DIABETES NEWS No.26
    No.26
     1991 
     SUMMER 
 

膵・腎同時移植
 Diabetes News の第20号に、欧米の膵・腎同時移植の優れた成績について述べました。引続いて昨年の夏休みには、インスリン依存型糖尿病で、すでに20歳代、30歳代になった122名に対して、糖尿病センターが世話役となって開催した研修会ヤングトップセミナーの中で、わが国のパイオニアのお2人の先生に膵・腎同時移植のお話を聞きました。先生方はアメリカの成績のすばらしい様子を見聞きして来られたばかりで、お話はまことに迫力がありました。
 この122名の中に10歳で発症、現在30歳、網膜症は光凝固療法で失明に至らなかったものの、すでに腎症が進み透析中の奥さんがおりました。膵・腎同時移植の希望が強かったのですが、そのチャンスは思いがけず早く12月25日に訪れました。脳出血によって死亡した男性からの膵・腎同時移植が施行され、短期間のうちに、20年間必須であったインスリン注射も、何年間も休むことができなかった透析からも完全に開放され、彼女にとって全く新しい人生が始まりました。今や妊娠、育児にチャレンジするという段階に至ったのです。その後、2例に移植が実施され、現在、退院可能の日を期待しているところです。しかし、すでに欧米での何千名という膵・腎同時移植の後を追うことの可否の判るまでに長い年月を要するでしょう。

Podiatrist, pedorthist の存在
 すでに何十年も前から欧米でその存在がぜひ必要とされた podiatrist(足治療士)が、日本ではいまだ見られません。大勢の podiatrist が医師とともにフットケアの本を多数出している欧米の現況は、日本では想像外です。また、アメリカの町角で、病院とならんで podiatrist の施設をよく見かけます。イギリスで、糖尿病クリニックで podiatrist の関与しないところが少数ながらあると嘆いている論文が出ましたが、日本では podiatrist そのものがいません。アメリカでは、最近、pedorthist(靴専門士)の患者教育という言葉さえ、雑誌でみかけるようになりました。
 Podiatrist とともに、糖尿病の足と靴との問題は、日常的に重要であるにもかかわらず、患者の声があがらないのは何故でしょうか。この問題は引続き考えてみたいと思います。
 


欧米にほど遠い治療例数
 最近の糖尿病治療の進歩にもかかわらず良好な血糖コントロールが得られないため、徐々に合併症が進行していく糖尿病患者が少なからず存在します。欧米では、糖尿病の根治療法である膵移植に対する期待が高く、すでに膵移植は臨床的にほぼ確立された治療方法として、多数の糖尿病患者に行われてきました。これに対しわが国では、以前にも述べましたように、糖尿病性腎不全患者に対する腎移植すら、ほとんど行われていないといっても過言ではありません(1989年までの全腎移植患者のうち0.4%)。

日本最初の膵腎同時移植の成功
 東京女子医大では、1982年から1990年末までに6例の糖尿病性腎不全患者に腎移植を行い、良好な成績を得ています。これらの経験をもとに、数年前より腎臓病総合医療センターと糖尿病センターの合同膵移植チームを結成し、膵移植に対する準備を進めてきました。その結果、1990年12月、インスリン依存型糖尿病により腎不全に至り、CAPD(腹膜透析)を行っていた30歳の女性に対し、第1例目(わが国では第2例目)の膵腎同時移植を行うことができました。
 移植後の経過は良好で、手術後10日目に透析を離脱、また17日目には20年間行ってきたインスリン治療が、完全に不要となりました。現在約4ヶ月経過しましたが、移植された膵、腎の機能は良好に保たれています。
 また、1991年3月には東京女子医大で2例目の膵腎同時移植、さらには透析導入後母親からの生体腎移植を受けていた糖尿病患者に対する膵移植にも成功しました。以上の3例とも、移植の1ヶ月後のヘモグロビンA1Cは正常となりました。膵移植により、インスリン注射から解放されるだけではなく、血糖の完全な正常化により、糖尿病性神経障害などの改善が期待されます。
 なお、今回行った膵移植はいずれもインスリン依存型糖尿病患者ですが、わが国で多数を占めるインスリン非依存型糖尿病患者に対する膵移植の有効性は確立されていません。

当面はインスリン依存型糖尿病を対象に
 現在欧米で行われている膵移植には、今回行った膵腎同時移植および腎移植後の膵移植、さらに腎不全に至る以前の時期に行われる膵単独移植の3つのカテゴリーがあります。糖尿病合併症の進行を予防するためには、3番目の早い時期の膵単独移植が理想的ですが、欧米の現状では他の2つのカテゴリーに比べ生着率が劣り、移植後の免疫抑制剤の副作用、感染などの合併症を考慮する必要があります。
 当面当センターでは、透析導入後、あるいはすでに腎移植を受けたインスリン依存型糖尿病患者に対し、膵・腎同時移植または膵移植を行っていく予定です。
 


インスリンの発見と食事療法の変遷
 糖尿病治療の歴史の中で、最も画期的なものはインスリンの発見であり、この臨床応用は、糖尿病という fatal disease をコントロールし得る疾患に変えました。
 食事療法の変遷も、治療史の中では大きな位置を占めています。インスリンがなく、尿糖しか測れなかった時代の試行錯誤として、糖質をふくんだ食物の摂取が制限されていました。これはかえってケトーシスを助長し、糖尿病の治療としては満足すべきものでなく、バランスのとれた食品を食べてトータルの摂取エネルギーを制限するという現在の食事療法へと導かれました。

糖尿病妊婦治療のあゆみ
 糖尿病の治療は、科学の進歩、技術の開発とともに移り変わっています。糖尿病妊婦の治療一つをみてもインスリンの発見を契機に大きく変わっていることがわかります。
 1922年から1940年代は、妊娠中ケトアシドーシスにならないよう、その予防に努力が払われました。
 1940年代から1950年代にかけては、分娩間近におこる子宮内胎児死亡を予防するために、予定日よりも早く分娩を終了させる処置が治療の原則になりました。1960年代になると、エコーによる胎児モニターや、胎盤機能検査が発達し、分娩を早期に終了させることを出来るだけさけるようになりました。
 1970年代に入ると、妊娠中の糖尿病のコントロールの目標は血糖の完全正常化になり、このことによって、糖尿病者の妊娠・分娩の経過や結果、新生児の元気な成長は、正常婦人から生まれた子どもと変わらなくなりました。

血糖正常化への試みと合併症の予防
 この妊婦の血糖正常化への試みは、妊娠時だけでなく、今では、非妊娠の場合にも、網膜症や神経症、腎症などの合併症防止の最良の方法として、広く普及するにいたりました。
 コントロールの目標としての、血糖正常化は、HbA1Cの開発、ヒトインスリンの合成、血糖自己測定の普及、ペン型インスリン注射器の出現など、治療に関する手技・手段の進歩によって大変容易になったといえます。
 また糖尿病に関する患者教育が糖尿病治療の大切な部分をしめるようになったことも、糖尿病治療の変遷の大きな部分をしめています。
*   *   *

 このようなめくるめく糖尿病治療の変遷の流れの中で、このたび平田幸正教授の後任として糖尿病センター所長に就任いたしました。よろしくご指導、ご支援下さいますようお願い申し上げます。

このページの先頭へ