Gestational Diabetes、妊娠糖尿病という病態があります。産科の先生方は、略して GDM とよんでいます。正常糖尿病の経過中に一過性に軽い糖代謝異常を発見されるか、または発症したものをこうよんでいます。10年程前までは、妊娠中に軽い糖代謝異常を示し、分娩後に正常化するものという定義になっていました。しかし、分娩後正常化するものと規定すると、分娩終了後まで正しい診断はつかないことになり、正しい診断がなければ適確な治療が出来ないのではないかという議論から、分娩後の糖代謝の状態は問わないことになりました。
従来妊娠は、ホルモンや代謝の変化から diabetogenic factors の一つにあげられています。従って、妊娠中に糖尿病が顕性化したり、軽い糖代謝異常が出現することは、しばしば認められます。妊娠中に発症した糖尿病や、糖代謝異常に気づかず無治療のまま放置すると、ケトアシドーシスになって、母体と胎児の二つの命を失うことすらあります。
アメリカは、この Gestational Diabetes の病態を重視し、糖尿病協会と産婦人科学会が協同して、1979年から3回にわたって妊娠糖尿病に関する国際ワークショップカンファレンスを開きました。診断、疫学、治療、基礎的研究の各分野にわたって、世界中から数10名の専門家を招き、大会議を催しました。私も、1984年と1990年に開かれた会によばれ参加しました。招待演者すべての旅費、滞在費を支払い莫大な費用をかけて、糖尿病に関する母子保健のためにこのような会議を開くアメリカは、やはり大先進国だという感を深くします。
このカンファレンスの討議の結果、アメリカの全妊婦は、妊娠中におきる糖代謝異常から完全に守られる方式がとられることになりました。国をあげてともいえるこの處置には、医療の暖いこころが感じられます。
わが国も、成人病対策としての糖尿病研究事業に厚生省が大きな支援をはじめています。糖尿病があっても合併症を来さない医療、妊娠による糖代謝異常で母児の健康をそこなうことのない医療方式の確立の早いことが望まれます。
我が国の小児糖尿病(15歳未満発症 IDDM)の発症率は対象人口10万人あたり年間約2人です。この発症率は1975年頃は約1人でしたが、年々増加し、1985年頃に2人になり以後ほぼ一定です。またその有病率は14歳未満人口1万人あたり約1人です。
1986年から米国 NIH の研究費の助成を受け、米国、イスラエル、フィンランド、日本の4カ国による国際共同研究が行われております。そこから小児糖尿病の疫学、予後について多くの成果が得られ、さらに4年間の延長が認められ現在も継続中です。
この研究で世界各国における小児 IDDM の発症率は、国毎に非常に差があることが分かりました。発症率の高いスカンジナビア諸国、イタリアのサルチア島の発症率は人口10万人あたり25-40人、米国、カナダで15-25人、フランス、イタリア、ドイツで5-10人、日本、韓国が0.8-2人となっています。なぜこのような違いが起こるのでしょうか。この答は"なぜ小児 IDDM が発症するか"が解決されないと出ないと思います。
IDDM のモデル動物として最も研究されているのが NOD マウスです。NOD マウスが糖尿病を発症するには少なくとも4つの遺伝子が関与していると考えられています。その中で最も重要な遺伝子がヒト HLA に相当する遺伝子です。ヒト HLA 抗原と IDDM の相関は古くから研究されてきました。1970年代は主にクラスI抗原、特に HLA-Bw54 と日本人 IDDM の相関が明らかにされました。1980年代になりクラス I I 抗原の1つである HLA-DR 抗原との相関がより強いことが報告され、最近になり HLA-DQ 抗原との相関がさらに強いことが証明されました。しかし血清学的に同定されたこれら HLA 抗原との相対危険率(一般人口と比較した IDDM の発症する危険率)は最も高い HLA-DQw4 で 6.43 でした(DQw4 抗原を持っているヒトは病気でない一般のヒトと比較して約6.43倍糖尿病になり易い)。
近年分子生物学が非常に発達し、HLA 抗原遺伝子の解析も進みました。1987年、Todd らはHLA-DQα、β、DRβ鎖遺伝子を解析し、HLA-DQβ鎖遺伝子の57番目のアミノ酸がアスパラギン酸であると IDDM 発症に抵抗性があり、非アスパラギン酸であると発症感受性があると報告しました。この仮説は白人を含め多くの人種において支持されてきています。しかし日本人においても当てはまるかは、問題のあるところです。最近、HLA-DQα鎖遺伝子の方が発症感受性を決めているのではないかともいわれています。
Molecular Epidemiology とは糖尿病疫学と分子生物学を結びつけた試みで、米国 NIH の研究費の助成を受けた国際研究です。世界各国の小児期発症 IDDM の発症率の違いは、その国民が有する発症感受性遺伝子の頻度に依存するのではないかとの仮説で進められています。今明らかになっているのは HLA-DQβ鎖遺伝子のみです。発症率の多い国においては非アスパラギン酸のホモ接合体を持つヒトの相対危険率は 100以上と報告されています。
わが国における IDDM の発症率は少なく、1つの施設で治療する患者数も少ないのが現状です。出来れば専門施設に患者さんが集まり、治療を含めた臨床研究が出来ればよりよい成果が得られると思っています。
私の親しくしている友人に、ワシントン大学の看護学部で長く教鞭をとっておられた教授がいます。彼女は医療に関わる者として「患者の痛み (Pain)」についての研究を早くから手がけ、その方面のパイオニア的存在ですが、彼女の初期の論文に次のような一節があります。
ある日、彼女が末期の患者さんを訪れて、「あなたの痛みについて聞かせて下さい」と言った時のことです。その患者さんは、こう問い返したというのです。「痛みについて話せとおっしゃるけれども、身体をむしばみ私のいのちを奪おうとしている病変による痛みのことなのか、それとも、大切な娘に先立たれた私の人生の痛みのことなのか、それとも、こうして一人ぼっちで病院のベッドに横たわり、訪ねてくれる人もいない淋しさについての痛みのことなのか、どの痛みを話せというのですか?」と。
この患者さんと同じように、糖尿病センターで出会う患者さんたちも、肉体的痛みだけでなく、実にさまざまな「痛み」に苦しんでいます。患者さんにとって病気になるということは、その病気が医学的問題(Medical Issue)というだけでなく、生きていることの根幹をなす問題(Human Issue)でもあると思うのです。
例えば、糖尿病センターの患者さんたちからも次のような訴えをよく聞きます。「血糖値のこと、食事療法のこと、合併症のことは、もう何年も先生たちから聞かされて暗記するくらい充分に知っています。でも、一体何のために守らなければならないのでしょう。この病気のために結婚も出来ないし、子供も産めません。どうして生きていなければならないのかと思うのです。」若い女性の患者さんが、「見合いの話が恐い」と涙を流しながら話していました。
「どうして、私だけが......」という問いを自分自身に反問し続けています。そして、社会的には病気のことをできるだけ他人に知られないようにして生きています。その結果、知らず知らずのうちに人生の意味を失い、孤独で空しい思いをしているのです。
また、こんな声も聞きます。「入院している時、同じような患者同士で話したり情報交換をしている時には勇気も湧いて来たのだけれども......」、と。患者さんたちの多くは、何でも話し合える友人を求めています。
私のところに相談にみえる患者さんたちは、生きる意味、生きている意味を一生懸命探しています。そして、その「意味」を感じ取れた時、医師の指示や助言にも積極的に従っていこうとしています。
病気もさることながら、生きていることの意味が感じられない程、空しいことはないと思います。人生の意味づけは、最終的には個々人に帰すものでしょうが、発病をきっかけにして、それまで描いていた設計図を書きなおしたり、見直しをしたりしなければならなくなるのです。
その際、病気に関する知識や情報を正確に得るということも力になると思いますが、発病前とは違う自分の現実を受け入れていく過程において、医師以外の専門家による援助が必要とされることも多々あると感じています。