DIABETES NEWS No.23
    No.23
     1990 
     AUTUMN 
 

空腹時血糖は万能か
 どういうわけか、糖尿病のコントロールというと、すぐ空腹時血糖でなければいけないと考える患者さんが多いのです。かなり高い血糖値でありながら、昨日から食べず飲まずに遠くから来ましたという患者さん、中には糖尿病の薬だけのんで、またインスリンだけ注射してあとは飲まず食わず病院に来ましたという患者さんがあり、その危険に驚くことがあります。いつから、このように空腹時血糖が重視されるようになったか不思議です。

血糖自己測定の普及による疑問
 インスリン治療中の患者さんの中には、血糖自己測定をしながらそれでも注射せずに病院に来られて空腹時血糖をとってみる方があります。そのような方からの疑問です。「朝起きた時の血糖は 120mg/dL で良かったのに、病院へ来たら 200mg/dL もあります。その間に決して何も食べていません。なぜですか」という質問を受けることがあります。

暁現象のはなし
 後でくわしく記述されますように暁現象は、すでに1914(大正3)年には Menke によって、夜間にひとりでに血糖が上昇すると報告されました。1924(大正13)年には、実にしっかりした方法で夜中から午前8時をめざして血糖が上昇するということが示されています。同じ空腹時血糖といっても、糖尿病の場合、午前4時ころから絶食のままで午前8~9時をピークに上ることが古くから分かっていて、「暁現象」と言われていました。この夜明けの血糖上昇は、ストレスや運動で影響を受けます。
 平素は午前6時ころインスリン注射をしていた患者さんが、空腹時血糖を測定するためにストレスの多い病院の外来に着かれてからインスリン注射をされた場合、インスリンの効果が少なくなりかねません。大きい病院の「空腹時血糖測定が全てに優先する」という考え方は、再考を必要とします。
 


硝子体とは?
 眼球はテニスや野球で使うボールに例えることが出来ます。
 ゴムや革の外郭の中に空気が入っているのがボールですが、眼球は角膜および強膜という緻密な繊維でできた外郭の中に、空気の代わりに網膜、ぶどう膜、水晶体、硝子体という組織が入っています。
 眼球の容積は約4.5ccですが、このうちの 90%にあたる約4ccは硝子体です。硝子体はもともと透明なゼリーのような性状で、ヒアルロン酸という物質が豊富に水分を含んだ状態で眼球の中心部、ボールでいうと空気の入っている部分を埋めていることになります。
 
硝子体出血
 糖尿病や動脈硬化等で眼球壁のいちばん内側にある網膜に異常が起こると、眼底出血が起こってきます。この眼底出血は網膜の中に留まるうちは、比較的問題にならないことが多いのですが(ただし、眼底の中心にあたる黄斑部に出た場合は、大きな視力障害を起こしますが)、病状が進行した場合には、大きな出血が生じ、血液はゼリー状の硝子体の中にひろがってきます。
 硝子体に出血がひろがると、透明な硝子体は混濁し、角膜を通して眼球にはいってくる光が遮られて、その結果視力に大きな障害をもたらします。

硝子体手術がなぜ必要か?
 硝子体に出血した場合、多くは1ヵ月から数ヵ月をかけて血液は自然に吸収されて、混濁は晴れてしまいます。しかし、中には出血を繰り返し、自然吸収するよりも新たに出てくる血液の量が多い場合があります。また、手や足に怪我をしたときに傷跡が残るのと同様に、血液が吸収する過程で硝子体に瘢痕組織が形成されて、これが原因で網膜剥離を起こすことがあります。
 このような場合は、自然に視力が回復する可能性が低く、また出血や網膜剥離を長い間放置しておくと、網膜の神経の機能自体が低下して、あとあと手術をしても手遅れになったり、緑内障という末期的状態になって手がつけられなくなることがしばしばあります。これらに対しては、硝子体の濁りを取り除き、あるいは網膜剥離を治すための手術が必要になります。
 


暁現象とバイオリズム
 糖尿病とくにインスリン依存型糖尿病では、しばしば夜間から早朝にかけて血糖が急上昇することが知られており、近年その病態に多くの興味が持たれてきました。これは前日に注射されたインスリンの効果が夜間持続しているにもかかわらず、明け方(3:00~6:00)に血糖の上昇がみられる場合で、暁現象(dawn phenomenon, Schnidt ら、1981)と呼ばれています。その後の研究により、この現象は夜間間歇的に上昇する成長ホルモンと関連し、明け方にインスリン需要量が増加するためであると一般に考えられています。そして健常人にもその傾向がみられ、バイオリズムと理解されます。この現象は糖尿病患者とくにインスリン依存型糖尿病のように血糖コントロール不良の患者でより過大に観察されるわけです。

最新の研究成果と Somogyi 効果
 一方、夜間の低血糖が原因となって一連の血糖上昇ホルモン(エピネフリン、グルカゴン、成長ホルモン、コルチゾール)が過剰に分泌され、肝糖産生の増加により早朝の高血糖をきたす場合は、Somogyi 効果と呼ばれています。しかし、暁現象や Somogyi 効果の臨床的意義に関しては未だ十分に解明されていません。最近、これらの点を詳細に検討した成績が報告されているので紹介します。
 92人のインスリン依存型糖尿病患者について 24時間にわたり3時間毎に血糖値を測定した通算231回の日内変動のうち、157回(68%)に暁現象が観察されました。
 これは中間型と速効型インスリンの混注2回法と、一方、就眠前の持続型に各食前の速効型インスリンを加えた4回法とで比較すると、暁現象の頻度および平均血糖上昇度はいずれも前者で有意に高くなりました。また 50mg/dL 以上の上昇を示した患者の方が、それ以下の上昇にとどまった患者に比べ、その日の昼間(9:00~18:00)の平均血糖レベルは有意に高値となりました。さらに 100mg/dL 以上の著明な血糖上昇例では、朝食前の速効型インスリンを2倍に増量しても、その後の食後高血糖を十分に抑制できませんでした。
 一方、Somogyi 効果については、夜問(24:00~3:00)に 60mg/dL 以下の低血糖を示した頻度は231回中57回(25%)で低血糖後の朝食前血糖値は予期に反して高値とならず、むしろ低血糖を起こさなかった場合より低値でした。

Somogyi 効果の臨床的意義
 これらの成績から、暁現象はインスリン依存型糖尿病患者においては日常かなり高頻度に経験され、50mg/dL 以上の血糖上昇をみた場合は、日中の血糖レベルヘの影響が大きく、その臨床的重要性は明らかでした。ところが反面、夜間の低血糖発現はその後の朝食前後の血糖レベルには殆ど影響を与えません。このことは Somogyi 効果の存在を否定するものではありませんが、今回の対象のように比較的安定な血糖コントロール下にある患者では Somogyi 効果の臨床的意義は乏しいと考えられます。

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