通院継続が困難になるのかもしれません。
 昨年、糖尿病治療の中断歴(糖尿病を指摘されていながら2年以上経て当センター受診した、または他院や当センターへの通院が2年以上中断したことのある)の有無と、合併症の程度との関係を調査しましたが、両者に明らかな関係がみられました。また、中断歴のある患者さんの医療費が、そうでない方より高いこともわかりました。糖尿病治療においては、通院の中断ということが、合併症の発症に、ひいては医療費にも、大きく関わっているといえましょう。HbA1Cが高いにもかかわらず現在治療していない人に、合併症がもう5~10%も出現していたという、はじめに書きました厚生省の報告とまったく同じことといえます。そこで、縁あって当センターに来院された方には至急適切な治療方針を立てて、長く通院を継続できるような医療体制をとりたいと考えています。これが糖尿病センターのめざす医療連携です。糖尿病患者さんの診療に関心をお持ちの先生、ご一緒にやりませんか。第一回『糖尿病センターとの医療連携の会』(仮称)を6月20日(土)16時より、本学臨床講堂で開催します(無料)。ぜひお越しください。

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