DIABETES NEWS No.51
    No.51
     1997 
     AUTUMN 
 

 去る5月22日から3日間、日本糖尿病学会を主宰した。糖尿病学会は、学問の進歩を糖尿病患者さんの健康、福祉に役立てることを目的とした研究発表の場である。昭和33年に設立され今年第40回を迎えた。40年の長い歴史と伝統の中で、女性の会長は初めてであったので、だから女は......といわれないよう細心の注意を払ってよい学会作りを心がけた。

「文明病」の誤解を解く
 まず、糖尿病を近代病、文明病であると思われている誤解を解くために、ロゴマークを作り、キャッチフレーズを「エベルスパピルスから21世紀へ」とした。糖尿病は人類の存在とともにあり、紀元前15世紀にすでに多尿に関する古文書があることが解っているからである。

歴史を辿った展示物
 このキャッチフレーズに則して、各メーカーの展示も歴史的に物ごとが解るように並べていただいた。たとえば、インスリン製剤・注射器の移り変り、血糖自己測定の歴史的流れ、内服薬の歴史的変化など、それをみただけで学問の進歩が理解出来るように工夫していただいた。ある会社からは、世界に3個しか存在しない開発初期のインスリン注射器が出品され、過去に例をみない、まことに有意義な展示であった。

特別講演では「こころ」の問題を
 学会では分子レベルの最先端の研究発表がなされるのが常であるので、こころの問題も取り上げようと思い、作家の渡辺淳一氏に特別講演を依頼した。氏は医師から作家へ転身した当時の事情から、ミリオンセラー作家になるまでの道程を淡々と語り、プロとして生きぬく上に必要な精神構造にまで言及され、聴衆に深い感銘を与えた。また science only の学会の中に文化のかおりも吹きこんでくださった。

糖尿病センター医局の総力を集めて
 3月にオープンしたばかりの会場・東京国際フォーラムには、5,200人の好学の士がご参加下さり糖尿病学会として史上最多を記録した。
 今振返って思うことは、岩本安彦事務局長以下、医局の総力を集めて催しごとにあたったことが、学会を盛会に導いた鍵であったと思われる。こころを一つにした団結の力は、3本の矢の結束よりもはるかに強いといえる。
 


参加者5,200名を数え盛会裡に終了
 第40回日本糖尿病学会総会は大森安恵先生を会長として、真新しい東京国際フォーラムで開かれました。今回は節目の学会であり、初めての女性会長、異色の特別講演演者など話題も豊富でしたが、参加者は初めて 5,000名を超え、史上最多の 5,200名に達しました。女子医大糖尿病センターとしては故中山光重先生が第2回会長を務められて以来、実に38年振りのことであり、教室員一同全力を挙げて取り組みましたが、お蔭様で盛会裡に終了致しました。

会長講演:「糖尿病と妊娠に関する臨床と研究」
 会長講演では「糖尿病妊婦の自然経過は destruction である」(White 女史)といわれたインスリン発見以前の困難な時代から今日までの欧米における糖尿病と妊娠の歴史に始まり、女子医大における昭和39年の第1例から昨年末までの 640児の糖尿病妊婦分娩例の推移、大森先生が中心になって行っている5年毎の糖尿病妊婦全国実態調査の経年推移が報告されました。とくに、"near normal"を目標とした時代から"血糖正常化"の確立、それらを支えた糖尿病治療の進歩、チーム医療体制の確立と計画妊娠の実践など、女子医大における糖尿病妊婦治療の歴史的な流れは、満場の聴衆に強いインパクトを与えました。さらに、奇形は必ずしも減っていないこと、増殖網膜症をきたして妊娠する症例などの問題点も指摘されました。30分間という短時間に、先生の長年に亘る臨床と研究の結晶がみごとに散りばめられた素晴しい会長講演でした。

大成功の市民講座
「糖尿病の予防と糖尿病合併症の予防をめざして」と銘打った市民講座は、学会終了直後、5,000名収容のホールAで開催されました。あいにくの大雨の中、聴衆は続々と集まり、2階席まで埋めた参加者の多さは、21世紀の国民病といわれる糖尿病と、その合併症の予防に対する関心の高さを示していました。
 第1部のパネルディスカッション「どうしたら糖尿病を封じ込められるか」では、澤地久枝氏(作家)、渡辺文雄氏(俳優)、エム・ナマエ氏(イラストレーター)が、それぞれ患者さんの立場から闘病体験を率直に話されました。それを受けて、吉川隆一先生は腎症を中心とした合併症の予防、赤沼安夫先生は糖尿病の予防をめざしたライフスタイルの改善などについてわかり易くお話されました。
 第2部は、オペラ歌手岡村喬生氏、林康子氏による「世界を巡る歌の旅」。素晴しい熱唱の数々は、学会参加者にとって3日間の学術集会の疲れが吹き飛んだ思い出に残るイベントでした。
 


IDFとEASDの合同開催で
 3年毎に開かれる IDF 学術会議の第16国大会が今年の7月20日から25日までヘルシンキのフェア・センターで開催されました。本年度のヨーロッパ糖尿病年次学術集会(EASD)も合同で行われたことや、北欧という場所の魅力も加わってか、9,000人を超す史上最大の参加者となったようです。参加国も前回の神戸の 108ヵ国をはるかに上まわり 132ヵ国に及んだことを初の女性会長 M-R, Taskinen 教授(ヘルシンキ大学)がのべておられました。開会式は Sakari Oramo 氏の指揮で、若い男女で構成されたフィンランド・シンフォニーオーケストラの奏でる美しいクラシック音楽にむかえられました。学会は、特別講演や受賞講演をはじめシンポジウムは 68 と盛り沢山でした。
 一般口演に選ばれたのは僅か 178題で、残り 2,500余りがポスター発表でした。ポスターセッションは会場も広く、昼食時間に合せて支給されたサンドイッチをたべながら、意見の交換が出来るように配慮されておりました。

印象に残った講演から
 IDF の President である Jak. Jervell 教授は、WHO の報告によれば世界の糖尿病人口は1995年には 12,500万人であったが、2025年までには 29,900万人に増加するであろう。この21世紀の糖尿病人口増加の矢面に立つのは、発展途上国であろうとのべました。また Paul Zimmet 教授(Melbourne 大学)も2010年には IDDM が 2,400万人,NIDDM が 21,600万人と共に増加するが、NIDDM の増加が世界的にみてすさまじく 1996年の2倍になるであろうとのべました。J-C. Mbanya(Cameroon, Yaounde)は近年の発展途上国における糖尿病の増加に対して、一次予防の必要性を強調しました。それには肥満やインスリン抵抗性、妊娠糖尿病等の糖尿病発症の危険因子をへらすこと、すなわち教育、食事療法、運動が何よりも大切であることをのべました。
 R. Klein(USA, Wisconsin 大学)は糖尿病網膜症のシンポジウムで、氏等が行っている Wisconsin 糖尿病疫学調査研究の成績をのべましたが、結果は DCCT の結果と同様血糖コントロールが網膜症の発生と進展予防にもっとも大切であるということでした。それにもかかわらず 10年間追跡調査では、I型糖尿病で HbA1C8%以下(ADA ガイドラインが示している)を維持出来たものが僅か 18%であったとのべ、厳格なコントロール実施の困難さをのべておりました。このことは私共の臨床でも身近な事実と感じられました。

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