本年の5月22日から24日の3日間、日本糖尿病学会の会長をつとめさせていただきます。糖尿病学会は会員相互の糖尿病に関する研究の進歩、知識の普及を図り、わが国における学術の発展に寄与する目的で、昭和33年4月に作られました。学会員は現在1万名を超え、今年は第40回の節目の年で、また初めて選ばれた女性会長でもありますので、私としては強い使命感と重い責任を痛感している次第です。
糖尿病は、今や国民病とよばれるほど増加していますが、実は人間の生存とともにあった病気ではないでしょうか。現存する糖尿病に関する最古の文書はエベルスパピルスとよばれ、紀元前1500年に書かれたものと推定されています。従って、今回の学会のキャッチフレーズは"エベルスパピルスから21世紀へ"であり、インスリンの発見から急速に進んだインスリン治療や内服薬による糖尿病治療学の進歩、糖尿病の成因としての分子生物学的研究の最先端の発表がなされます。とくにわが国の糖尿病の 95%を占めるインスリン非依存型糖尿病の原因遺伝子が続々と発見されており、家族内遺伝の濃厚な MODY とよばれる糖尿病では MODY-1、MODY-3 という遺伝子異常も発見され、新しい発表として話題をよぶと思われます。
糖尿病の治療は、高血糖のみならず、こころを癒すことも大切であるので、特別講演にはぐっと視点をかえて、作家の渡辺淳一氏にご登場願います。また、キャッチフレーズに則して医史学の酒井シヅ教授が「歴史からみた糖尿病との闘い」をご講演下さいます。
学会は研究発表だけでなく、糖尿病にまつわる最新の進歩、治療法を学習するためのものでもあり、学会員でなくても入場料を払えばどなたでも参加学習することができます。日々の診療に役立つようにランチョンレクチャーや教育講演なども予定されています。患者さん用には5月23日の糖尿病協会総会の講演会と24日に市民講座が開催されます。万障お繰り合わせの上、どなた様もこの学習の機会をフルにご活用下さいますようおすすめします。
第40回日本糖尿病学会では、毎朝第I会場でプレナリーレクチュアが行われ、糖尿病の成因、合併症の成因や治療などについての最新の知見が報告されます。糖尿病の成因に関しては、「ATP 感受性Kチャネルとインスリン分泌」(22日、清野進先生)、「NIDDM の分子機構」(23日、門脇孝先生)、「肥満の分子機構とその臨床的意義」(24日、中尾一和先生)が、また合併症に関しては、「糖尿病慢性合併症の成因としての AGE」(23日、堀内正公先生)、「糖尿病性腎症の発症・進展機序と治療」(24日、槙野博史先生)、「糖尿病網膜症の予後判定と対策」(24日、清水弘一先生)と題する合計6題の講演が予定されています。
◆ | 糖尿病研究と臨床の最前線――シンポジウムとワークショップ |
第一線の研究者と臨床家が最新の研究成果を発表するシンポジウムとワークショップは、その年の学術集会を特徴づける重要なプログラムのひとつです。今回は、3題のシンポジウムと4題のワークショップが組まれています。
シンポジウム1:「多因子疾患としての NIDDM―インスリン分泌障害とインスリン抵抗性をもたらす諸要因」(22日)では、最近めざましい成果をあげつつある NIDDM の原因遺伝子に関する研究を中心に、6人の演者により興味深い成績が報告されます。
シンポジウム2:「糖尿病性血管障害の成因に関する分子生物学的アプローチ」(23日)では、血管平滑筋細胞の増殖や形質変換、血管新生、メサンギウムの増殖などに関する研究成果が、6人の演者により報告されます。
シンポジウム3:「眼合併症を有する糖尿病患者の管理」(23日)では、主として網膜症を有する糖尿病患者の管理の現状と、治療の問題点について、内科医と眼科医の立場から論じていただくとともに、眼合併症に苦しむ糖尿病患者の心理面のケアについての報告をいただきます。
4題のワークショップはいずれも 22日に行われます。
「膵島B細胞障害のメカニズムとその予防」では、IDDM の遺伝的背景や原因遺伝子、自己免疫と膵島B細胞障害の機序などが報告されます。
「糖尿病性腎症の成因」では、早期の糸球体病変、サイトカインの関与、代謝異常の影響、血行動態、遺伝子などが論じられます。
「小児期・思春期・妊娠時における糖尿病治療の問題点」では、小児期発症糖尿病の合併症の予防、ヤング糖尿病の治療上の問題点、糖尿病妊婦の特徴や治療などについて、小児科医、内科医、産科医の立場からの提言が行われます。
「糖尿病患者教育のエッセンス」(公募)では、栄養士、看護婦、薬剤師などコメディカルスタッフによる患者教育についてのさまざまな工夫も発表されます。
いずれも興味深い発表が期待されますので、多数の皆様のご参加をお待ちしています。
学会に寄せられるさまざまな期待の一つに教育講演があります。今回の学会では最近の話題というサブタイトルをつけて、次の8つの教育講演が設けられています。
第2日目の5月23日の午後から
(1)「糖尿病の一次予防・二次予防・三次予防」
馬場茂明(国際糖尿病教育学習研究所所長)
(2)「糖尿病の薬物療法」
堀田 饒(名古屋大)
(3)「高齢者の糖尿病」
井藤英喜(東京都老人医療センター)
(4)「肥満 NIDDM における運動療法の効用」
佐藤祐造(名古屋大)
引き続き、翌5月24日の午後に以下の4つの講演が行われます。
(1)「糖尿病と虚血性心疾患」
原納 優(国立循環器病センター)
(2)「糖尿病性腎症の治療」
高橋千恵子(東京女子医大)
(3)「糖尿病性神経障害の治療」
鈴木研一(東北厚生年金病院)
(4)「糖尿病の足病変」
新城孝道(東京女子医大)
5月23日は、馬場先生が IDDM および NIDDM の発症機序からみた糖尿病予防、早期発見による糖尿病予防、合併症による身体障害の予防と順をおって講演され、堀田先生からはこれから発売されるものを含めた昨今の新しい経口血糖降下剤の効用について、そして「老齢者の糖尿病治療ガイドライン作成に関する研究」班の班長である井藤先生からは壮年者とは異なった高齢者の糖尿病の診断について、佐藤先生からは肥満 NIDDM の第一選択である運動療法について、の講演をいただきます。それぞれの分野の第一人者の先生から臨床に密着した、しかもあすの診療に役立つ最先端の話をまじえた講演をきくことができます。
5月24日には重大な糖尿病性合併症の最新の治療について、前日と同じくそれぞれの分野の第一人者の講師が実際の症例をまじえてお話しくださいます。無痛性心筋梗塞、糖尿病性腎症、有痛性神経障害、糖尿病の足病変、いずれも一般外来で日常よく直面する問題です。
上記の糖尿病性合併症は、発症すると患者さんの QOL を直撃します。最近重症の合併症で悩んでいる若い患者さんが、多数糖尿病センターに初診されます。この問題は、医療経済の面からも重大な問題であり、将来をみすえるとないがしろにできる問題ではありません。
また、本学会会長 大森安恵 糖尿病センター所長のアイデアにより、多数のランチョンセミナーが設けられたことは今回の学会のユニークな点と申せましょう。
教育講演とともにランチョンセミナーは臨床のなかに最近ますます入り込んでくる遺伝子関連の内容を手短に把握するための格好の場といえます。
新緑の5月は、明日の診療に役立つ教育講演とランチョンセミナーに、ぜひおさそいあわせのうえ東京国際フォーラムにお越しください。