DIABETES NEWS No.33
人間ドックや会社の検診、地区住民に対する健康診断などが盛んになったため、外来には食事療法で充分コントロールし得る軽症糖尿病やブドウ糖負荷試験で境界型を示すのみの患者さんが増えてきています。糖尿病の発見動機は、かつては便所の汲取屋に指摘されたというのが最も多かったのですが、今は水洗便所が普及して、それもなくなってしまいました。
人間ドックなどで糖尿病が見つかった患者さんは、むろん主訴の欄にとり上げるべき訴えはなく無症状ですが、血糖だけは意外に高く、食後で 250以上を示す人が少なくありません。
しかし、診断されて間もない患者さんの血糖正常化は、簡単でしかも早いものです。言いかえれば、発症後短期間のうちに見つけられた糖尿病は、食事制限さえ守れば簡単に血糖が下がり、よほどの暴飲暴食をしない限り HbA1Cを7%以下に保って合併症の出現を阻止することができます。
ごく最近、合併症からはじめて糖尿病が発見された症例を紹介されました。一人は5本の足趾がほとんど変形してしまった壊疽をもっており、ネフローゼ型の腎症も併発していました。もう一人は、目が見えにくいことで来院しましたが、すでに増殖網膜症がありました。靴下に小さなシミ状の汚れがついているので色付きのパンティーストッキングを脱いでもらいましたら、足趾に壊疽までできており、定量知覚計の10g を使っても無感覚でした。
前者は、ハイヒールの靴ずれから傷が出来たのでじきになおると思って1年が経過したということで、後者は、目が見えにくい以外は至って元気なので診察は受けたことがないということでした。
アメリカの糖尿病の教科書には、腎症に血液透析を行う場合、いかに医療費が暴騰するかを示してあります。糖尿病早期発見の必要性と合併症予防の重要性を人々に浸透させるのは、どうしたらよいか思いあぐねる昨今です。
成人の糖尿病は、長い間無症状に経過すること、放置すれば合併症がおきやすいことを、小学校で教えたらどうかとも思っています。
インスリンを毎日注射することは患者さんの多大な日々の努力を必要とする作業であることは言うまでもありません。更に、より良い血糖コントロールを目指すために一日に何回も注射をすることは、日中働いている人にとって実行が難しい場合が多いと思います。このような患者さん達の悩みや苦痛を少しでも和らげ、頻回のインスリン注射を容易にしてくれるのがペン型注射器です。北欧の学童に多いインスリン依存型糖尿病のコントロールをよくするため、学校でも容易に注射できるようにと願ってペン型インスリンは開発されたと聞いています。
写真は現在わが国で使用されている2種類のペン型インスリン注射器です。この注射器は万年筆より少し大きめのサイズで専用のカートリッジ式インスリン製剤を中に組み込めばどこにでも持ち運ぶことができます。注射針は使い捨てで使用の度に新しい針をつけ、普通の注射器と同じように刺し、ペンの頭の部分の注入ボタンをノックしてインスリンを注射します。写真左は1回注入ボタンを押す度に2単位ずつインスリンを注射するタイプ(ノボペンI)、右はインスリン量を2~36単位までセットでき注入ボタンを1回押すだけで規定量が注射できるタイプ(ノボペン II)です。写真中央はペン専用のインスリン製剤で速効型ヒトインスリン(ペンフィルR注)、混合ヒトインスリン(ペンフィル30R)、中間型ヒトインスリン(ペンフィルN)の3種類があります。これらを組み合わせて各々の患者さんに合った治療法を工夫します。
ペン型注射器は持ち運びが容易であること、操作自体が簡単で迅速に行えるので目立たずに注射を終えることができること、従来の注射器より痛みが少ないなどが特長です。そのため日中、学校であるいは勤務先でインスリン注射を行わなければならない患者さんはもちろんのこと、日に何度もインスリン注射を必要とする妊娠中の患者さんにも極めて有用性が高いと言えます。また私ども医療従事者から見ると、かなり年輩の患者さんや視力障害の強い患者さんにインスリン注射を指導する際にも、従来の注射器による方法よりペン型注射器は実践がスムーズでした。
このようにペン型注射器は現在、患者さんの"生活の質"の向上に役立つ道具として、小児から老人まで幅広く受け入れられています。また使い捨ては、針の部分のみなので廃棄物が少なく環境衛生の面でも好都合です。
長い研究の結果、最良の血糖コントロールこそ糖尿病合併症を予防するための重要な手段であることが明らかにされており、現在血糖コントロール指標として、HbA1C、フルクトサミンなどが使われています。
最近、血中で最も多いポリオールであり、グルコースと非常によく似た構造をもつ血中 1,5-アンヒドログルシトール(1,5-AG)が血糖コントロールのよい指標となることが明らかとなりました。
1,5-AG は、今から約100年前に植物の根の一成分として発見され、1973年にフィンランドの Pitkänen によって糖尿病患者さんの髄液中において低下していることが明らかにされました。その後、主に日本において東大の赤沼、山内らのグループ、防衛医大の吉岡らのグループによってそれぞれ独自に研究が進められ、糖尿病において血中 1,5-AG が低下すること、とくに血糖コントロールが悪い場合に低値を示し、治療により血糖コントロールが改善すると増加することがわかりました。
さらに、1,5-AG は食物として口から摂取され、尿中へほぼ同量排泄されますが、体内に広く分布していることも判明しました。
測定法は初期のガスクロマトグラフを用いた方法から簡便化され、カラム酵素法の測定キット"ラナAG"が日本化薬から発売されており、健保適用になっています。このキットでは、健常人の95%が正常と判定される値、すなわち14.0μg/mL 以上を正常値、それ以下を糖代謝異常と判定します。
血中 1,5-AG の値は過去の尿糖排泄量を反映し、血糖コントロールが悪く、尿糖排泄量が多い時には低下しますが、コントロールが改善し尿糖排泄が無くなると増加します。このため血糖の変動が激しい時には、1,5-AG は低値のままで増加しません。つまり、より厳格な血糖コントロールの短期間の指標として用いることが出来ます。
しかし 1,5-AG は正常妊娠では妊娠経過とともに低下するため、厳格な血糖コントロールが必要である糖尿病妊娠時には、コントロール指標として用いることが出来ません。また腎機能低下や、肝硬変でも低値を示すためコントロール指標として用いることは困難です。
このようなことを考慮したうえで、1,5-AG をコントロール指標として用いるとよいでしょう。
このページの先頭へ