DIABETES NEWS No.3
    No.
     1985 
     AUTUMN 
 

 糖尿病をはじめとする慢性疾患の増加とともに、患者自身による自分の疾患に対する日常生活の中での治療が必要となっています。考えてみますと、食事療法や運動療法は、患者自身によってのみ実行されるものです。
 とくに食事療法については、"食欲は本能的なものであるから"とか"むずかしくてどうしてよいか方法がわからない"とかいう理由で、避けて通るわけにはゆきません。
 食事療法に対する患者さんの拒否反応を分折してみますと、もっとも多いのは理解の不足であって、なぜそれを行う必要があるか、どのような方法で行えばよいかが、わかっていないという面があります。もちろん、万全の説明をし、入院体験をしても、なお個人差があって、きわめて容易に理解して頂ける人から、理解は 100%不可能という人までいます。しかし、何回も説明をくり返すうちに、患者さんの何割かは理解を示すに至ります。理解したことがすぐに実行に連なるとは言えませんが、とにかくまず理解が大切です。もし理解がなければ、入院中でも食事療法が出来ないことになります。かつて、入院中の糖尿病患者の半数が食事療法を守っているような病院は、優秀な病院であると言われたことさえあります。
 この教育の効果は、著しいものがあります。食事療法を知らずに、ダイアビニーズという最強力な血糖降下剤の 700mg という大量を投与されながら、コントロールが極めて不良な米国人がカルフォルニアから来たことがあります。食事療法を十分に教育したところ、食事療法のみでコントロールが良くなり、薬が不要になりました。
 とくに、若い人の糖尿病に対する徹底的な教育は、時間はかかってもその後の長い人生を大きく左右します。また、末期腎症にもっとも有効な方法である CAPD という治療法には、徹底した患者教育が必要となります。しかしそれによって、はじめてこの最有力な治療が可能となるのです。
 患者教育はお金には換えられないのです。私どもの糖尿病センターでは、各種の教育(ビデオ、講議、パンフレット、個人教育その他)を行っています。積極的な御利用をお願いします。
 


持続注入ポンプは、電池でモーターを駆動し、シリンジあるいはバイアル中のインスリンを押し出すことにより、決められたスピードでインスリンを持続的に注入する構造となっていて、重さは 150g 位です。
CS I I とは
 最近、インスリン持続皮下注入療法(CSII)の有用性がクローズアップされています。CSII とは、持続注入ポンプを用い、速効型インスリンを皮下注入する方法です(写真)。正常者のインスリンは、膵臓のランゲルハンス島から血中に分泌されますが、図に示すように、常時出ている基礎分泌と、食後に出る追加分泌があります。インスリン依存型糖尿病(IDDM)のように、インスリン分泌がほとんどない患者の血糖を、厳格にコントロールするためには、このような分泌パターンを模倣することが望ましく、CSII もその1つの方法です。

正常者の1日の血糖値とインスリンの変動
インスリン注入量決定のポイント
 インスリンの注入量は、患者1人1人ちがうので、主治医が決めます。注入量を決めるのにもっとも大切なことは、患者さんによる、頻回の血糖自己測定ですが、食事療法や運動療法がきちんと守られていることは言うまでもないことです。
 CSII の適応は、糖尿病性合併症がひどくないことが必須で、かつインスリン依存型糖尿病や膵全摘等により内因性インスリン分泌のほとんどない患者や、糖尿病妊婦等が考えられます。しかし、CSII を行えば、血糖のコントロールが必ず改善する訳ではなく、かえってコントロール不良となったり、低血糖が頻発して網膜症が増悪することもあり、その使用には慎重を要します。
 また、インスリン療法における CSII の位置づけについては、CSII を行う前に、インスリン強化療法を集中的に、工夫して行ってみる必要があります。ポンプの安全性やインスリン製剤の安定性等の面で、まだ確立されていない CSII を安易に患者さんに押しつけることは、問題があると考えられています。

息者さんの意欲や知識も必要
 本療法の実施する際には、糖尿病の治療に対する意欲や知識と、ポンプの操作や血糖自己測定などの技術の習熟が基本になります。また、ポンプの故障や低血糖・高血糖昏睡やいわゆる Sick day(病気により、食事がとれず、日常のインスリン療法が行えない日)に対して、専門医療チームと常時連絡がとれる体制にしておく必要があります。
 以上の点に注意すれば、CSII は、不安定型の糖尿病に行いうる、最もよいインスリン療法の1つであると言えます。
 


意外に多い神経障害
 糖尿病性神経障害は、糖尿病の合併症として最も頻度の高いものでありながら、生命への影響が少ないという理由から軽視されがちです。しかし、手足のしびれや痛みで夜も眠れない人、慢性の下痢や立ちくらみのために仕事もできない人、誰にも相談できずに悩むインポテンスの人など、神経障害で困っている患者さんは意外に多いものです。

糖尿病性神経障害の診断
 糖尿病性神経障害は、全身にわたる多彩な症状を呈しますが、診断は、飲酒や骨変形による神経障害、多発性神経炎などを除外しなければなりません。外来レベルでは下肢腱反射の低下~消失が有力な所見となります。当センターでは、より客観的診断のため筋電計による神経伝導速度、振動覚計による振動覚測定、さらに自律神経機能を測定する心拍数変動検査などを行っております。

糖尿病性神経障害の治療
 まず、血糖を正常化することが大切ですが、急激に血糖を下げるとかえって症状の悪化することがあります(これは Post treatment neuropathy とよばれています)。
 下肢の激しい痛みで夜も眠れないような患者さんは、当然、不安で憂うつで神経質な状態にあります。治療に際し、そのような痛みは必ず治るという医師の一言が何よりも大切です。治療薬として、テグレトール、睡眠剤、抗うつ剤、フルメジンなどが有効です。
 意外に見のがされているものに、糖尿病性筋萎縮があります。臀部や大腿の筋萎縮と筋力低下の著しい状態をさし、治療はインスリン療法を原則とします。糖尿病患者の診療で、靴下をとり、壊疽や皮膚病変を発見することが大切ですが、下着をずらして臀部の筋萎縮の有無を確かめることも重要です。糖尿病で、しゃがみ立ち困難を訴える人は、大ていこの筋萎縮がみられます。
 起立性低血圧も糖尿病性神経障害の一つです。フローリネフやプリンペランが有効ですが、副作用に注意します。もともと高血圧のある人にはカルビスケンを投与することもあります。立ちくらみの症状が軽い人なら、腹帯や大腿バンドをしたり、立ち上がる際に一度、腹ばいになってから立つと、症状は軽減します。
 インポテンスに対する特効薬は、現在のところありません。しかし、インポテンスを訴える患者さんの勃起機能検査を睡眠中に行ってみますと、約4割の人に勃起が認められ、心理的要因が大きいことがわかりました。従って、糖尿病だからインポは仕方ないとあきらめないで、検査してみる価値があります。この検査は簡単で、当センターでも行っております。

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