今年もまた夏休みがやってくると、糖尿病センターの入院患者さんの平均年齢はぐっと下がった。休みを利用して合併症の精査やコントロールをよくするように勧められ紹介されて初診入院する方や、通院中の患者さんが入院してくるからである。
幼児期や小児期発症の患者さん方に接して先ず驚かされることは、皆ひとしなみに明かるいことである。晴れやかな顔をし、暗さは一点もない。生まれついて器量よしのお子さんもいれば、個性的な面構えで瞳がいかにも利発そうに輝いているお子さんなど、皆が皆、明るい表情をしていて、診察する側のこちらの気持ちまでが明るく救われるような気がする。
しかし、腰を落ち着けて彼らのアナムネーゼや治療法を聞き、血糖値や HbA1Cを聞くと、彼らの美しく光り輝いた明眸を見る心とは全く裏腹な暗い気持ちに陥し入れられるのである。それは、紹介されて来る小児糖尿病の多くの人々は、まだ1日1~2回のインスリン注射を指示されており、しかもシリンジ注射であり、HbA1Cが 12%とか 14%という人が多いのである。
そのうえ、注射をしているからお風呂に入ってはいけないといわれ、ずっと入浴していないという少年があらわれて私達は度肝を抜かれてしまう。注射をするから寝ていなければいけないといって、1年以上学校を休んで入院していたという中学生もあらわれた。
びっくり仰天しているところへ、HbA1C16%の糖尿病妊婦が紹介されてきた。彼女はまだ23歳であるが、10歳で糖尿病を発見されてから眼底検査を受けたことがないという。その明るく黒い瞳の奥は、すさまじい増殖性網膜症で荒廃の極みであった。
今、厚生省は国民病としての糖尿病の予防、糖尿病合併症の予防キャンペーンに努力をはらっている。糖尿病学会では、最新レベルの国際糖尿病会議を神戸で開催しようとしている。小児糖尿病も含めて、医療の中味に格差のない時代が一刻も早く来ることが望まれる。
インスリン注射器には、ペン型の注射器ノボペンI、I I、III 型と便利な注射器が登場してきたことはすでにご報告しましたが(1993年3月号)、今回は更にインスリンがシリンダーと一体になったノボレットが発売されました。
表 ノボレットインスリンの種類 |
分 類 | ノボレット | 組 成(%) | 血糖降下作用のおよその目安 |
ヒトインスリン(遺伝子組換え) | 作用発現 時 間 (hr) | 最大作用 発現時間 (hr) | 作用持続 時 間 (hr) |
溶 解 インスリン | イソフェン インスリン |
速 効 型 | R 注 | 100 | 0 | 約0.5 | 1~3 | 約8 |
中間型 | NPH | N 注 | 0 | 100 | 約1.5 | 4~12 | 約24 |
混 合 | 10R注 | 10 | 90 | 約0.5 | 2~8 | 約24 |
20R注 | 20 | 80 |
30R注 | 30 | 70 |
40R注 | 40 | 60 |
50R注 | 50 | 50 |
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ノボレットの特徴は、1)インスリン製剤があらかじめ注射器にセットされている、2)7種類のインスリン製剤がそろっている、3)単位設定が2Uの刻み、4)1回に 78(ノボレットRは58U)まで注入可等です。特に1)でのべたようにインスリン製剤がすでにセットされているためにインスリンを入れる操作がなく、非常に簡単で特に高齢者にむいています。また2U毎にカチ、カチと音がしますので、視力障害者にも使いやすいでしょう。注入は注入ボタンを一回押すだけでよく、残量は1目で確認できます。
ノボレットはヒトインスリン 300U(100U/mL、
3mL含有、ノボレットR注は100U/mL、1.58mL)を含有し、N注(NPH インスリン含有)、R注(速効性)、10R注(10%速効性含有)、20R注(同様に20%含有)、30R注、40R注、50注の7種類あり(表)、それぞれ混同しないように色分けしてあります。
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図 ノボレット注 |
注射するに際しては、例えば 26U注射の時キャップを1回転させ 20単位を設定し(R注の場合には1回転が10単位)、キャップをさらに回転してキャップ目盛の「6」に合わせます。この時ノボレットの端に20と出ますから、20U+6U=26Uを確認して下さい。46Uの時は同じく2回転して目盛の「6」に合わせるわけです。最後に注入ボタンを終りまで押して注入します。この注射器でも、初めに2Uの空うちは必要です。ノボリンは懸濁剤であるので、注射前に1~2回注射器を上下に混和して均一にした後に使用する方がよいでしょう。またインスリンホルダーの内壁に付着物がみられたり、液中に塊りや薄片がみられたらそのインスリンは使用しないことです。使用中のノボレットは冷蔵庫でなく室温で保管して下さい。
ノボレットインスリン特に 10R注~50R注の新登場によって、ペンフィル 10R注~50R注と共に食後の高血糖をよりきめ細かにコントロールすることが可能となりました。すでにのべたようにあらかじめセットされているため、高齢者にもむいています。
糖尿病性合併症予防のためには血糖コントロールの持続的な正常化が最も大切ですから、このタイプの注射器も非常に有用なものと思われます。
糖尿病性腎症の診断は、長い間、尿蛋白が持続的に陽性になった時点で初めてつけられていました。しかし近年になって、尿蛋白の出現に先だって尿中微量アルブミンが増加する時期のあることが明らかになり(これを初期腎症期といいます)、腎症への進展防止にはこの時期の治療が重要であることが認識されてきました。そこで微量アルブミン尿期から少量の蛋白尿が出現してくる時期までの、現在有効とされている治療について述べたいと思います。
初期腎症期の治療の第一は、厳格な血糖コントロールです。良好な血糖コントロールで尿中微量アルブミンが減少したり、顕性腎症への進展を阻止出来たとする報告は数多くあります。特に、米国における血糖コントロールの良否が合併症進展に及ぼす影響を調査した大規模な臨床研究(DCCT)では、平均6年半の追跡期間中 HbA1Cを7%前後に保った群は、9%前後であった群に比べ、微量アルブミン尿および蛋白尿出現の危険が有意に減少しており、合併症進展への血糖コントロールの重要性が再認識されました。
第二には、血圧の調整が大切です。正常血圧とはどの程度か?についても種々論議はありますが、最近の WHO の軽症高血圧の管理に関するガイドラインでは 140/90未満を正常とし、若い人では 130/80未満に保つべきとされています。血圧降下薬のなかでアンギオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)は、腎症の病因とされる腎糸球体内の高血圧を抑える作用があります。従って微量アルブミンの増加する初期腎症期に使うと、全身の血圧を下げるだけでなく腎への直接的効果もあると期待されています。
第三には、食事の蛋白制限です。高蛋白食でもやはり腎糸球体内圧が高まるので、微量アルブミンが増加しますが、蛋白摂取を減らすことにより改善すると考えられます。初期腎症期から極端な蛋白制限をすることは避けるべきですが、日頃の食習慣が蛋白摂取に片寄っている患者さんには、是正するように指導します。とくに若い人で、牛乳を水代わりに飲み、ハンバーグや焼肉などを主な副食としているような場合には、早くから適切な配分の食事をするように指導することが大切です。
今のところ腎症に特効薬はありませんが、医学は急速に進歩しておりますので、その恩恵が受けられるよう、現在出来る限りの努力をして顕性腎症への進展を防ぐことが大切です。