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東京女子医科大学では65歳をもって職員の定年退職が決められており、私も3月31日をもって定年を迎えました。年齢は誰にも平等にふえていくので定年は着実に確実に訪れますが、死と同じようにその時にならないと実感が湧かないものです。5月末の日本糖尿病学会の会長としての重責を背負っていたので、よけい定年の実感を感じるひまがありませんでした。
◆ 3月に定年をむかえて
別れはどんな形でも悲しいものです。患者さんには3月のぎりぎりまで、定年を知らせずにおりましたので、皆様にご迷惑をおかけした次第です。大層残念がられて、初めてどうにもならない定年の悲哀を味わっているところです。
振り返ってみますと、卒後インターンを終えて、昭和32年糖尿病を専門とする中山光重教授の第二内科学教室に入局してから丁度40年になります。中山先生に続いて、小坂樹徳、平田幸正教授のご指導をうけ、糖尿病学の変遷とともに歩み、糖尿病との闘いの毎日でした。
◆ 糖尿病妊婦の出産
40年の糖尿病学の変遷はいろいろな意味で著しいものがあります。中山内科時代の若年発症糖尿病の方々は20歳代ですでに腎症末期の尿毒症になり、30歳をこえる方は少なかったと思います。昭和37年に私は、死産によって糖尿病と診断された2人の患者さんを受け持ちました。これがきっかけで、「糖尿病があっても妊娠、出産は可能である」という臨床分野の確立を自分のライフワークにしました。女性の問題は、問題の核心をよく知る女性が主体となって解決すべきであると強く考えたからです。この分野は、かなり若い糖尿病者に福音をもたらしたものと自負しております。
昭和30年代から年月が経つにつれて、糖尿病の分野で細小血管合併症が著しく増加してきました。網膜症に関しては、光凝固療法や Vitrectomy の進歩によって、失明者は減少したと思います。しかし、糖尿病腎症による腎不全は、若年のみならず、老齢者の間にも残酷に侵入しています。コントロールをよい状態で共に過ごしてきた人には合併症はありません。定年を迎えるにあたって、等しく腎症を人々の上から払拭したい気持ちにかられています。
◆ 新たな目標――腎症の払拭
Diabetes News の第1号は1985年(昭和60年)の春に発刊されました。12年前のことになります。Diabetes News 発刊の目的について、糖尿病センター初代所長の平田幸正先生は、創刊号の巻頭で「多様化し、重症化した糖尿病に対して、患者さんも含めて治療に関与する各パートの連絡をより綿密にし、治療効果をあげることにある」と述べておられます。
◆ Diabetes News 12年間の歩み
以来12年間、Diabetes News の中で、平田先生、大森安恵先生(二代目所長)をはじめとする多くの医師やコメディカルスタッフが、その時々の糖尿病診療をめぐるさまざまな問題、トピックス、糖尿病の合併症の怖さ、新しい治療法、臨床研究の進歩などを取り上げ、論じてきました。
Diabetes News 発刊当時の糖尿病患者さんの数は推定250万人と書かれています。現在、厚生省の糖尿病調査研究事業の報告によると600万人といわれていますので、2倍以上に増えたことになります。
◆ 病診連携のきずなとして
Diabetes News では、これまでに腎症の予防、網膜症の治療の進歩、潰瘍や壊疽などの足病変の激増ぶりなどについて繰り返し書いてきました。しかし、糖尿病センターの入院患者さんの最近の動向をみますと、重症化の傾向はより顕著になっています。しかも、それは糖尿病センターにおける特殊な状況ではなく、わが国の糖尿病患者さんの実態を反映しているものと思われます。Diabetes News 発刊の目的は、現時点で達成されたとはいえず、病診連携のきずなの一つとして、ますます重要なものになりつつあるのではないでしょうか。
大森先生は3月1日、女子医大弥生記念講堂で開かれました平成8年度東京女子医科大学退任教授最終講義において、「私のライフワーク:陽は昇り、陽はまた沈む――糖尿病と妊娠に関する臨床と研究――」と題する講演をされました。糖尿病と妊娠に関する研究は、先生が全力を傾注された文字通りのライクワークです。第40回日本糖尿病学会総会の会長講演においても、糖尿病学会の歴史とともに歩んでこられた先生の研究成果の集大成が発表され、多くの聴衆に深い感銘を与えることと思います。
◆ ライフワークと会長講演 * * * このたび4月1日付で大森安恵先生の後任として糖尿病センター所長に就任いたしました。これまで同様、よろしくご指導、ご鞭撻くださいますようお願い申し上げます。(1997.5.1)
糖尿病の成因は遺伝子工学の発展によって、今までにもグルコキナーゼ遺伝子の異常やミトコンドリア DNA の変異(とくに tRNA の変異)等が明かにされてきました。最近 NIDDM が25歳以前に発症し、しかも親子三代にわたって遺伝する所謂 MODY というタイプの遺伝子変異が明かにされました。これには3つのタイプがあり、MODY-2 は前述のグルコキナーゼ遺伝子の変異のタイプをさしますが、MODY-1 は肝において次の遺伝子支配に関係する hepatocyte nuclear factor (HNF)-4αの変異、MODY-3 は遺伝子の転写に関係する HNF-1αに変異のあることがわかりました。これらの遺伝子は膵のβ細胞にも発現してインスリン遺伝子の転写を調節するものと考えられます。しかしこれらの遺伝子異常で説明できる糖尿病はまだ1%前後にすぎません。
◆ 糖尿病の成因の解明
ブドー糖によるインスリン分泌には膵β細胞の ATP 感受性K+チャネルの閉鎖による細胞膜電位の脱分極が必要なのですが、この ATP 感受性K+チャネルの遺伝子構造が解明されました。
◆ インスリン分泌機構にSU剤レセプターが組込まれている!!
このチャネルは SU 剤レセプター(SUR)と内向き整流性K+チャネル(BIR)の少くとも二つからなる複合体であり、この各々は単独では働きが不十分で、両方存在して始めて作用が発揮されます。インスリン分泌というこの重要な機構に SU 剤のレセプターが偶然に組込まれているという自然の摂理に驚かされます。
1994年に ob/ob 肥満マウスの原因遺伝子として ob 遺伝子の存在が明かにされました。その遺伝子産物であるレプチンは視床下部の受容体に働いて食欲を抑制します。血中レプチンは糖尿病とは直接関係はなく、肥満度、体脂肪率と相関し肥満者の血中では高値となっているところからみると、肥満者では視床下部のレプチン受容体又は受容体後の異常が考えられています。肥満の治療も簡単にはいかないようです。因みにレプチンは男性より女性に高値であり、その原因として男性と女性は体脂肪の分布が異るためであろうとされています。
◆ 肥満者には肥満遺伝子産物レプチンが増加
以前から網膜組織が血流の減少によって低酸素になると、これが刺激となって組織から血管新生因子が産生され、これが糖尿病網膜症ことに増殖性網膜症の1つの原因ではないかと考えられていましたが、その本態は不明のままでした。近年、血管内皮細胞に特異的に作用して血管新生作用をもつ血管内皮増殖因子(VEGF)が、活動性の糖尿病網膜症の硝子体液中に増加していることが報告されました。今後はこの VEGF の産生を抑制する面からも、網膜症進展の予防が期待さます。
◆ 網膜症の悪化に関係か?
治療面の進展としてインスリン作用増強薬トログリタゾン(肥満したインスリン非依存型糖尿病が適応)と lisproinsulin(インスリン作用の発現が早い)があります。
◆ 新しい糖尿病治療薬