DIABETES NEWS No.42
    No.42
     1995 
     SUMMER 
 

ネパールの国際シンポジウムに参加して
 3月下旬、国際協力事業団 JICA の要請で、美しく白いヒマラヤの高峰をいただく神々の国ネパールに行きました。そこのトリブバン大学主催の国際糖尿病シンポジウムに参加したのです。トリブバン大学は、JICA の協力、支援で出来た大学ですから、この国際糖尿病シンポジウムも JICA の医療協力事業の一つとして行われたものです。国際シンポジウムといっても、決して欧米志向でなく、インド、パキスタン、バングラディシュ、スリランカ、ネパール、と日本の交流で、日本から3人の演者が招かれました。

発展途上国に教えられたこと
 主催国ネパール王国の依頼に応じて、私達はわが国の糖尿病治療上のハイライト、疫学、糖尿病妊婦の管理、小児糖尿病の治療などを発表しましたが、逆に栄養不良関連糖尿病などいろいろ教えられました。
 ネパールには未だに戸籍がなく、大臣といえども確実な年齢は不詳です。家庭内出産より、病院で出生する人が少しずつ増えていましたが、それでも届出の法規がないので、正確な年齢はわからないようです。
 私達が大学病院を見学したとき、出生したばかりの赤ちゃんがコットにごろりと寝かされて、声高らかに泣いていました。かなり長いこと放置されて、そこで元気よく生きのびると、はじめて生児としての処置を受けるということでした。

認められている糖尿病者の出産
 驚いたことに、それ程手荒い新生児の取り扱いをしていながら、糖尿病者の出産は拒否されることなく、きちんと認められていることでした。識字率が 30%という国で、すでに糖尿病者の妊娠が受け入れられているということに私は感動しました。
 わが国はネパールと比較にならないほど先進国ですが、糖尿病妊婦が死産になったという報告を未だにききます。また、最近、小児期発症 IDDM の男性が、20歳代で透析導入される例に何度も遭遇しました。このような不幸がなくなって、真の文化国家になることを心から祈念している次第です。
 


 糖尿病の治療に初めて経口血糖降下剤が用いられるようになって 40年近く経ちました。この間、経口剤治療の中心的役割を果してきた薬剤はスルホニル尿素剤です。しかし、1993年にはαグルコシダーゼ阻害剤が食後過血糖改善剤として認可され、糖尿病のコントロールの改善のために広く用いられるようになりました。さらに、インスリン抵抗性改善剤の開発も進み、すでに臨床試験を終了したものもあり、近い将来認可されるものと期待されています。

αグルコシダーゼ阻害薬の特徴と使い方
 αグルコシダーゼは小腸粘膜の表面に存在する酵素で、糖質の消化・吸収の最終段階で二糖類を単糖類に分解します。糖尿病では食事摂取後の迅速で十分なインスリン分泌を欠くために、食後の高血糖がひき起こされるのが特徴ですが、αグルコシダーゼ阻害剤はこの酵素の働きを阻害することによって小腸における糖質の分解・吸収を遅延させ、食後の過血糖を改善しようという薬剤です。わが国で用いられているαグルコシダーゼ阻害剤にはアカルボース(商品名:グルコバイ)とボグリボース(商品名:ベイスン)があります。
 αグルコシダーゼ阻害剤の適応としては、空腹時血糖はあまり高くないけれども食後血糖の上昇が著しい糖尿病患者、具体的には空腹時血糖は 140mg/dL以下で、食後血糖が 200mg/dL を超えるような症例がよい適応と考えられます。本剤は食前投与が必要で、食後に投与しても効果はありません。
 副作用としては、腹部膨満感や放屁がかなり高頻度にみとめられます。少量より開始する方が不快な副作用を少なくするといわれています。また、単独投与では、低血糖の心配はほとんどありませんが、SU剤やインスリンと併用した場合には、低血糖を起こす可能性があります。その場合には、砂糖を摂取しても低血糖からの回復が遅れることがあるので、ブドウ糖をあらかじめ渡しておくようにしてください。

インスリン抵抗性改善剤の登場
 インスリン抵抗性改善剤では、日本で開発されたトログリタゾンとピオグリタゾンの臨床試験が進められています。いずれもインスリン抵抗性を示す糖尿病モデル動物において、血糖と中性脂肪の低下作用がみとめられました。
 また、トログリタゾンは、ヒトにおいて食事療法単独または SU剤の治療でコントロールが不十分な NIDDM を対象とした臨床試験がすでに終了しました。その結果、本剤(1日400mg)の投与によって血糖や HbA1Cが有意に低下するとともに、中性脂肪の低下もみとめられました。今年中には一般に使用可能となる事が予想されています。
 こうした新しい作用機序をもった経口糖尿病薬の登場は、糖尿病の薬物療法の幅を広げることはまちがいありません。糖尿病の経口剤治療も成因や病態の多様性に応じて、作用機序の異なる薬剤を適切に用いることが要求される時代を迎えています。
 


妊娠時の糖代謝異常
 妊娠時には糖代謝異常が出現しやすくなります。これは胎盤でインスリンと反対の作用のあるインスリン拮抗ホルモンが作られることと胎盤でインスリンが分解されるためです。正常妊婦では妊娠がすすむとともに、母体の膵臓からインスリンが多く分泌され、血糖値は正常に保たれます。しかし需要にみあったインスリンを十分に分泌することの出来ない妊婦では血糖値が上昇します。
 妊娠前から糖尿病のある妊婦では糖尿病が悪化したり、妊娠前には糖尿病でなかった場合でも妊娠糖尿病といって糖尿病や軽度の糖代謝異常になることがあります。このようなリスクのある妊婦を表1に示しました。
 
表1 妊娠時の糖代謝異常のリスクファクター
(1) 糖尿病の家族歴のあるもの
(2)巨大児の分娩歴のあるもの
(3)先天奇形児の分娩歴のあるもの
(4)原因不明の流産・早産・死産歴のあるもの
(5)35歳以上のもの
(6)肥満者
(7)尿糖陽性者
 妊娠中の血糖値が高く糖尿病と診断される場合には、母体ではケトアシドーシス、糖尿病昏睡、妊娠中毒症、尿路感染症、胎児・新生児では巨大児、奇形、低血糖、呼吸障害、高ビリルビン血症、低カルシウム血症が起きやすく、最悪の場合には子宮内胎児死亡におちいります。このため糖尿病のある女性では計画妊娠をする必要があり、さらに糖尿病でなくとも妊娠時には糖代謝異常が起きているかどうかを調べる必要があります。

糖尿病調査事業研究班の成果
 私達は厚生省糖尿病調査研究事業の研究班員として、2,761名の妊婦で妊娠中の随時血糖値の測定を行い、妊娠糖尿病のスクリーニング法の確立を試みました。随時血糖値は妊娠初期、中期、後期とも 91%以上のほとんどの妊婦で 100mg/dL以下であるという結果を得、さらに随時血糖値が 100mg/dL以上の妊婦に 75gブドウ糖負荷試験を行い、約5%の妊婦に妊娠糖尿病を発見することが出来ました。現在我国では妊娠中には尿糖をチェックしていますが、今回妊娠中に糖代謝異常を発見した妊婦の半数以上では尿糖は陰性でした。
図1 妊娠糖尿病(GDM)のスクリーニング
 この結果を基に、糖代謝異常から母子の健康を守るために、私たちは妊娠初期、中期、後期に随時血糖値の判定を行い、随時血糖値が 100mg/dL以上の妊婦を糖代謝異常の疑いがあると考え、さらに 75gブドウ糖負荷試験を行うことにより妊娠中の糖代謝異常を発見するスクリーニング方法を推奨しています(図1)。

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