1952年オランダのライデンに始まり、3年に1回開かれている国際糖尿病会議が、今年11月6日から11日まで、神戸大学名誉教授・馬場茂明会長の下で盛大に開催された。
馬場教授以下組織委員をはじめとする関係各位の絶大な努力によって、108ヵ国、5000余名の参加者を擁して成功裡に終了した。活溌に討議された臨床研究や基礎的研究の発表雰囲気は次頁以下の報告から察知されよう。
ここでは、会期中ひそかな人気を博した国際糖尿病会議を記念した特殊切手についてご紹介したい。記念特殊切手の図柄は、平安貴族の藤原道長の肖像にインスリンの結晶を組み合わせたものである。道長は、貴族でありながら政治的権勢を誇り、3人の娘を皇后にしたことでも知られている。その喜びを「この世をば、わが世とぞ思う望月の、欠けたることの無しと思えば」と詠んだことや、源氏物語の光源氏のモデルとしても世に名高い。
道長は、自身の生活を『御堂関白記』に刻明に記している。これと藤原実資の書いた『小右記』で、道長が糖尿病であったことが証明されるという。つまり道長こそ文献にあらわれた日本で初めての糖尿病患者さんで、今から1000年前のことである。ヨーロッパには紀元前1500年前に書かれた多尿の治療法 Ebers Papyrus や、2000年前にカッパドキアのアレテウスが Diabetes と命名し、その病像を詳細に表わした著書が現存することを考え合わせれば、歴史に登場した日本の糖尿病はずいぶん後進であるといえる。
彼は、白内障と網膜症の出現によって視力を損ね、ついには敗血症により 61歳で死亡した。むろん当時糖尿病の治療はなかった。
現在、インスリンや内服薬による糖尿病の治療がすばらしく発達しているが、病気の存在を知らずに放置し、1000年前の道長と同じ経過をたどっている人がいかに多いことか。
この記念切手を通して、世界中の人々が糖尿病に関心をよせ、知識をもたれることを念願している。
第15回国際糖尿病会議が11月6日から11日までの6日間神戸国際会議場で開催され、世界各国から 5000人以上の参加者が集まり1679題の研究発表が行われました。本会議のスローガン"Preventing Diabetes - A Health Paradigm for the Next Century"のもと、糖尿病予防のための教育や遺伝子治療の将来についてなど多くの講演や討論がありました。その一部をここにご紹介します。
8日午前中に行われたパネルディスカッション「インスリン抵抗性症候群」では、この分野の著名な学者5名が一堂に会してインスリン抵抗性について意見を交わし、果たしてこれが糖尿病の発症を予知し、予防に役立つか否かを討論しました。
シンドロームXの提唱者 Reaven は冠動脈危険因子として従来のインスリン抵抗性、耐糖能異常、高インスリン血症、高血圧、高トリグリセリド血症、低HDL-コレステロール血症に高尿酸血症、小粒子 LDL の増加、プラスミノーゲン活性化抑制因子の増加の3項目を追加しました。
グルコースクランプ法を開発してインスリン抵抗性症候群を提案した De Fronzo(テキサス大学)はインスリン抵抗性にもとづく高血圧の成因に交感神経系の関与をのべ、スエーデンの Björntorp は腹部肥満症における視床下部―下垂体―副腎系のバランス異常を指摘しました。また阪大の松沢教授ははげしい運動をする力士に内臓肥満はおこらないことを力説し、米国の Lebovitz はインスリン抵抗性に人種差があることをのべました。会場から 40題の質問が出され盛況な会でした。
最後の司会役の Lefévre は「インスリン抵抗性からのがれるためには、正常体重を保つこと、喫煙と多量の飲酒をさけること、過剰の脂肪と砂糖の摂取をさけること、そして何よりも適度の運動を続けることである」と締めくくりました。結局糖尿病を含む動脈硬化の予防には良いライフスタイルが大切ということが再認識されました。
糖尿病性腎症の第一人者であるデンマークの Mogensen は腎症のマネジメントとして次のことを強調しました。(1) 血糖コントロール(HbA1C5.5%が標準値) (2) 蛋白制限食(0.8g/kg/日) (3) 高血圧の治療(ACE阻害剤) の3項目をきちんと守れるならば腎症の発症・進展は阻止出来るであろうとのべました。
治療面のトピックスとして、欧米より腹腔内植込み式インスリンポンプを長期使用した成績が発表されました。この方法は重症低血糖のリスクが少なく、体重の増加も少なく、quality of life の改善にもよいとのことでした。またスエーデンからはブタの膵島細胞を人の腎皮膜下に移植し成功した 10例の報告が注目を集めました。
このような医学の進歩が、一人でも多くの患者に福音をもたらすことを願ってやみません。
さる11月に神戸で開催された国際糖尿病会議(IDF)の演題の中からいくつかの注目すべき研究内容について以下にのべます。
WHO が後援する小児糖尿病に関する多国間プロジェクトがあり、DIAMOND プロジェクトと呼ばれています。これは 1990年より始まったプロジェクトですが、IDDM の発症頻度、死亡率の比較、IDDM をとりまく環境や IDDM 治療の方針などが各国間で調査比較されるものです。日本の IDDM 発症率はこれまでの報告の通りもっと低いのですが、発症率の高い北欧の中でもアイスランドは例外的に発症頻度が低くいこと、南欧のサルジニアは逆にフィンランドと同じくらい高い発症率であることがあきらかにされました。
IDDM の発症メカニズムについては、これまでの多数の研究結果からほぼコンセンサスが得られようとしています。自己抗原提示をしやすい HLA をもつ抗原提示細胞とTリンパ球を介して、膵β細胞の破壊が起こることです。
IDDM 発症に最も深く関わっている自己抗原が、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)というタンパク質です。10年もの歳月をかけて、1990年に明らかになったタンパク質です。本 IDF では、GAD についてさらに進んだ研究が発表されました。日本でも欧米でも IDDM 発症時には 70%前後が 65kd の GAD に対する抗体が陽性であるといわれていますが、糖尿病母体から生まれた子に GAD65 抗体が検出されても児の IDDM に対する危険度には関係ないだろう、しかし GAD65 抗体の存在は前糖尿病状態の IDDM への予知マーカーとしてたいへん有用であると強調されました。
膵ベータ細胞破壊に一酸化窒素(NO)がたいへん関係していることもあきらかとなってきました。膵ベータ細胞破壊の第一段階でマクロファージが IL-1 を産生ならびに放出することによって、ベータ細胞内の NO 合成酵素を誘導して NO を産生させるために、また炎症破壊の過程で NO がプロスタグランジン産生を刺激するために、膵ベータ細胞破壊がおこるのではないかとの見解が発表されました。