DIABETES NEWS No.43
    No.43
     1995 
     AUTUMN 
 

当センターがお世話する二つの行事
 秋の気配が感じられる頃になると、粋人なら冴え渡る月の光に心をうばわれることであろうが、私達は秋が近づくと、糖尿病週間と糖尿病予防キャンペーンのことが気になってくる。今年は偶然なことから、この二つのイベントを東京女子医大糖尿病センターがお世話することになっている。
 糖尿病週間は、1965年、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会の共催ではじめて実施されてから、すでに31年を経過し、長い歴史をもっている。しかし、毎年秋に糖尿病撲滅の願いをこめて、こんな行事が行われていることを知っている人は意外に少ない。糖尿病財団と厚生省が共催で行っている糖尿病予防キャンペーンも、今年は第3回目になる。人々の中から糖尿病を予防し、国民病としての増加をくい止めようという大前提に立った活動が行われているが、一般にはまだあまり知られていない。

糖尿病予防の二つの意味
 糖尿病予防という意味は、一般 population の中から、糖尿病発症を未然に防止することと、すでに糖尿病のある方にとっては、細小血管合併症とよばれる種々な合併症を予防することの二つの意味をもっている。
 糖尿病を予防しようという私達の願いとは裏腹に、糖尿病で腎症が進行し透析をしなければならない人、透析なるが故に下肢動脈が石灰化し、足趾が黒色壊死になって無惨な合併症をもった若者などあとをたたない。

キャンペーンの効果を期待して
 合併症を予防し得る HbA1Cのレベルは6%以下であることを診療の現場で私達は強調しつづけている。発症直後すぐ患者教育をうけて糖尿病の何たるかを知っている人は HbA1Cレベルを6~7%に保つことはそう難しいことではない。しかし、長年治療を放置して HbA1C10%以上のコントロール不良を続けてきた人の治療は難しい。
 糖尿病週間と予防キャンペーンの行事企画の内容はお知らせ欄(第4頁)に載っている(ホームページ上では省略)。各々指折りの名講演者ばかりであるから、診察室とはちがう角度で、これらの患者さんへの予防キャンペーンの効果を期待している。
 


糖尿病性神経障害の診断
 腱反射の消失や神経症状があるからといって、糖尿病性神経障害と診断することはできません。脳、脊椎、手・足根管症候群、虚血性神経障害、アルコール性神経障害、癌性ノイロパチーなどを否定する必要があり、詳細な問診や神経学的診察、脊椎Xp、足背動脈触知、癌の検索などを行います。
 治療の基本は血糖コントロールと運動ですが、糖尿病放置例や10年以上の高血糖持続例では治療後神経障害(Post treatment neuropathy)に注意して徐々に HbA1Cの改善を月1%以内にコントロールします。

有痛性糖尿病性神経障害の治療
(1)不安の除去
 糖尿病性神経障害は一般に無症状で、末梢優位の知覚低下を示す例が多く、一部に痛覚過敏や異常知覚を呈する例があります。痛みやしびれを伴った有痛性糖尿病性神経障害の治療では、その苦痛が一生続くのではという不安をとることがポイントです。
「末梢神経は障害されても、血糖コントロールが良く、適度な運動をすれば、必ず再生し、治ります。しかし、神経の再生には時間がかかるので、痛みを和らげる薬を出しましょう」と説明します。
 入院は不安を軽減させる効用がある反面、症状に気がとらわれ、運動量も少なくなり、難治性となることもあり、注意を要します。
(2)投薬のポイント
 昼も夜も気になり、睡眠障害がある場合はメキシチール150~300mg3xn+睡眠剤、神経症状のほかに抑欝が強い場合はメキシチール+テシプール1~3mg1x 夕食後、我慢できない激痛ではメキシチール+フルメジン1~2mg+トフラニール 25~50mg1x 夕食後、それでも無効ならば、糖尿病以外の原因を考えて、再度精査して下さい。
 メキシチールは抗不整脈剤ですが、現在適応拡大のため治験中です。
 アルドース還元酵素阻害薬は基本的には神経障害の治療薬というより予防薬で、即効性はありません。高度な神経障害や治療後有痛性神経障害の治療には向かないと思います。
(3)対症療法としての投薬
 糖尿病性自律神経障害の根本的治療は初期の場合を除き困難ですが、各々対症療法があり、治った状態にすることは可能です。
 糖尿病性下痢はロペミン2~6cap2x(食前が効果的)+一般的止痢剤。
 弛緩性膀胱は一定時間毎に下腹部を圧迫させて完全排尿させ、ウブレチド2~4T2x、または時間毎の自己導尿。
 胃アトニーはアセナリン3~6T+消化酵素剤3xVde またはエリスロマイシン 200mg/30分点滴静注か、600mg3x 経口投与。
 起立性低血圧は朝起床前に手足の屈伸運動とメトリジン2mg の内服を指示し、臥位高血圧を有する起立性低血圧は頭位挙上して就寝させ、カルビスケンR1T1x 就寝前投与。
 副作用や禁忌に注意し、くわしくは東京女子医大糖尿病センター編『糖尿病の治療マニュアル』(医歯薬出版)を参照してください。
 


I型糖尿病と自己免疫機序
 I型糖尿病の発症に自己免疫機序が大きく関与していることは、膵ランゲルハンス島炎や膵ランゲルハンス島自己抗体(Islet cell antibody:ICA)、インスリン自己抗体(Insulin autoantibody:IAA)、64K抗体などの膵特異的自己抗体の存在から、すでに周知の事実となりました。
 1990年に Baekkeskov という女性研究者の地道な研究によりI型糖尿病の64K抗体の標的抗原がグルタミン酸脱炭酸酵素(Glutamic acid decarboxylase:GAD)であることがセンセーショナルに発表されました。その後急速に研究がすすみ、欧米でも日本でもI型糖尿病の発症時には患者さんの80%近くは抗 GAD 抗体陽性であることがわかってきました。

抗GAD抗体測定のキット化
 抗 GAD 抗体は ICA とも相関するため、ICA の一部とも認識されてきています。抗 GAD 抗体測定がキット化されました。そのため、昨今、施設間の測定誤差がほとんど無視できること、本測定が ICA より高感度の測定であることにたいへん魅力があります。I型糖尿病のハイリスク群の発症予知にたいへん有用であるといえましょう。
 また、I型糖尿病の動物モデルのごく幼少時に GAD を投与すると発症頻度が著減することもわかってきました。将来のI型糖尿病の発症予防も夢ではなくなってきたわけです。

治療のための測定にも応用
 抗 GAD 自己抗体の測定はI型糖尿病の診断ばかりではなく、一見 II 型糖尿病と思われる糖尿病にも測定する価値があると考えられてきています。
 ご承知のように日本にはやせ型で内因性インスリン分泌能が低下してインスリン治療が必要となる II 型糖尿病が欧米に比し多く存在します。このような糖尿病は II 型の内因性インスリン保持群より高率(10数%)に本抗体が陽性であることがわかりました。 II 型糖尿病と考えられる症例にも自己免疫機序を基盤としたI型糖尿病が混入していると思われます。
 II 型のなかのI型糖尿病の予知が GAD 抗体を測定することによりまた可能となります。このような症例には積極的にインスリン治療が必要です。

日本でも本年中に発売の予定
 抗 GAD 抗体測定キットの開発は世界とならんで日本でも独自におこなわれました。本邦のキットの精度も第1回、第2回の国際 GAD ワークショップで折り紙がつけられました。本キットは本年中には発売されるときいています。

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