DIABETES NEWS No.46
    No.46
     1996 
     SUMMER 
 

西田幾太郎の和歌
 日本の切手には人物像が少ないといわれていましたが、最近、与謝野晶子や仁科芳雄、関孝和など、急に人物切手が多く出まわるようになりました。その中の一つに西田幾太郎があります。彼は西田哲学とよばれる高邁な独自の哲学を啓発し、『善の研究』などの著書で知られていますが、この肖像の横に"わが心深き底ありも憂の波もとどかじとおもふ"という和歌がついています。哲学者の切手になぜ和歌がついているのか大変不思議に思っていましたが、ようやくその謎が解けました。
 禅を取り入れ、束洋思想をもりこんだ西田哲学を作り上げる過程で、彼は、はかり知れない悲しみに遭遇したのです。妻が病に倒れ、愛息が夭折し、愛娘二人がチフスで枕をならべました。この和歌はその時の苦悩の呻吟であったのです。家族が病気になったときのつらさは、本人以上の辛酸ではないかと、かねがね私は思っています。

若年発症、合併症を伴ったNIDDMの増加
 最近、私達の糖尿病センターに、若年発症、それも10歳代でインスリン非依存型糖尿病が発見されながら、そのまま放置し、腎不全に陥ってから紹介されて来院する患者さんが増えています。センターに来院した時すでに増殖網膜症をもっていて、同時に腎症も併発している若者は今年1月までに104名にも達しました。
 彼らは大人のタイプの糖尿病 NIDDM ですから、糖尿病と診断されても症状がないため、糖尿病を恐れることなく放置してしまうのです。症状がなくても高血糖は容赦なく網膜や腎を犯し、さらに動脈硬化を助長して、下肢を切断しなければならない程の重症壊疽をもつ患者さんさえいます。

本人はもとより家族の悲嘆を想って
 視力が低下し、両足を切断後、血液透析をしなければならない若者自身の人生は、この上なくきびしいものです。また、ご家族の悲嘆はいかばかりでありましょうか。どのようにして、この悲劇を予防すればよいか考えさせられる毎日であります。
 


 従来より肥満は主として過食と運動不足によって起るものと考えられてきましたが、一部に遺伝因子の関与も推測されておりました。最近、肥満遺伝子(ob遺伝子)が発見され、この方面の研究が急速に進んでいます。肥満は NIDDM 発症の最大の誘因とされていますので、肥満遺伝子の異常が NIDDM の発症に関与するか否かは興味のもたれるところです。

肥満遺伝子とレプチン
 1994年12月米国ロックフェラー大学の研究グループ(Friedman 教授ら)は高度肥満マウス(ob/ob)における遺伝子欠損をみとめ、ヒトの肥満関連遺伝子を発見したと報告しました。そして体重減少を促がす蛋白を遺伝子操作で合成し、これを obマウスに注射したところ著明な体重減少をみとめました。そこでこの体重減少を促す肥満遺伝子蛋白をレプチンと名づけました。ob遺伝子の産物であるレプチンは脂肪細胞から分泌されるホルモンです。

ヒト体内でのレプチン量
 マウスで発見された ob遺伝子とそれがコードする蛋白のレプチンは、人の体内ではマウスとは異っていることがわかりました。
 トーマス・ジェファーソン大学の Considine 博士らは肥満者139名(平均BMI=35)と標準体重の136名(平均BMI=23)のレプチン血中濃度をラジオイムノアッセイ法で測定し、肥満群では平均 31.3ng/mL で、標準体重群の 7.5ng/mLに比し高値であることを報告しました。この結果は ob/obマウスにおけるレプチン低値という成績とは全く逆の結果でした。また氏等はレプチン値と体脂肪率の間に強い相関関係をみとめました。
 これにより肥満者ではレプチンは多く産生されますが、それが十分に機能していないことが考えられます。視床下部でのレプチン感受性の低下が存在するのかもしれません。NIDDM におけるレプチンの研究はこれから始まると思われます。

βアドレナリン受容体遺伝子と肥満
 脂肪細胞にはエネルギーを中性脂肪の形で貯蔵する白色細胞と、余分のエネルギーを熱として体外へ放散する作用をもつ褐色細胞があります。後者は肩胛骨間や腎周囲に存在しますが人では微量です。この熱産生はβ-アドレナリン受容体によって調節されると考えられます。
 近年この受容体の64番目のトリプトファンがアルギニンに変換(Trp 64 Arg変異)した者に著明な肥満や、インスリン抵抗性がみられたと報告されました。従ってこの遺伝子異常をもつ者は将来 NIDDM になりやすい可能性が考えられますので、早期から食事制限や運動療法を行って、肥満にならないように注意しなければなりません。
 以上、NIDDM における肥満の原因遺伝子の役割については、今後の研究で解明されていくものと期待されます。
 


神経障害と血管障害
 糖尿病性インポテンスとは糖尿病が原因で起こるインポテンス(勃起不全)のことです。その要因として、従来から神経障害と血管障害が指摘されています。血管障害は陰茎動脈硬化と、陰茎白膜の障害による静脈血の漏れが主です。これらの要因に心理的因子が加わって、糖尿病性インポテンスが発症すると考えられていますが、神経障害も血管障害も元来、糖尿病性合併症ですから、根本的原因は長年にわたる高血糖状態と言えます。
 男子糖尿病患者の3~6割にインポテンスがあると言われており、健常人よりも明らかに高い頻度です。しかし、そのすべてが糖尿病性インポテンスとは限りません。

糖尿病以外の原因の除外
 まず、利尿降圧剤、抗潰瘍薬、制吐剤、抗ヒスタミン薬、ホルモン剤、精神安定剤などによる薬剤性インポテンスが疑われるときは、その薬を変更または中止して、経過観察します。
 長年の飲酒や喫煙は勃起機能を低下させます。喫煙はたとえ1本でも勃起力が弱める作用がありますので注意します。
 次に、内分泌性インポテンスを否定するため、男性ホルモンやプロラクチンを測定しますが、その異常頻度は非常に稀です。
 明らかな心因や早朝勃起を認めたり、自慰での正常な勃起は心因性インポテンスが疑われ、向精神薬の性交前屯用でフォローします。
 以上の原因が否定された場合、糖尿病性インポテンスが考えられます。ある程度勃起するが十分硬くならない。硬くなってもすぐ萎えてしまうことが多い。性欲は当初保たれていても、徐々に低下し、やがで性の関心も消えて行くようです。しかし、夜間睡眠中の生理的勃起反応をみますと、半数は正常でした。そして、その結果を示すだけでインポテンスが治る人もおりますが、多くは難治性で、血糖をコントロールしても改善しません。

三つの治療法
 糖尿病性インポテンスの治療は現在3つあります。1つは陰茎海綿体内注射法ですが、患者さんによる自己注射は、まだ日本では認められていません。
 2つ目は陰圧式勃起補助具です。これは陰茎をプラスチック容器で密閉して、内の空気を吸引して陰圧にし、陰茎内に血液を充満させて勃起状態とし、陰茎根部をゴムで圧迫して、勃起を持続させる方法です。勃起はするがすぐ萎えてしまうという糖尿病者や高齢者に向いています。この方法は安全、簡便で、繰り返し使用できますが、30分以上陰茎をゴムで圧迫しないように注意します。
 以上2つの方法は多少技巧を要し、誰でもすぐできるものではありません。3つ目の方法は、最も確実な手術療法で、血管外科手術と補助具を陰茎内に挿入する手術とがあります。いずれも信頼のおける病院で、血糖を正常化した状態で行うことを勧めます。
 インポテンス患者さんの多くは飲み薬による治療を希望します。しかし、現在有効な飲み薬はありません。従って、糖尿病では早期から血糖の正常化に努めなければなりません。

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