DIABETES NEWS No.48
    No.48
     1996 
     WINTER 
 

「糖尿病悪化の4つの原因」
 ユダヤ5000年の歴史の中の聖典として有名なタルムードの中に、老化を早める4つの原因は、怖れ、怒り、子供、悪妻であるという項があります。普遍の真理だとは思えませんが、ある人にとっては、言い得て妙なのかもしれません。
 私はこれをもじって、糖尿病を悪化させる4つの原因として、過食、アルコール、無知、無運動をあげています。糖尿病であることが解っていても、症状がないのをいいことに、食べすぎ、飲みすぎに明け暮れ、運動はしない、糖尿病に対する知識も殆ど持合わせていないといった方々の中に、腎臓機能不全に陥るかたが多いように思います。
 肥満しないように過食をつつしみ、適度の運動もし、HbA1Cの高値を無視すると最終的には腎不全になってしまうといった知識を持合わせている人々に、合併症が出現することは殆どありません。

著増する人工透析患者さん
 糖尿病の中でも人工透析を必要とする合併症は、個人の大事な社会生活をいちじるしく阻害します。現在わが国で、糖尿病のため新たに人工透析を必要とするにいたる患者さんは年間8000人以上に達していることが、日本透析療法学会から報告されています。透析を始めた方々に、どうしてここまで放っておいたのかをたずねると、決まったように、血糖値を高いままに放置しておくと腎不全になることを知らなかったと答えます。ある糖尿病の専門家が名言を吐きました。「糖尿病で身体障害になってはいけません」と。これにはよい医療と患者さんの知識が必要です。

大市民講座の開催へ向けて
 1997年5月、私は日本糖尿病学会の年次学術集会の会長をつとめます。そのときには、一般市民を対象に、糖尿病予防、腎症予防のための大市民講座を開こうと思っています。予防と治療の基礎知識や最新情報についての講演のほか、国際的に活躍しているオペラ歌手の岡村喬生氏と林康子氏が友情出演し、皆で楽しめる日本の歌、世界の歌を歌ってくださる予定です。皆さんこぞってご参加くださり、よく学びよく楽しんでください。
 


レーザーとコンピューターを使った医療機器
 最近の眼科領域における診断技術と治療技術の変遷には、当事者である我々でさえ目を見張るものがあります。ここ数年の診断技術の進歩には、レーザーとコンピューターを駆使した医療機器の開発があげられます。
 これらは、レーザー光の特性を生かして、眼内の様々な所見を拾い上げ、この所見をコンピューターで解析する診断装置です。網膜血管の血流速度を測定するレーザードップラ法やレーザースペックル法、網膜表面の形状を解析する走査レーザー検眼鏡、網膜の厚みを測定する網膜厚解析装置などがあげられます。これらの機器は、多くの眼科疾患において臨床診断のみならず、病態生理の解明にまで大きな役割を果たしています。

糖尿病網膜症への応用例
 糖尿病網膜症を一例にあげますと、病期の進行とともに網膜血管の血流が減少することが、これらの診断装置の使用により明らかにされています。また、網膜光凝固療法は網膜循環のみならず脈絡膜循環にも影響を与えることや、糖尿病黄斑浮腫に硝子体の牽引が関与しているなど、数々の興味深い知見が得られています。今後、糖尿病網膜症の病態を解明する新知見が次々と生み出されるものと思われます。

眼底写真や蛍光眼底写真のデジタル化
 もうひとつの眼科領域での診断技術の進歩に、眼底写真や蛍光眼底写真のデジタル化があげられます。デジタル化によってコンピューターによる応用自在な画像解析が可能となり、より繊細な情報が多く得られるようになりました。今後は、3Dグラフィックスやデジタルビデオディスク(DVD)の技術が加わり、さらなる発展が期待されます。
 とくに眼底写真に関しては、カラー画像である上に、1020×768ドット以上の解像能が必要とされ、糖尿病患者数を考慮しますと、これによる記憶容量は想像を絶するものがありました。しかし、最近の大容量メディアの出現によって、その臨床応用が可能となりつつあります。
 またインターネットを利用すれば、場所も限定されずに、患者個人個人の糖尿病網膜症の病態を経時的に管理することができます。さらに、その情報を画像解析することで、内科的管理をはじめとして、網膜光凝固療法を主体とする眼科的治療まで、糖尿病網膜症の管理がより確実に行われることが期待されます。

ソフト面の充実に向けて
 しかしながら、いくらハードの面での進歩があっても、それを利用する方のソフトの面が対応していかなければ、有益な結果は得られません。糖尿病センターは、あらゆる面において環境に恵まれており、ソフトの面を充実させることが充分可能と思われます。我々はその実現に向かって日夜努力をしております。
 


 糖尿病患者さんにとって、冬は熱傷の季節でもあります。日本では伝統的にこたつやストーブ、あんかなどの暖房器具を利用することが多い上、糖尿病では神経障害による知覚低下が多いため、熱傷の危険が一層強まります。

低温熱傷とは
 一般家庭用暖房器具による熱傷では低温熱傷が多くみられます。低温熱傷とは、41~50度の比較的低温で生じる熱傷のことで、温度や時間や接触圧力などの外的要因のほか、患者の意識状態や神経障害などの内的要因も影響します。高温熱傷に比べ、皮膚の障害深度が深いのが特徴とされ、術中患者、泥酔、老人等でしばしばみられます。

糖尿病に多い低温熱傷
 低温熱傷が糖尿病に多い理由には、1) 神経障害による知覚低下のため、熱傷時の疼痛回避反応が遅延する、2) 皮膚の微小循環障害や発汗障害による皮膚脆弱性があること、3) やせた患者では皮下脂肪が少なく、外圧を受けやすいことなどが考えられます。
 従って、冬に多い暖房器具による熱傷を予防するためには、次のような日常生活上の注意が必要です。糖尿病患者さんは睡眠時に電気コタツやアンカを使用しない。覚醒時でも、注意がほかに向いているときは痛みに気付かず、低温熱傷をおこすことがあります。高速道路運転中に背中に当てておいた局所暖房具で、低温熱傷をみた例がありました。また、足先が寒いからと靴の中に入れておいた局所暖房具で、足先に低温熱傷をみた例がありました。
 最も熱傷をおこし易い危険なタイプは、高度な神経障害のため無痛覚症となっている患者さんです。糖尿病では足先の神経が最も障害されやすいので、足先の痛覚検査が大切です。痛覚が高度に低下している患者さんは低温熱傷のみならず、高温熱傷も起こし易いので、私たちはこたつやストーブ、あんかは使用せず、暖房は部屋全体を暖めるように指導しています。

糖尿病患者における熱傷の予後
 低温熱傷では皮膚の真皮層が障害され易いため、一般に難治性です。特に血糖コントロールの悪い患者さんでは、免疫能低下や易感染性も加わり、足先や足底部では皮膚潰瘍から壊疽に進行することもあります。しかし、足首から上の熱傷で、血糖コントロールの良い患者さんでは、熱傷後の消毒や処置を怠らず行えば、一般に予後は良好です。足首から上では末梢循環障害も少ないためと考えます。
 熱傷の予防や治療の上でも、糖尿病では血糖コントロールが最も基本になります。

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