DIABETES NEWS No.45
    No.45
     1996 
     SPRING 
 

DCCTの成果
 昨年から一昨年にかけて有名になった DCCT(Diabetes Control and Complications Trial、血糖コントロールと合併症に関する研究)という言葉は、まだ皆さんの耳に残っていると思います。この研究については、以前にもここに何度か書いています。10年間180億円かけて遂行されたアメリカのこの研究調査は、その壮大さ、緻密さ、緊密なチームワークの結集として、その成果が世界中の糖尿専門医を驚かせたのです。
 インスリン依存型糖尿病1400余名を 700名づつ二つの群に分けて、一方は、従来通り、1日1~2回の注射で治療しました。残りの 700名はインスリン強化療法といって、1日3~4回の頻回注射と、あるいは皮下インスリン持続注入法で注射をし、それに血糖自己測定を行わせました。その結果、10年間 HbA1Cが平均7.1%という結果となり、神経障害、網膜症、腎症を著しく減少させたというものです。臨床研究における HbA1C目標値は6%以下でした。
 これに反し、従来法では平均 HbA1C9%以上で、各合併症は増加の一途をたどるということが明らかにされたわけです。糖尿病の合併症予防には、血糖コントロールが第一義であることは誰しも認めるところですが、アメリカの DCCT ほど、そのことを如実に示した調査研究はありません。

日本でも始まる全国規模調査
 このたび、わが国でも日本の糖尿病の 95%を占めるインスリン非依存型糖尿病に対して、コントロールをよくして、どれだけ合併症を予防し得るかを調べる研究がはじまりました。
 厚生省が6年間研究費を支援して、コントロールを HbA1C6%以下に保つ努力をし、どれだけ網膜症や腎症、動脈硬化の出現を阻止し得るか、全国規模で 2000例を対象に行われます。正式の研究名は「糖尿病における血管合併症の発症予防と進展抑制に関する調査」といいます。
 この調査への参加に選ばれた方は、血糖コントロールだけでなく、タバコや運動などライフスタイルの見直しまで、中央事務局が干渉することになっています。この調査研究参加者だけでなく、病院への受診者全員の治療目標も HbA1C6%以下です。
 


糖尿病透析患者の増加
 糖尿病性腎症での透析導入者は、1983年新規導入者が1,583名で、全新規導入者中15.6%でしたが、1994年度には 7,376名(30.7%)と、4.7倍に増加しています。透析患者の実質医療費は、厚生省の報告によると年間1人 550万円とされており、糖尿病性腎症では網膜症、神経障害、壊疽、心筋梗塞、脳梗塞などの重症合併症を複数併発しているので、さらに多額の医療費が必要と推定されます。今後も導入者の増加が続くと考えられ、医療上のみならず、社会的にも経済的にも大きな問題となっています。

顕性腎症期(尿蛋白持続陽性)以降の注意
 当センター横山らの IDDM での調査では、持続性蛋白尿出現から10年で 60%が腎不全(血清クレアチニン≧2mg/dL)となり、その後平均2年で透析に至るとしています。NIDDM での進行は幾分遅い可能性がありますが、持続性蛋白尿が出たことは透析につながる重要な事実と、医師も患者も明確に認識することが必要です。

腎症進展を遅らせるには
 微量アルブミン尿期から厳格に血糖・血圧コントロールを行い、過剰な蛋白摂取を避けることが理想的です。またすでに顕性腎症期に入っていてもこれらのことが基本となります。
血糖コントロールのみでは顕性腎症期の腎症進行は予防出来ないとされていますが、顕性腎症前期では血糖改善で蛋白尿の減少を見る者もあり、他の併発症を予防する上からも血糖コントロールは重要です。近年ペン型インスリン製剤の開発や、簡易血糖自己測定機の進歩や健保適用など、コントロールをし易い状況になりました。出来るだけ正常に近い HbA1Cを保つ努力が必要です。
血圧コントロールは顕性腎症期には極めて重要です。最近、特に若年から中年にかけての至適血圧は収縮期圧<120mmHg、拡張期圧<80mmHg とされており、そこを越えると末期腎不全への進展が確実に増えるとの報告もあります。高齢者は別ですが、血圧についても厳格なコントロールが求められるようになっています。血圧自己測定は至適な降圧薬の投与に有益です。
蛋白制限食  蛋白摂取が多いと腎糸球体を過剰濾過に導き、残存腎機能を悪化させるとされています。糖尿病発症直後から、肉など蛋白に偏った食習慣は是正が必要で、微量アルブミン尿期からは 0.8~1g/kg 前後の蛋白制限が必要です。
腎不全期の注意  すでに透析が近い腎不全でも、自覚症状がないので、透析を逃れようと、民間療法に走ったり、入院を延ばしているうちに腎不全から心不全、肺水腫や肺炎など極めて重篤な併発症で緊急入院する方があります。糖尿病性腎症は溢水を来しやすく、血清クレアチニンが4mg/dL を越えてからは急速に進行する危険が大です。自覚症状に頼る事なく、計画導入を行うのが安全です。
 


血管新生緑内障とは
 失明に至る恐れのある糖尿病綱膜症の末期症状として、牽引性網膜剥離とともに血管新生緑内障があります。増殖網膜症のような重症網膜症の時期に、血管新生緑内障やその前段階である、新生血管が虹彩面上に存在するいわゆる虹彩ルベオーシスが発生します。特に蛍光眼底撮影にて広範に網膜の無血管野がみられる場合に、虚血網膜から血管新生因子が産生され、網膜だけでなく前眼部にも新生血管が生じることが病変の基盤となります。
 それら新生血管に伴う線維性増殖物が前房水の排出口である隅角線維柱帯を覆うばかりではなく、虹彩根部を線維柱帯側に牽引、癒着させた結果、線維柱帯、シュレム氏管孔を閉塞させてしまうという機序をとります。そのため隅角閉塞による房水の排出不全により、高眼圧が発生し、その期間が長ければ視野や視力に影響を及ぼす続発性緑内障へと進展してしまいます。

虹彩ルベオーシス、血管新生緑内障の症状と診断
 血管新生緑内障の前段階であり、臨床的には虹彩の瞳孔縁に最初に新生血管が見られることが多い虹彩ルベオーシスの所見を見つけだすことが肝要です。失明にも至る可能性もある血管新生緑内障も初期には症状が乏しく、軽度の球結膜の充血のため結膜炎と診断されたりすることがあります。

血管新生緑内障の治療
 眼圧が正常で虹彩ルベオーシスの段階である場合はもちろんのこと、軽度に眼圧が上昇している場合でも第一に汎網膜光凝固術を徹底的に行うことが治療の基本となります。白内障や硝子体出血等で中間透光体に混濁がある場合は、網膜冷凍凝固術を行います。
硝子体手術
 以前には、虹彩ルベオーシス症例や血管新生緑内障症例では硝子体手術は禁忌と考えられていました。しかし硝子体手術中に眼内レーザーを施行することにより、虹彩ルベオーシス症例での硝子体手術成績は糖尿病網膜症全体の手術成績と同様に、80%近くの成功率が期待でき、またすでに血管新生緑内障に進展してしまった症例でも、隅角閉塞の割合が少ない場合は良好の成績が報告されています。
濾過手術と毛様体破壊手術
 硝子体手術の適応(網膜剥離や硝子体出血)がなく、薬物で眼圧がコントロールできない血管新生緑内障例では、濾過手術または房水産生を低下させるための毛様体破壊手術が行われます。濾過手術ではマイトマイシンCの併用にて手術成績が向上していますが、新生血管の活動性が高い例では、毛様体破壊手術が必要となります。その方法として毛様体冷凍凝固術が一般的ですが、定量性に乏しい等の欠点があり、それに代わり最近では半導体レーザーを使用した毛様体破壊手術が行われ、安全性の向上がみられるようになりました。
 以上のように手術法の改良がなされていますが、未だに失明に至る例もあり、血管新生緑内障まで進展させないように網膜症の管理を行うことが最重要なことは変わりありません。

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