DIABETES NEWS No.184
 
No.184 2022 Summer

糖尿病薬の処方はどのように変わってきたか

東京女子医科大学  内科学講座 / 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長
馬場園哲也
 昨年2月に経口投与可能なGLP-1受容体作動薬、さらには、同年9月にインスリン分泌促進作用とインスリン抵抗性改善作用を併せ持つイメグリミンが発売されました。現在わが国で使用可能な糖尿病薬は、経口薬9クラス、注射薬2クラスとなりました。
 今回は、これまで糖尿病薬の処方がどのように移り変わってきたか、今後どのように糖尿病薬を選択したらよいかについて、お話ししたいと思います。

◆過去24年間の糖尿病薬処方の様変わり
 東京女子医科大学糖尿病センターでこれまで処方してきた糖尿病薬がどのように変わってきたかを調査しました(図)。1997年に処方された、インスリン以外の糖尿病薬は、スルホニル尿素(SU)薬 62%、α-グルコシダーゼ阻害薬(αGI) 32%と、この2つのクラスが大部分を占めていました 。その後SU薬とαGIの著しい減少と、ビグアナイド薬の増加がみられ、2021年ではDPP-4阻害薬24%、ビグアナイド薬23%、SGLT2阻害薬20%と、これら3クラスで全体の2/3を占めるように様変わりしました。

◆メトホルミンの再評価
 メトホルミンが高い評価を得たのは、1998年に発表されたUKPDS 34の結果によるといえます。この結果をもとに、わが国でもメトホルミンが再評価され、近年の処方増加に繋がったものと思われます。

◆DPP-4阻害薬とSGLT2阻害薬処方の台頭
 わが国初のDPP-4阻害薬であるシタグリプチンが販売されたのは2009年12月でした。DPP-4阻害薬は、単独の使用であれば低血糖リスクがほとんどなく、また体重増加をきたしにくいことから販売直後から処方数が著しく増加し、2021年に最も多く処方された糖尿病薬でした。また初のSGLT2阻害薬であるイプラグリフロジンが2014年4月に販売開始後、体重減少効果や心腎保護に関するエビデンスから、同クラスの処方数も増加しています。

◆糖尿病薬の使い分け
 このように、作用機序の異なる糖尿病薬が増えたことは朗報である一方、実臨床ではその選択に迷うこともあります。米国糖尿病学会(ADA)や欧州糖尿病学会(EASD)では、これまでも薬物治療アルゴリズムを発表してきました。わが国のガイドラインでは、個々の患者の病態に合わせて薬剤を選択することが薦められてきました。
 最近の糖尿病薬に関するエビデンスとわが国における処方実態を背景に、日本糖尿病学会から年内にコンセンサスステートメントとして薬物治療アルゴリズムが発表される予定です。実地医科の先生方にわかりやすいツールとなることが期待されます。
 

緊急事態宣言が糖尿病の血糖管理と生活習慣に及ぼす影響について

ベリークリニック 院長
増田美央
 COVID-19の蔓延により、2020年4月7日から5月25日までの間、日本では第一回緊急事態宣言が発令されました。海外のような強制力の強い完全なロックダウンではありませんでしたが、人々に外出自粛を促す内容でした。それまでの糖尿病診療では、定期的な通院や食事・運動療法の重要性を指導していました。しかしこの緊急事態宣言により感染リスクを考慮して受診を控える患者さんが増え、医療機関も混乱し、暫定的に対面診察を避ける対処がなされました。社会面ではリモートワークが推奨され、通勤時間を利用した運動も制限されるようになりました。
 こういった身体活動や食事内容、外食頻度の変化が、糖尿病患者さんの体重や血糖管理になんらかの影響を及ぼすことが予想されました。多くの国でロックダウンが始まる頃、われわれは日本におけるデータを検証する必要があると考え、東京と千葉にある糖尿病専門クリニック2施設で共同研究を行いました(MasudaM、etal、DiabetolInt 2022;13:66)。

◆調査の方法
 2020年7月から9月に、各施設500人ずつ計1,000人の患者さんに緊急事態宣言前後でのライフスタイルの変化についてアンケート調査を行いました。アンケートでは年齢、性別、職業、雇用状況、食生活、食事摂取量、外食と飲酒の頻度、身体活動量、精神状態、外来受診と服薬遵守の状況、血糖マネジメントの工夫、宣言下でのストレスとその内容をたずねました。また変化があった場合は、その理由も記載してもらいました。HbA1c、体重の変化は外来診療時のデータを調査しました。

◆緊急事態宣言前後のHbA1c値と体重の変化
 回答が得られた1,000名(男性746名、女性254名)の平均年齢は58±12歳、95%が2型糖尿病、5%が1型糖尿病でしたHbA1c値は緊急事態宣言前の7.28。±0.97%から宣言後の7.07±0.86%に大幅に低下しました(p<0.001)。
 HbA1cの有意な低下は2型、1型糖尿病ともに認められました。研究期間中投薬に変化があった被験者を除く866人の分析でも.0.18±0.65%(p<0.001)の有意な低下が認められました。体重は69.5±13.4kgから69.2±13.6kgまで、わずかではありましたが有意に減少しました。HbA1cと体重の変化は正相関しました。

◆HbA1c値の変化とその要因
 HbA1cの変化の要因を分析すると、宣言前のHbA1cが高く、また自発的に運動療法を行った人ほどHbA1cが低下しました。逆にHbA1cが低下しなかった要因には、外食の機会の増加、食事摂取量の増加、子供の学校休校に対するストレス、密を避けるために,運動療法を控えたことが影響していました。また緊急事態宣言中は患者さんの76%が外食の機会を減らし、96%が薬物療法を遵守でき、86%が指示どおりに自己血糖測定を行ったと回答しました。

 当初われわれは、緊急事態宣言によって生活リズムが変わることで、糖尿病に対して悪い影響がある可能性を考えていました。しかし今回の調査では、2型、1型糖尿病患者さんともにHbA1c値が有意に低下していました。自由な時間が増えることをチャンスととらえ、療養行動に前向きに取り組んだ結果と思われます。緊急事態宣言下においてもチーム医療を徹底し、患者さんの糖尿病への意識を高めることで、血糖マネジメントが可能であるといえます。

 

血糖変動の新指標:Time in range(TIR)によるコントロールの評価

東京女子医科大学
糖尿病・代謝内科 准教授
三浦順之助
 1986年に血糖自己測定(SMBG)が保険適用されて以来、SMBGの結果に基づいたインスリン注射量の自己調節が可能となり、血糖コントロールの改善に大きく貢献してきました。さらに2010年に保険適用された持続糖濃度測定(CGM)により、長期間の連続的な血糖変動を把握できるようになりました。それによりHbA1cのみならず血糖変動も重要視され、血糖コントロールの考え方が変わりつつあります。最近の血糖変動の評価基準や実情について記述します。

◆血糖変動の新しい指標time in range(TIR)
 2019年の米国糖尿病学会で血糖管理目標に関する国際的なコンセンサスとして発表された血糖変動の指標が、TIR(time inrange)です。至適な血糖領域targetrangeを70-180mg/dLに設定し、24時間の経時的変化の中でのtarget rangeの占める割合をTIRとして管理の指標としました。通常TIR>70%、高血糖領域(>180mg/dL、timem above range:TAR)が25%未満、低血糖領域(<70mg/dL、time below range:TBR)は4%未満を目標としています(Diabetes Care 42:1593,2019)。この目標値は、TIR>70%でHbA1c7.0%未満を達成できるという研究報告に基づいています。
 高齢者や無自覚低血糖などリスクの高い患者では、TIR>50%、TAR<50%、TBR<1%と、一般的な目標よりも緩やかに設定されています。一方1型糖尿病妊婦ではtarget range 63-140mg/dLとしてTIR>70%、高血糖領域>140mg/dLとしてTAR<25%、低血糖領域<63mg/dLとしてTBR<4%を目標とした、より厳格な設定となっています。一方、妊娠糖尿病や2型糖尿病妊婦の目標値は、まだエビデンスが不十分ということで、この報告には明記されていません。以上管理目標を記載しましたが、患者の状況に合わせて個別に対応する必要があります。

◆TIRと糖尿病合併症との関連
 HbA1c値と合併症関連の報告と同様、TIRと合併症との関連も報告されています。2型糖尿病患者3,262人を対象とした検討で、網膜症の重症度が高い群でTIRが有意に低かったと報告されています(Diabetes Care 41:2370,2018)。また2型糖尿病6,225人を対象とした前向き研究で、TIRが高い方が心血管死亡率および全死亡率が低いことも報告されています(Diabetes Care 44:549,2021)。

◆CGMの実情と進歩
 現在日本で使用可能なリアルタイムCGM(rtCGM)は、フリースタイルリブレ(Abbott社)、デクスコムG6(Dexcom, テルモ社)、ガーディアンコネクトおよびMinimed 600シリーズ、770G(Medtronic社)です。Minimed600シリーズ、770Gはインスリンポンプと同期したCGM(SAP:sensor augmentedpump)です。我々の施設で、まだ低血糖回避機能のないMinimed620Gで治療した1型糖尿病の検討では、TIRが開始時平均62%から6カ月後68%まで有意に上昇しました(Diabetol Int 13:280,2022)。今後活躍するMinimed770Gはhybrid closed-loopと呼ばれ、基礎インスリン量を自動調節して血糖値を120mg/dLにする機能がついています。rtCGMが日常診療で使用されるようになった現在、HbA1c値の改善と共に血糖変動を少なくすることで、糖尿病患者さんの予後が改善していくことを期待しています。

このページの先頭へ