DIABETES NEWS No.34
    No.34
     1993 
     SUMMER 
 


 東京慈恵会医科大学前学長(現理事長)阿部正和先生は、糖尿病治療に大切な患者教育は「啄」でなければならないと言われています。
」とは、孵化しようとするひな鳥が卵の中から殻をたたき破ろうとすることで、「啄」とは、親鳥が外から殻をつついて破り、ひな鳥を外に出そうとすることです。ひな鳥と親鳥が内と外で心を合わせて新しい命の誕生を迎えるように、糖尿病の新しい治療は、医師の教育とそれに導かれた患者さんの自己管理によって、大きな成果をあげうるということです。「啄」とは、まことに含蓄のある例えであるといえます。

学会でも教育関連演題が増加
 インスリンの自己注射を教えることや、低血糖に対する注意、食事療法など、糖尿病の日常診療で患者さんとの対話そのものが、すでに教育的要素を含んでいますが、糖尿病治療の中に患者教育が体系化されて来たのは、わが国ではごく最近のことです。
 日本糖尿病学会総会で教育という発表部門がはじめて設けられたのは、1992年でした。最初はポスターセッションで、教育関連の演題が 22題発表されましたが、今年は口演で 34題もの発表がなされました。患者さんに知らしむることの重要性が、広く認識普及してきたためといえます。この教育普及活動の礎えになったのは、恐らく腎不全による血液透析患者の爆発的増加によるものだと思われます。

初期教育の適否が将来の明暗を分ける
 今、血液透析を必要とする患者さんの大部分は、糖尿病と診断されても糖尿病とはどういう病気かを全く知らず、症状がないまま放置していたという症例です。長いこと無症状に経過するインスリン非依存型糖尿病ばかりでなく、幼児期に発症したインスリン依存型糖尿病でも、最近 20歳すぎて腎不全に陥った患者さんの紹介率がめっきり多くなっています。1歳で発病しても、結婚し、赤ちゃんまで出産した人達とどこが違うかを調べてみますと、啄の形で初期教育がなされたかどうかにありました。患者教育は、今や糖尿病治療の大きな部分をしめています。
 


米国高血圧委員会の基準値
 先頃、米国高血圧委員会は、高血圧の診断と治療に関する第5次報告を発表しました。これによると、高血圧の基準は従来よりも低く定められ、130/85以下を正常血圧、140/90以上を高血圧、その中間は正常高値血圧とし、さらに高血圧は4つのステージに細分化されています。糖尿病患者の高血圧は、腎症や網膜症や心血管系疾患の危険因子であることから、正常血圧の範囲にコントロールされることが望まれています。

血圧測定法の進歩と治療のポイント
 高血圧の診断は、1回の血圧測定で下すべきではなく、2回以上の安定した測定値が上記の基準を満たす場合になされます。中には、医師の前で過度に緊張して血圧の上がる白衣反応性高血圧もしばしば経験され、このような場合に降圧剤を変更したり増量したりすることは、むしろ血圧を過度に下げすぎることになるので注意を要します。日常生活の中での血圧の変動をみるために、自宅での血圧自己測定や、24時間の血圧測定が可能となりました。現在、糖尿病センターでは、携帯用の血圧計を外来患者に貸し出し24時間血圧を自動的に記録し、血圧の日内変動や、降圧剤の効果判定に利用しています。
 高血圧の治療法の第1は生活の軌道修正で、肥満の是正、適度な運動、塩分とアルコールの制限や禁煙で、軽症高血圧の約1/3がコントロールできるとされています。生活習慣の改善で適切な降圧が得られない場合、薬物療法が必要となります。

糖尿病者の高血圧と薬物療法
 糖尿病では、高血圧をはじめ総コレステロールや中性脂肪の増加、HDL-コレステロールの減少などの脂質代謝異常や肥満、とくに上半身肥満を高率に合併します。近年、これらの心血管系危険因子が同一患者に高率に合併する背景に、インスリン抵抗性と高インスリン血症が関連しているとされ、"Syndrome X"とか"Deadly quartet(死の四重奏)"と呼ばれて、きわめて高率に心血管合併症を発症する病態として注目されています。
 したがって、糖尿病者の高血圧治療に際しては、糖・脂質代謝やインスリン感受性に悪影響を及ぼさないような薬剤、すなわち、α遮断剤、ACE(アンギオテンシン変換酵素)阻害剤やカルシウム拮抗剤などが第1選択薬剤として推奨されています。糖尿病に合併した高血圧の治療においては、個々の病態や合併症を考慮し、他の心血管危険因子に悪影響を及ぼさないよう、薬剤の選択に細心の注意を払う必要があります。
 


足病変を有する糖尿病者の急増
 糖尿病の罹病期間が長く血糖のコントロールが悪い人に、種々の合併症が高率に出現します。それに並行して足病変を有する人も増加し、身近な問題となっています。糖尿病性足病変の原因は、末梢神経障害と循環障害に大別されます。神経性足病変があると、知覚障害と足の変形を背景とした靴擦れ、火傷、魚の目よりの潰瘍を繰り返し起こしやすくなります。一方、足の循環障害は、喫煙歴を有する者や高齢者に多く見られます。神経性足病変は比較的治りやすいのですが、循環障害が加わると壊疽は治りにくくかつ足切断例が高率に見られます。高齢化社会を迎え一層の対応が必要です。

足病変に対する治療の進歩
 当センターの、糖尿病性足病変を専門的に治療するためのフットケア外来では、開設以来患者は増加の一途をたどっています。治療上の進歩として、1)足病変の免荷、保護技術、2)潰瘍病変に対する各種成長因子、被覆材料や新薬の登場、3)有用な末梢循環改善剤の使用、4)血管病変に対する非侵襲的治療法や血管外科手術の向上、5)変形や神経障害のある足に対する治療および予防としての靴の処方等があげられます。従来難治性であった足病変が、これらの治療法で治癒するようになりました。しかし、高度動脈硬化性足壊疽例にたいしては、これらの治療法でも限界があり、足切断を余儀なくされる例が後を断ちません。

毎日の足の点検と靴選びの重要性
 糖尿病性足病変は、早期発見、早期治療が大切です。そのためには毎日の足の点検が大切です。また、足病変がおこりやすいハイリスク例:足の神経障害の強い人、過去に足病変のあった人、腎障害で透析療法を受けている人などは、定期的なフットケア外来受診が必要です。
 糖尿病性足病変をひきおこす最も多い原因は、履物による靴ずれのトラブルです。靴の選び方やはき方の注意は意外に知られていません。外反母趾、ハンマートウや凹足(俗に甲高)等の変形足を有する人や、足の感覚障害のある人は、フットケア外来で履物の指導と靴の作製を相談することが大切です。
 いうまでもないことですが、糖尿病性足病変予防に対しては、糖尿病発見早期からの血糖コントロールが重要です。

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