2024(令和 6 年)年度は、本学における一連の不祥事に対して激震と変革の嵐が吹き荒れた1年でした。医学部長、当科基幹分野長・診療部長代行として東奔西走の中、Diabetes Newsの発行が遅滞したことを深くお詫びいたします。糖尿病医療を取り巻く環境は日進月歩ですが、今回はその中の一端をご紹介します。
まず、2023年9月に日本糖尿病学会と日本糖尿病協会が提示した「糖尿病」という病名の変更案が挙げられます。新たな名称として提案された「ダイアベティス」は、英語の "Diabetes" をカタカナ表記したものであり、1907年に「糖尿病」と統一されて以来の大きな転換となります。これは、病名に伴うスティグマの軽減を目的としており、今後実施される大規模なアンケート調査の結果を待ちたいと思います。
次に、大規模言語モデル(LLM)や生成AI、医療デジタルツインといった先端技術の導入による糖尿病診療の革新の可能性です。AIを活用することで、患者ごとに最適化された治療法の提案や、病状進行の予測が可能となり、より精密な医療の実現が期待されています。特に医療デジタルツインは、患者の体内状態を仮想空間上で再現し、治療シミュレーションを行うことで、治療効果の最大化に貢献する技術として関心を集めています。
また、日本人2型糖尿病患者を対象とした大規模臨床研究「J-DOIT3」、「J-DREAMS(電子カルテ情報活用型多施設症例データベース)」は、糖尿病治療の実態や課題を明らかにしており、「2型糖尿病治療アルゴリズム(第2報)」(糖尿病 2023)が提示され、わが国の病態や処方実態に即した治療戦略の構築が進められています。さらに、最新の死因調査では、2011~2020年における糖尿病患者の死因として、悪性新生物(がん)が最も多く(38.9%)、次いで感染症(17.0%)、血管障害(10.9%)が続いており、初期の調査では血管障害が最多でしたが、近年は悪性新生物が主な死因となっている点が特徴的です。特に、血管障害の中でも虚血性心疾患の割合が減少していることが注目されています(糖尿病 2024)。糖尿病患者の平均死亡時年齢は、男性74.4歳、女性77.3歳であり、一般人口と比べ、それぞれ7.2歳、10.4歳短命ですが、10年前の前回調査と比べると、男性で3.0歳、女性で2.2歳の延命が認められ、一般人口との寿命差は縮小傾向にあります(糖尿病 2024)。
最後に、1型糖尿病の発症抑制を目的とした免疫療法などの介入研究が、現在国内外で進行中ですが、次号以降に書面を割きたいと思います。
今回ご紹介した話題は、糖尿病患者の生活の質(QOL)の向上や、糖尿病関連疾患による死亡率の低下に直結する重要な知見です。今後も、先端技術の活用と臨床研究の成果を適切に診療現場へ還元し、患者一人ひとりに最適化された医療の実現を目指すことが求められます。
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肥満は単なる体重の増加にとどまらず、糖尿病や高血圧、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群など、さまざまな疾患のリスク因子であり、肥満症の治療目標は他の慢性疾患と同様、早期死亡の予防、健康寿命の延伸、QOL(生活の質)の維持・向上にあります。しかし、その達成には医学的アプローチに加え、社会的視点からの支援が不可欠であり、特に肥満にまつわるスティグマ(特定の属性に対して刻まれる負の烙印)の解消が喫緊の課題です。
肥満の発症には、遺伝的要因やホルモン・代謝の調節機構、成長や発達の影響、さらには貧困や教育水準といった社会経済的背景など、複雑な因子が関与しています。それにもかかわらず、従来の肥満治療は「食事を減らす」「運動をする」といった生活習慣の改善ばかりに焦点が当てられてきました。そのため、肥満のある人々は「自己管理ができない」「意志が弱い」「怠けている」といった否定的な社会的イメージと結び付けられることが多くなりました。このような偏見のために、肥満のある人たちは学校や職場、医療の場面などを含む日常の様々な場面で不公平な扱いや差別をうけやすいと指摘されています。また周囲から偏見を受け続けることで、本人が自分自身に対して否定的な態度や感情をもつようになり(スティグマの内在化)、自己肯定感の低下や抑うつ症状、社会的孤立を引き起こすこともあります。その結果、適切な医療やサポートを受けにくくなるおそれがあります。
こうしたなか、日本肥満学会(JASSO)は2018年、23の関連学会とともに「神戸宣言」を発表し、肥満に関する学術的・社会的な取り組みの推進を宣言しました。以降、JASSOは、肥満症の正しい理解と適切な治療の普及、さらにはスティグマの解消に向けた啓発活動を積極的に展開しています。国際的にも、2020年に発表されたコンセンサス声明では、肥満に対するスティグマが健康格差を助長し、精神的・身体的健康に深刻な影響を及ぼすことを指摘し、その対策をはじめています。今後も、JASSOをはじめとする学会や教育機関、公的機関との連携を通じて、スティグマへの啓発教育の充実、当事者の声を反映した政策づくり、精神的支援など社会全体での意識改革が求められています。また近年、効果的な薬物療法や減量手術など、科学的根拠に基づいた治療法が整備されつつあり、これらは社会における肥満に対する認識の転換を促す契機にもなっています。
【参考文献】
Nature Medicine 2020;26:485-97
Current Obesity Reports 2023;12:10-23
Endocrine Journal 2023; oi:10.1507/endocrj.EJ23-0593
新たな肥満症治療薬(ウゴービ®、ゼップバウンド®)の登場により、医学的管理が難しかった肥満症に対しても薬物療法による新たな可能性が拓かれつつあります。当院でも2023年11月25日策定の「肥満症治療薬の安全・適正使用に関するステートメント」およびPMDAによる「最適使用推進ガイドライン」に準拠し、糖尿病をもたない肥満症の方の診療を行っています。具体的には、当院通院開始後6か月間は2か月に1回以上の診察と栄養指導を受けていただきます。食事療法・運動療法を継続したうえで、通院開始6か月の時点で主治医が薬物治療の適応ありと判断した場合、処方を開始いたします。
【肥満症治療薬の適応要件】
*BMIが35以上であり、高血圧症・脂質異常症・2型糖尿病のいずれか1つ以上を有する方
*BMIが27〜35未満で、以下のいずれかに該当する方
① 高血圧症・脂質異常症・2型糖尿病のうち2つ以上を有する
② 上記3疾患のいずれか1つに加え、その他の肥満関連疾患(耐糖能障害、高尿酸血症・痛風、冠動脈疾患、脳梗塞・一過性脳虚血発作、非アルコール性脂肪性肝疾患、月経異常・女性不妊、閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群、変形性関節症などの運動器疾患、肥満関連腎疾患)を1つ以上有する。
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尿アルブミンおよびeGFRは糖尿病性腎症の病期決定に必要な情報であり、さらに末期腎不全発症の予測因子となることが知られています。また、腎症に対する治療効果の判定にも有用であり、腎症病期決定後も尿アルブミン、eGFRを定期的に測定することが極めて重要です。
これまでの疫学調査において、糖尿病患者では一般集団と異なり、eGFRに比し尿アルブミンが腎予後に強く影響することが報告されています。本稿ではまず、既存のエビデンスをまとめ、さらに、なぜ一般集団と糖尿病患者でこのような違いがあるかについて考察したいと思います。
130万人以上を対象としたメタ解析において、 eGFR 45-60 mL/min/1.73m2と軽度腎機能低下を有する正常アルブミン尿群とeGFR 60 mL/min/1.73m2以上と腎機能が保持されている微量アルブミン尿群の末期腎不全に至るリスクは同等でした (Kidney Int 2011;80:17-28)。このことは、一般集団においては、腎予後に対する尿アルブミンとeGFRの影響は同等であることを示しており、KDIGO (Kidney Disease:Improving Global Outcome) のヒートマップにおいて、上記2群はいずれもyellow (moderately increased risk) となっています。
一方、当科の成人2型糖尿病患者8,320名を対象とした後ろ向き観察研究 (アウトカム: eGFR半減または腎代替療法開始) では、アルブミン尿のみ有する群のハザード比は、eGFR低下のみを有する群と比較し、2.9倍高値でした (Yamamoto Y, et al. Diabetologia 2022;65:234-245)。他の大規模コホート研究でも、概ね同様の結果が報告されています (Diabetes Care 2020;43:1102-1110,Am J Kidney Dis 2022;80:196-206)。
次に,尿アルブミンとeGFRの影響が一般集団と糖尿病患者で異なる原因について考えていきます。最近、腎生検で診断された"非糖尿病性腎症を有する糖尿病患者"と比較し、腎生検で診断された"典型的な糖尿病性腎症患者"の腎予後は不良であるという興味深い結果が、本邦から報告されました (Nephrol Dial Transplant 2023;38:384-395)。
糖尿病性腎症の典型的な自然歴として、アルブミン尿の出現がGFR低下に先行します。したがって、糖尿病患者の腎予後に対し、尿アルブミンそのものがより強く影響するのではなく、アルブミン尿が先行し、腎予後不良である"典型的な糖尿病性腎症"であることが影響しているのかもしれません。
そこで我々は、糖尿病性腎症の臨床診断に有用である、網膜症のデータを有する6,759名の2型糖尿病患者を対象とした後ろ向き観察研究を行いました (アウトカム: eGFR半減あるいは腎代替療法開始)。その結果、アルブミン尿・網膜症のいずれもない腎機能のみ低下した患者群を対照とした場合、アルブミン尿に加え網膜症を有する (※腎機能は正常)、すなわち"典型的な糖尿病性腎症"と考えられる群のハザード比は3.31 (p< 0.001) と有意に高値でしたが、アルブミン尿を認めても網膜症のない群 (※腎機能は正常) のハザード比は1.48 (p= 0.106) と有意差を認めませんでした (Mori T, et al. Clin Exp Nephrol 2025;29:607-615)。
糖尿病患者でも、一般集団同様、腎予後に対する尿アルブミン、eGFRの影響は同等であり、腎予後予測および治療効果の判定を行ううえで、尿アルブミン、eGFR両者の定期的な測定・評価が必要です。さらに、"典型的な糖尿病性腎症"を診断することが、腎予後の観点からも重要と考えられます。