DIABETES NEWS No.29
    No.29
     1992 
     SPRING 
 

インスリン注射のはじまり
 今からちょうど、70年前の1922(大正11)年1月11日、Banting と Best の作ったインスリンが、当時カナダのトロント総合病院に入院中の13歳の糖尿病少年 Leonard Thompson 君に注射されました。これが人類に対するインスリン療法の第一歩となりました。たちまち世界の各地でインスリン製剤が発売されるようになり、大正12年、わが国でも米国リリー社から新輸入イレチンが発売されました。

インスリン自己注射が認められるまでは
 このインスリンは注射でなければ無効であり、インスリン依存型糖尿病では現在に至るまでこれに代る薬剤はありません。したがってインスリン依存型糖尿病患者では、インスリン療法なしの生命も生活も存在しえないのですが、わが国では国民の間にも、いわゆる学識経験者の中にも理解がえられにくい期間が60年間にもわたって続きました。そのために起こったトラブルは数えきれません。昭和45年、あるところで小児期にインスリン依存型糖尿病に罹り、インスリン注射のため10年間の入院生活を続けている青年に会いました。就学も就職もできない生活であったといいます。昭和50年、糖尿病センターを訪れた東京都内のある少女は、インスリン注射のために半年間も入院して病院から学校へ通っていました。これは当時、彼らが自分でインスリン注射をすることが法律の上では不可能だったからです。

日常生活の中での使用へ
 昭和44年、小児糖尿病サマーキャンプを福岡で始めたところ、入院中の糖尿病小児がたくさん参加したのに驚いたことがあります。また、参加者の大部分が自己注射未経験でしたが、数日のうちに全ての子どもが自己注射可能となりました。先進国では、インスリン発見に引続いて、その使用は日常生活の中で行われるということが、急速に定着したことは恐ろしいほどです。

勇気と忍耐を要する法改正
 現在若いドクターに、インスリン自己注射の指導が日本で法律的に認められてから、たった10年しかたっていないというと驚きます。しかしこのほかにも、いくつものずいぶん時代遅れの医学上の法律が、国民生活に大きな不便を与えています。しかしそれに立ち向うには、かなりの勇気と忍耐が必要になります。
 


目立つ性に関する訴え
 昨今、若い人たちを中心に性の解放がすすみ、性教育のありかたが問われています。糖尿病でもヤング層の患者数が増え、性に関する問題も目立つようになりました。一方成人男性糖尿病の3~5割にあると言われるインポテンスは、ヤング糖尿病患者にもみられますが、その割合はずっと少ないものです。それは、若い人では動脈硬化や年齢によるホルモンの低下が少ないためと考えられます。また、若い人では一般に、精神的緊張や不安から心因性インポテンスや早漏が起こり易いのですが、このことはヤング糖尿病でも大きな問題です。

遺伝への影響
 ヤング糖尿病患者には、糖尿病の遺伝や精子の異常や子供の奇形を心配して変愛や結婚を躊躇する人がいます。インスリン依存型糖尿病(IDDM)の父親の子供が IDDM になる確率は6%以下、非依存型糖尿病(NIDDM)の父親では30%といわれています。NIDDM の父親の方がずっと高率ですが、食事や運動などの日常生活に注意すれば NIDDM の発症は予防できます。
 糖尿病における精子異常は、高血糖時に運動能の低下が指摘されているだけで、催奇性はないと一般に考えられています。子供の奇形が問題になるのは母親が糖尿病のときで、父親が糖尿病のときは問題ないようです。したがって、糖尿病だからといって、変愛や結婚を躊躇する理由は全くないのです。
 高血糖時に血中テストステロン値が減少し、性欲が低下することがありますが、血糖の正常化とともに回復します。それよりも、糖尿病を有し、インスリンを注射しているという"病人意織"からの性欲の低下ないし抑制が多いように思います。

検査や治療
 早朝勃起の消失や自慰での勃起力低下が数ケ月間みられたときは、ヤングでも糖尿病合併症としてのインポテンスが疑われます。ホルモン検査や神経機能検査をした上で、診断と治療をかねてパパベリンテストを行います。これは、塩酸パパベリン40mg を陰茎海綿体内に注射して勃起反応をみるもので、正常では10分以内に勃起がみられ、30~60分持続します。心因性や神経性インポテンスでは非常に良く反応し、治療的効果があります。パパベリン単独で勃起不十分な例(血管性インポテンス)では、フェントラミンを加えたり、陰圧式勃起補助具の助けを受けたりして治療します。また、若い人では勃起反応における心理的影響が大きいので、女性側の協力が不可欠になります。このような糖尿病性インポテンスは長期間の悪い血糖状態によって生じた神経・血管障害の結果ですから、普段から良好な血糖コントロールを維持することで予防できます。

逆行性射精
 ヤング糖尿病の患者から、射精感はあるのに精液が出ないという訴えを聞きます。このような場合は、糖尿病性自律神経障害のため、射精しても精液が外に出ないで膀胱内に逆行する"逆行性射精"が疑われます。射精後の尿をコップに採り、白く濁った精液を尿の中に確認して診断します。逆行性射精は体に害はなく、放置してもよいのですが、挙児希望の場合は治療(薬や手術)の対象となります。
 


続発性無月経
 10代、20代の糖尿病女性の方々を外来で診ていますと、無月経や月経不順など月経異常で悩んでいる方が多いようです。一般に糖尿病女性の 42%に月経異常があるといわれています。
 無月経には18歳をすぎても初潮のない原発性無月経と、順調であった月経が3か月すぎても次が来ない続発性無月経があります。外来では、糖尿病の発症をきっかけとして生理が来なくなるという続発性無月経が多くみられます。これは体重減少性無月経(短期間に10~30%の体重減少をきたし無月経になるもの)の範疇に入るのかもしれません。糖尿病の治療で良い血糖コントロールが得られ、体重が理想体重にもどると、月経ももどる場合もありますが、なかなか来潮しない場合も決して少なくありません。3年以内には来潮するといわれますが、なるべく早期に来潮させておくほうが正常な子宮粘膜の保持のために好ましいようです。
 ご存知のように女性の性周期は、月経とともに低温期が約2週間つづき、その後排卵とともに高温期が14±2日つづき、また月経が来て低温期になるというぐあいにサイクルをくりかえします。無月経の女性に基礎体温をつけてもらいますと、黄体機能を表わす高温期がみられません。このような場合来潮をのぞむなら、不妊外来で治療を受ける必要があります。

体重減少性無月経
 典型的体重減少性無月経は、神経性食思不振症によるものです。この無月経のメカニズムは、視床下部におけるカテコールアミンの分泌異常→ LH-RH の律動的分泌の障害→ゴナドトロピン分泌低下がいわれています。糖尿病による無月経の場合はさらに、心理的ストレス、インスリンの欠乏状態が間脳下垂体、さらに卵巣にも直接影響している可能性も考えられます。

黄体機能不全
 また外来では、月経周期が長くなったり短くなったりする月経異常も多くみられます。やはり患者さんに基礎体温をつけてもらって、高温期をもう一度見直してみる必要があります。また、月経周期が正常でも高温期の体温の上がりが悪かったり、高温期が短くダラダラ下がって月経になる場合もあります。このような黄体機能不全の方が妊娠を希望される場合は、ホルモンの補充が必要となります。
 糖尿病になってから数年にわたり月経のなかった(高温期がなかった)方に不妊外来の先生を紹介し、ホルモンの補充によって月経が来た時、晴ればれとした表情の豊かな女性になることをよく経験します。月経が再来して血糖コントロールがかえって難しくなることも多いのですが、やはり月経をはやくから定期的に来潮させておくことは、特に若い女性にとって大切なことと思われます。

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