DIABETES NEWS No.25
    No.25
     1991 
     SPRING 
 

イギリス糖尿病協会の設立
 大正14(1925)年、イギリスの Dr. R.D. ローレンスは糖尿病患者のために The Diabetic Life(糖尿病のある人生)という啓蒙書を書き、これは世界各国における糖尿病治療の手引書のもととなりました。彼はイギリスにおける全ての糖尿病者の幸福を願ってイギリス糖尿病協会の設立を計画し、有名な小説家 H.G. ウェルズとともに昭和9(1934)年に実行しました。H.G. ウェルズは「私たちの国籍は地球である」という有名な言葉を残しています。彼らの作った協会の会員は、職種を問題とせず志を同じくするものの入会であること、英国女王をパトロンとすることなどの特徴がありました。

国際組織 IDF への発展
 さらに Dr. R.D. ローレンスはイギリス糖尿病協会のような組織が世界各国で作られることを願い、各国の糖尿病の研究、医療のレベル、患者教育、さらに患者の quality of life の向上を目標とした国際糖尿病連合(IDF)の設立を強く希望しました。昭和27(1952)年に至り、その願いは現実のものとなり、オランダのライデンにおいて第1回の IDF 総会が開催されました。この IDF 総会は3年ごとに開催され、平成6(1994)年に第15回総会が神戸で馬場茂明 IDF 総会会長のもとで行われます。

第15回 IDF 総会(日本)開催へ
 上述のように Dr. R.D. ローレンスの意志をついだ IDF は、通常の学会と異なり、学者のみでなく、広く医療スタッフも、患者も含むものであります。このことはイギリス糖尿病協会の成立の過程を見れば当然であるといえますが、このような考え方は、わが国ではなかなか受け入れにくく、古くは IDF のことを世界糖尿病学会といっていた学者もいました。
 もちろん全てが国際的でなければいけないとはいえませんが、日本は他国と違った独自の道があるという主張を繰返すのではなく、国際的な視野に立った IDF 総会が持たれることになると思います。すなわち学者だけの国際学会ではなく、臨床の医師もその他の職種の人達も広く参加するものが IDF であるという認識が必要になります。IDF では日本の国際的感覚を問われることになるといえます。
 


大きなストレスが血糖をあげる
 日常から、食事療法、運動療法、更に経口血糖降下剤あるいはインスリンなどにより、糖尿病が良くコントロールされていても、特殊な状況では血糖の変動が大きくなる場合があります。具体的には、外科手術を受ける場合、肺炎や糖尿病性壊疽などの重症疾患を合併した場合などです。このような状況では、体に大きなストレスが加わることにより、著明な高血糖をきたすことがあります。また、他の疾患の治療のためにステロイドなどを使用する場合も同様です。ステロイドには、血糖を上げる作用があります。このような場合はインスリンを使用しなくても充分コントロールされていた糖尿病でも、インスリンを使用して血糖を調節する必要があります。

外科手術などの場合の血糖コントロール
 糖尿病の患者さんが外科手術を受ける場合、緊急の手術を除き、手術前から血糖を正常にしておく必要があります。従来コントロール困難な糖尿病なら、持続的に静脈内に速効型インスリンを投与すると良い結果が得られます。この時は頻回に血糖を測定し、インスリン量を調節します。通常の需要量からは考えられないほどのインスリン量が必要となることもあります。たとえば、糖尿病患者さんが腎移植を受ける際、手術による侵襲に加え、術中に大量のステロイドを使用するため、1時間当たり 10~20単位のインスリンを静脈内に持続注入し、血糖コントロールを行ったこともあります。手術後しばらくは食事の摂取ができず、静脈から栄養を点滴で受けるため、同様に血糖を定期的に測定し、インスリンの静脈内注入を続けます。その後経口摂取が可能となれば、従来の皮下注射に戻します。
 また、重症の感染症を合併した場合や、ステロイドを使用した場合も、頻回に血糖を測定し、細かくインスリン量を調節することが必要です。

ペン型インスリン注射器
(毎朝インスリンを瓶からとる必要がない)
危険な状態をさけるために
 以上のような特殊状況における糖尿病の治療が適切に行われないと、手術や感染症の経過が思わしくなく、またケトアシドーシスなどの、危険な状態に陥ることもあります。
 なお、今回当院で行った膵腎同時移植の場合、腎移植を単独で行った場合に比べ、手術中および手術後の糖尿病のコントロールは移植膵からのインスリン分泌のため、非常に容易であったことをつけ加えておきます。
 


増えている糖尿病性壊疽
 糖尿病者の足は小さな傷が容易に悪化し、壊疽にいたる事が少なくありません。足壊疽の中でも、神経障害が原因で感染症を合併したタイプは、抗生物質や血糖コントロールなどの進歩で、治療成績が向上しています。しかし、動脈硬化症を背景とした血行障害性足壊疽が、現在大変増加しつつあります。
 骨盤内や大腿動脈の比較的太い血管に病変がある場合は、側副血行路の自然発達やバイパス手術で多くの場合血行が改善されます。しかし、下腿以下、足趾にかけての末梢動脈が閉塞すると、手術的治療成績は悪く、足の切断に至ることが高率です。末梢血行障害者は両足に病変を有することが多く、片足切断後も残りの足が壊疽になりやすいので、両下腿切断例も希ではありません。
 高齢者で、糖尿病歴の長い人、高血圧や高脂血症の合併者は要注意です。その上、喫煙が心筋梗塞や脳血管障害、下肢血管にも悪い因子であることを患者さんに再認識させることも大切です。

下肢動脈硬化性閉塞症の治療上の進歩
 強力なプロスタグランディン系を中心とする従来の各種血管拡張剤の他に新薬が登場してきました。抗血小板、血清脂質低下、動脈弾性保持作用を有す EPA 製剤(エパデール®)、線容系の選択的フィブリノーゲン低下作用を有するバトロキソビン(デフィブラーゼ®)や選択的抗トロンビン剤アルガトロバン(ノバスタン®)があります。
 上記薬物の単独ないし併用療法で、従来なら壊疽に進展し足切断に至るような例に対し、著明な改善が得られるようになりました。また、薬物使用の指標として、血中トロンビン・アンチトロンビン III 複合体(TAT)が有用です。
 今後普及すると思われるハイテク治療に、血中脂質異常成分の血液浄化法と各種経皮的血管形成術があります。後者では、従来のバルーン拡張以外に、術後再狭窄防止のために形状記憶合金コイルの使用や、小カッターによる Atherectomy・マイクロドリル法や血管内視鏡下のレーザー照射法などがあります。

予防および早期発見・治療に勝るものなし
 アメリカでは、下肢動脈閉塞症よりの下肢切断例が多発し社会問題となり、国を挙げて対策に取り組んでいますが、日本の取り組みはこれからです。
 各種血管障害危険因子の保有者をリストアップし、足背動脈のチェックを徹底し、早期発見を行うことであります。最も簡単で、有用かつ経済的に血行障害の危険を発見することができるでしょう。

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