DIABETES NEWS No.2
    No.
     1985 
     SUMMER 
 
 
医学情報への対応
東京女子医大糖尿病センター 
所 長 平 田 幸 正

 
 

 現在、実にたくさんの医学情報が氾濫しています。その中には、糖尿病に関するものも少なくありません。マスコミの流す情報源は、記者の独自の取材活動によるもののほかに、情報を持つ者からの積極的な働きかけによるものもあるようです。
 記者の皆さんには大変申し訳ないのですが、書かれた記事は、その実際を知っている者にとって、間違っていることが多いのです。それらの間違いには、2つの原因があるようです。
 その1つは、ことが病気にかかわることのため、何らかの発見によって早く良くなってほしいという願望が事実をまげてしまうものです。他の1つは、いかにも身近なことなので想像で考えちがいをしてしまうというもので、これが数学や物理・化学なら、はじめから記事の対象とならなかったと思われます。
 十数年前、ある重症例に特殊な薬を外国から空輸して使用しようとしたところ、多数の記者がつめかけました。ところがその薬を使う前に患者は回復し始め、ついにその必要がなくなってしまいました。記者達の反応はさまざまで、もう記事は書いてしまったから、少しでも注射してくれとせがんだものもいました。もちろんことわりましたが、このような状況下での拒否は不興を買ってしまうのです。
 つい先日も、アルドース・リダクターゼ阻害剤が、糖尿病性網膜症に効くという成績が大きく報じられました。これについて、欧米でもまだ研究が開始されたばかりで、すぐ簡単に使えるものではないという意見を述べたところ、やはり煙たがられました。同じく最近、NODマウスという糖尿病を起こす動物に骨髄移植をしておくと、糖尿病を起こさないという記事が出ることになったので、人間の糖尿病の予防がそれで出来るわけではないと意見をいいました。しかし、一部の新聞を見た人から、インスリン依存型糖尿病の治療法が出来たらしいので、ぜひそれを移植をしてほしいといわれました。携帯型の人工膵臓も、新聞に報じられる度にぜひ使ってほしいといわれます。
 マスコミの流す情報は、より基本的な病気の治し方について触れることはありません。記者さんたちにとって、それらは興味の対象でないからなのです。
 紅茶キノコに象徴されるような空しい情報ではなく、これからは、地味でも正確で重要な各方面の知識を積み重ねて行きたいものです。
 

 
糖尿病性腎症の予防と管理
腎部門責任者 
高 橋 千 恵 子

 
 

 糖尿病治療の進歩によって、罹病期間が長い患者さんが増えています。同時に、合併症の頻度が上がり、腎障害も増加しています。
糖尿病性腎症の予防
 糖尿病性腎症予防の第1段階は、まだ腎の機能が正常で、非可逆的な病変の起きていない時期にあります。この時期は、発症後15~20年とされますが、成人の糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)の多くは、発症時期が不明なので、病気が判明した時にはすでに腎症がかなり進行している例もあります。また、20歳以前発症の患者では進行が早く、罹病期間20年では、50%が腎症を持つとされています。
 腎症の原因は、現時点では第1に糖代謝障害が関与していると考えられています。この点については、合併症の予防には血糖コントロールがいかに重要であるかを患者さんに認識させる必要を感じています。その他、腎に悪影響を及ぼす、高血圧症、尿路感染症、排尿障害等の出現には十分の注意を払い、尿意を我慢せず度々排尿させる等の指導が必要となります。

糖尿病性腎症患者の食事・運動の管理
腎の糸球体硬化と輸入動脈壁の肥厚
 腎に障害が現れ腎機能が低下してきますと、高血圧症の治療、とくに食塩の制限、蛋白質の制限、糖質の積極的な摂取等に最大の努力を向けます。すなわち、糖尿病食というより腎臓を主にした食事に変えるので、長年糖尿病食をとっていた患者さんには初めはとまどいも大きいようです。この時期の食事指導は大変に重要ですので、医師や栄養士は、患者さんが十分納得出来るよう指導しなくてはなりません。
 運動量も、腎機能障害の程度、心血管系の合併症等によって各々の患者さんの最適の量は千差万別で、きめの細かい指導が必要です。腎の悪化には、心血管系、自律神経等の障害も大きく関与するので、それらの治療も大切です。

人工透析の導入
 更に腎の荒廃が進んで腎機能障害が強くなると、何らかの形の人工透析に頼ることになります。人工透析法の進歩はめざましく、合併症の多い糖尿病性腎症も今では透析の適応を外れることはほとんどなくなりました。しかし、その導入の時期の選定、導入初期の管理には他の疾患には比べられない困難があります。東京女子医大糖尿病センターでは、入院して全身管理を受けながら、経験豊富な腎センターで導入を行っています。そして、安定した状態になったら通院可能な近くの透析センターに移る方法をとっております。今後、社会復帰可能な治療法の1つとして、腹膜透析、CAPD と言われる携帯型のものが期待されています。
 しかし、透析に至った場合には患者本人はもとより、家族、社会にとってもその損失ははかり知れないものがあります。私たちは、今後このような患者さんを少しでも減らすためにあらゆる努力を払うつもりです。

尿蛋白検査の重要性
 糖尿病の患者さんは、尿糖の検査を受ける機会は多いのですが、蛋白検査を受けず、腎症の発見が遅れる場合も少なくありません。初診患者については必ず尿検査が必要で、尿蛋白、沈渣を検査し、感染の可能性のある場合には尿培養も必要です。糖尿病発見の早期から合併症に対する注意を怠らないことが、医師にも患者にも必要と考えられます。
 

 
赤ちゃんを生む女性への緊急提言
糖尿病センター教授 
大 森 安 恵

 
 

糖尿病があっても赤ちゃんは生める
 なぜかわが国では、糖尿病があると妊娠はとても無理で、せっかく妊娠した人に対してさえも、生んではいけないとする風潮があります。多分、コントロールが悪いまま妊娠した患者さんが、子宮内胎児死亡や、糖尿病昏睡になったため、大変危険度が高いと印象づけてしまったためと思われます。
 たしかに妊娠そのものは、インスリンの需要を高め、その効果を弱める生理的変化がありますので、糖尿病を悪化の方向に向けます。しかし、この変化に対応して、きめ細かい治療を行い、妊婦に対する管理が十分行われれば、糖尿病があっても、健康な赤ちゃんを生むことが出来ます。
 東京女子医大糖尿病センターでは、この5月現在176人目の赤ちゃんが糖尿病のお母さんから生まれています。その中には、小児期に発病した1型糖尿病のお母さんが46人も含まれています。

妊娠前からのコントロールこそ大切
 妊娠する時、母体の糖尿病のコントロールが悪いと、4~5%の頻度で赤ちゃんに奇形がみられることが知られています。この原因は、高血糖そのものが直接胎児の器官形成に影響して奇形が出来上がるのだということが、最近分かってきました。児の奇形を予防するには、少くとも妊娠3ヵ月前からの血糖を正常範囲に保つことが最良の方法であるとされています。
 私たちの管理下で生まれた赤ちゃんで、妊娠前から糖尿病のコントロールに注意してきた母親からは、1例も奇形児は生まれていません。諸外国の報告でも、妊娠前からよいコントロールを保つと、奇形を予防することが出来るという多くの証明がなされています。
 一般に、妊娠してからよいコントロールを保つ努力が始められているようですが、それは誤りで、diabetic fetopathy(糖尿病性胎児症)とよばれる胎児および新生児の特徴ある合併症を完全になくすためには、妊娠中のみならず、妊娠前からの血糖コントロールが大変重要です。

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