DIABETES NEWS No.44
    No.44
     1995 
     WINTER 
 

早朝の湿原を目のあたりにして
 糖尿病と妊娠の問題についての講義を依頼されて、遠い釧路に出かけた。目の廻るような過密スケジュールの中にあったが、せっかくここまで来たからには、ラムサール条約によって世界の遺産として保存されることに決まった地球の宝、釧路の湿原を是非見ておきたいと思った。朝5時起きをして、夜明けの釧路湿原大展望台に立った。
 軽く、もやがかかった幻想的な広い原野は、もう枯れ色につつまれて秋の気配で、その原野をうねうねと大きく釧路川が蛇行している。はるか彼方に山の峯か雲の層か判然としない頂が、うっすらと望まれる。ここが雪の原野に変わった時は、鶴が舞い立ち、また、ひとしお美しいときいている。

無用の長物から地球の宝に
 タクシーの運転手さんが「この広い湿原は、農作物は出来ないし、家は建たないし、全くどうしようもない無用の長物だと今まで考えられていたものです。それが地球の尊い遺産になったのだから、すぐれた人の物の見方や考え方は大したものですね」と言った。
 鳥がさえずり、何百種類の植物が繁茂し、生物が群れて繁殖する広大な景観は、人々の心をなごませ楽しませる。この湿原を次の世代へ継代していく遺産に指定したとは、すばらしい感覚である。

合併症予防知識の全国的普及を願って
 今、糖尿病の世界では、足壊疽をもつ症例が増え、血液透析を必要とする腎不全の患者さんが年々増加している。この恐ろしい合併症の進展のもとは、長い間無症状に経過するインスリン非依存型糖尿病を、症状がないから糖尿病でないとあなどって過ごした結果と、糖尿病に対する知識の欠如であった。血液透析は、血管の石灰化を助長し、動脈硬化を促進するばかりでなく、国家の医療財政も、個人の社会生活も大きくそこなう。
 糖尿病学会も厚生省も、合併症予防に今、猛然と立ち上がっている。湿原を地球の遺産にかえたような超スピードで腎症を予防し得る体制が、一刻も早く日本中にゆき渡ってほしいものである。
 


年末・年始は糖尿病患者さんの魔の季節
 年の瀬も迫ってきましたが、これから数ヵ月間は糖尿病患者さんにとって最もコントロールのむつかしい季節です。
 11月頃から種々のサークルによる忘年会が始まり、年越、正月、新年会と飲食の機会が続きます。人によってはこれらの会に立てつづけに出席する人も少くありません。その上、寒さが増し、休日は家に閉じこもりがちで運動が不足しがちです。感冒がしばしば流行し、高血糖とも相まって一年を通じて糖尿病性ケトアシドーシスによる昏睡が発症しやすい時期となります。糖尿病患者さんの診療に従事する医師としては誰でも感ずることですが、年が明けて患者さんを診察すると大部分の患者さんは体重が増加し、HbA1Cが高値になっています。これらの変化はどの程度のものか実際に調べた成績は今までありませんでした。

HbA1Cと体重の変化
 私達は東京女子医大糖尿病センターの外来に通院中の新患患者66名につき(入院患者さんを除く)、10月から翌年の6月までの毎月の HbA1Cと体重の変化を四年間継続して調べてみました。男性38名、女性28名、平均年齢は各々54±2歳と56±2歳です。66名の治療状況はインスリン注射16名、血糖降下剤25名、食事療法25名です。
糖尿病患者さんの年末年始の HbA1Cと体重の変化
 図は第1年度の月別の HbA1cと体重の変化を示しています。この図をみてもわかるように、10月を起点とすると12月には明らかに HbA1Cは増加し(統計的には11月ですでに有意に増加)し、1月~3月と高値を維持し、6月でも高値となっています。体重は冬期における着服の増加もありますが3月でも有意に高値となっておりました。
 HbA1Cは2月には平均0.35%増加し(10月と比較)、体重は3月において平均0.6kg の肥満を認めています。この増加パターンはどの年もほぼ同じ傾向です。

食事は巌しく、運動は積極的に
 重要なことはこの増加パターンが約半年近くも続くことで、糖尿病合併症予防のために血糖コントロールが厳しく説かれている折、この点を改善することも非常に大切なことです。年末・年始の食事には巌しく接し、運動を積極的にすすめましょう。
 


 インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)患者の多くは肥満を伴っており、減量によって血糖コントロールが良好になることはよく知られた事実です。しかしながら日常の臨床では、食事指導や運動指導をくりかえし行っても、なかなか実践が伴わず苦労することが決して少なくありません。

マジンドール使用のこころみ
 肥満をもつ糖尿病患者に高血糖を是正するために SU剤やインスリンを使用しますと、血糖コントロールは容易に出来ますが、体重がますます増加してしまいます。しかし実際には食事療法を励行して、体重の減少をはかることが先決です。そこで私どもは、肥満患者に中枢性食欲抑制剤・マジンドールを少量使用してみました。少量ですから副作用はほとんどありませんでした。
 マジンドールを昼食前または後に1錠(0.5mg)投与して、夕食の摂取量を減らすように指導しました。その結果、マジンドールにより異常な摂食行動は抑制されて、3ヵ月後体重は5%減少し、HbA1Cも約1%低下しました。また若年者の単純肥満では、よりよい成績で10%の減少率でした。

α-グルコシダーゼ阻害剤の使用
 食後の高血糖改善薬として用いられるα-グルコシダーゼ阻害剤は、腹部膨満感をもたらすことがありますので、肥満 NIDDM には適当な薬物と考えられます。しかしながら減量効果は望めませんので、症例によってはマジンドールの併用も考えられます。
 その一例ですが、巨大肥満男性(身長180cm、体重230kg)に、高血糖(食後2時間値600mg/dL)のためインスリン注射を導入しました。インスリン量は1日100単位使用で、体重も全く減らないので、マジンドール2錠とグルコバイ3錠を併用し、現在インスリンを減量中です。

インスリン抵抗性改善薬への期待
 本年12月より発売が予定されているトログリタゾン(ノスカール)は、インスリン抵抗性をもつ肥満 NIDDM によい適応となる薬物と考えられます。
 今後、肥満 NIDDM の治療には、トログリタゾン、α-グルコシダーゼ阻害剤、マジンドールなどをうまく組合せて使用することが可能です。主治医による症状に合わせた適切な薬物の選択が望まれます。

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