DIABETES NEWS No.5
インスリンを皮下に注射すると、それが吸収されるためには、注射されたところの血流が関係します。すなわち、注射部位の毛細血管の血流の流れが、盛んであればインスリンの吸収は早く、血流が少なくなれば、吸収が遅くなります。したがって、理屈の上では、注射したところを温めれば吸収が早くなります。逆にインスリンを注射したところを冷せば、吸収は遅くなります。
とくに、大腿皮下にレギュラーインスリンを注射して、横にねていると吸収は早いのですが、腰をかけて起きているとそれだけで吸収は 25% も少なくなるといいます。それは、起きると血圧維持のために皮下の毛細血管が細くなる、すなわち皮下の血流が少なくなるためだといいます。
このように、ほんのちょっとしたことでも、私たちの体の中のできごとは、生理学の教えるところに従って、いろいろに変化しているといえます。
最近、2種類のインスリンを混ぜて使用する機会がふえています。そこで、化学の知識が必要になることが少なくありません。とくに大切であると思うことは、中間型インスリン(レンテ系インスリン)に使用されている亜鉛と即効型インスリンであるレギュラーインスリンとの反応で、この2つは反応することによって、早く効くレギュラーの作用が、多少抑えられるらしいということです。とくにヒトインスリンの場合、そのようなことが起こる可能性が高いようです。
それ以上に大切なこととして、燐酸ソーダを使った即効型インスリン(ベロスリン)とレンテ系中間型インスリンを混ぜると、即効型が増えることです。これは、燐酸に亜鉛が取られてしまってレンテの沈殿が溶けると考えられます。
2つの種類のインスリンを混ぜる時、まぜて放っておくと変化が進んでしまうことや、製剤の種類によっては、たとえ混ぜてすぐでも変化してしまう、すなわち化学の反応に従って変化を受けることがあるということに注意する必要があります。ただし、べロスリンと NPHインスリンでは、このような不利な反応は、あまり問題にならないようです。
糖尿病と感染症は、旧くから注目された問題でありますが、また、新しい問題でもあります。昔から糖尿病に罹患すると、セツ(おでき)が出来やすいとか、肺炎・結核にかかりやすいとかいわれています。このことは事実でありますが、事実でないところもあります。それでは、現在糖尿病と感染症の関係はどうなっているでしょうか。
Joshin clinic の統計では、1964年から1980年の間に糖尿病患者約1000例の死亡統計の中で主因が感染症であるものは123例(11.8%)あり、疾患としては気管支肺炎58例、敗血症11例、弁膜症を含むリウマチ熱9例、腎孟腎炎8例、腹膜炎4例、心内膜炎3例、結核2例、髄膜炎2例となっており、肺炎や腎孟炎の多いことがわかります。
しかし、これ程重症でなくても、糖尿病の日常外来で、腎孟・膀胱炎(多くは無症状)、肺炎、結核、足部壊疽、水虫等は最もよくみられます。特に尿路系の感染症は、糖尿病性自律神経障害、腎症を有するものではしばしば難治性となります。まれには、胆嚢炎、悪性外耳道炎があり、これらはいずれも糖尿病性昏睡の引き金となることがあります。
糖尿病で感染症の多い理由として、血糖値の高い時(とくに 200mg/dL以上)に白血球の機能低下が指摘されています。多核白血球の喰菌作用、殺菌作用、化学走性のすべてにその低下がみられ白血球の作用が著しく低下します。また、インスリン不足による免疫機能低下も報告されています。しかし、これらは十分のインスリンを供給し、血糖値を正常化すると正常者と同程度に回復します。糖尿病では、他に脱水、糖尿病性神経障害等も加わって感染症をおこしやすくしていると考えられます。
このような感染症を予防する第1の方法は、何よりも血糖値を正常化し血糖コントロールを良好に保つことです。また、可能な限り体を動かしたり、歩行をすることです。皮膚や足、その他を清潔に保ち、怪我をしないよう注意しなければなりません。
糖尿病患者の予防注射は、急性感染症や高血糖の時はさけるべきですが、ほぼコントロールのされている時にはなんら差支えありません。
一般に、老人になると若い人程症状が顕著でなくなり、肺炎になっても咳痰はあっても発熱がみられず、食欲の低下、全身の疲労感、倦怠感のみのことがしばしばあります。
腎孟炎、膀胱炎でもあまり症状のないことがあります。老人でいつものような食欲が急になくなったり、元気が全くなくなったりしたら、まず肺炎の有無をしらべなければなりません。脳軟化症・脳動脈硬化症の高度な患者では、誤飲、誤嚥にも十分注意する必要があります。
糖尿病においては、患者さんが自分の生活を自分で管理するということが、治療上重要です。ところが、視力低下はこの自己管理を大きく妨げます。この点から考えると、今や成人になってからの失明原因ナンバーワンとなった糖尿病性網膜症は、糖尿病の最も恐しい合併症と言うことができるでしょう。
かつて私たち眼科医は、この網膜症に対して診断を下すのみで、治療には加わることができませんでしたが、網膜光凝固術(以下光凝固と略す。)および硝子体手術という強力な武器を手に入れた現在では、積極的に治療に参加し良い成績を上げることができるようになりました。
今回は、治療における柱の1本である光凝固の話をしましょう。
糖尿病になると種々の代謝異常がおこり、これを背景とした循環障害がおきてきます。とりわけ網膜や腎臓を代表とする細かい血管の密集している組織では、部分的な血行障害がおこりやすく、しかも一度障害をうけると元へ戻りにくいという困った性質を持っています。
光凝固とは、キセノンやレーザーという強力な光を網膜の一部に当てて、網膜全体の代謝バランスを良くしてやろうというものです。したがって、本来大切な機能を行っている組織を部分的に壊すことになりますから、必ずしも良いことばかりではなく、時として危険な面も合わせ持つ、いわば諸刃の剣ということができます。しかし、適切な時期に光凝固を行うことで、多くの網膜症を改善できるようになりました。では、その適切な時期とはどのような時なのでしょうか。
光凝固の最適時期とは、増殖性網膜症(重症網膜症)になる少し前、すなわち前増殖期(スコット分類でいうとIIIbの前後)ということになります。そこで、私たち眼科医にとっては、前増殖期網膜症を早く発見し光凝固を行うことが重要な使命であるということになります。しかしながら、これからのべることが大切なことなのですが、前増殖期はおろか増殖期になっても患者さんには自覚症状がないことが多いのです。したがって定期的な眼底検査が、治療の時期を失なわないための唯一の大切な予防策ということができます。この定期検査を受ける間隔は、糖尿病コントロールや眼底の状態で各患者さんによって異なりますが、全く眼底に変化のない人でも1年に1回は検査を受けることが重要です。
網膜光凝固術が登場してまだ10年余りですが、すでに何千人、何万人という多くの網膜症を持つ患者さんが失明の魔手からのがれることができました。今後も、もっともっと多くの人が助かるよう、患者さんおよび医療スタッフ相互の努力が必要です。最後に、何よりも糖尿病と診断されたら眼底の定期検査を受けるのだ、ということをもう一度強調してお願いいたします。
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