今日、病気の治療の多くは、患者との対話の中から始まります。その間の説明の不足に基づく誤解は、重大な結果をもたらしかねません。かつてある患者が、食間服用の薬を食事の最中に飲むものと誤解していたという話がありました。現在では、さらに臨床成績を中心に対話することが普通であるので、ことは重大です。
肥満した糖尿病患者さんが、「いつも痩せるように指導されていましたが、今度こそ痩せました」といって嬉々として来院されました。話によれば、減食しても痩せないので思いきって甘いものを沢山食べることにしたということです。果して口渇、多尿は激しく、血糖も従来の3倍も高く、恐らく尿糖排泄量は 200g にも及んでいたでしょう。200g の尿糖は 800kcal のロスとなって痩せるわけです。
患者さんの中にはグリコヘモグロビン(HbA1C)を普通のヘモグロビンと考え違いをして、だんだんヘモグロビンが増えて来た、これは貧血が良くなって来たことで大変うれしいという話があります。また、診察時に当日の血糖と前回来院時の HbA1Cの成績をお渡しするのですが、血糖の方だけに着目して、毎回の説明にもかかわらず HbA1Cの重要性に対する関心は薄いことがままあります。変動の激しい血糖よりも HbA1Cの方が、合併症予防にはより重要であることから、現在、HbA1Cの高い人や変動の激しい人には、差し上げた HbA1C値をもとにグラフを御自分で書いていただくことにしています。
血清脂質の測定のためには朝食を食べずにおいで下さいとお願いしているのですが、なるほど朝早く朝食を持参して来院、たしかに朝食を食べずにうんと早く来られるのであるが、来院後、直ちに採血までの間に持参した朝食を食べておられる患者さんを発見しました。医者の指示はいかに詳しくとも不足であり、とくにその指示の意味することまでの説明が必要です。
フルクトサミンとは、血清蛋白がブドウ糖と結合した糖化蛋白のことですが、最近この測定が生化学検査の自動化システムのひとつに加えることが出来るようになりました。
フルクトサミンは、血清蛋白の半減期が2週間であることから、採血時点からさかのぼって2週間の血糖の平均値をよく反映するといわれています。このことは、1~2ヵ月前のコントロール状態を反映するとされている HbA1Cよりもより短かいことが特微です。また、インスリンや SU剤の治療を開始する場合には、1週間あるいは2週間後の血糖コントロールの良否を判定するのによい目安となります。この場合も HbA1Cでは下り方がゆるやかですからあまりよい指標になりません。そのため急に血糖コントロールが乱れたときにも、フルクトサミンの増加が早くからみられるので役に立ちます。
これらのことから、血糖変動のはげしい小児糖尿病や、糖尿病妊婦で厳格なコントロールが必要な場合、あるいはインスリン非依存型糖尿病でも治療開始時や治療変更時には、フルクトサミンの測定が有用です。
測定用の検体には通常血清を用いますが、もし血漿を用いた場合には抗凝固剤の影響で値が低値となります。測定値は食事の影響をうけないので、採血は随時可能です。検体保存は、血清分離4℃で3日間、-20℃で20日間安定です。血清フルクトサミンの正常値は 2.45±0.19mmol/L で、カットオフ値は 2.9mmol/L です。
測定値を解釈する際に注意すべき点は、低蛋白血症や低アルブミン血症がある場合には、フルクトサミンが低値に出るということです。従って、ネフローゼ症候群や急性感染症や肝疾患などを合併した糖尿病患者のフルクトサミンは低目に出ますから、測定値をそのまま血糖コントロール状態を反映していると解釈するわけにはいきません。
この場合に血清蛋白あるいはアルブミン濃度で補正するという考えもありますが、得られた値がかえって高く出てしまうという事から意見の一致をみておりません。
このように、フルクトサミンの測定は症例の適応を考慮した上で行う必要があると思います。
通常、尿中タンパクの検出はマルテステックスなどの試験紙法でなされておりますが、これは尿中アルブミン濃度が 15mg/dL以上ではじめて(+)と表示されます。しかし、15mg/dL以下、つまり(-)であっても初期の糖尿病性腎症が存在することが最近あきらかにされてきました。正常者の尿中アルブミン値は 1.8mg/dL以下(24時間で 15mg以下、あるいは1分間あたり 20μg以下)といわれていますので、この 1.8mg/dL から約15mg/dL の濃度のアルブミンをふくむ尿を特にマイクロアルブミン尿とよんでいます。
Mogensen は、糖尿病性腎症を次のような5段階に分類しています。病期I、機能亢進期;II、無臨床期、組織学的にわずかな変化がみられる;III、II の進行したもの:IV、0.5g/日以上のタンパク尿(試験紙法で常に陽性);V、腎不全。この病期I、II の時期は、糸球体ろか率 (GFR) が増大するため、マイクロアルブミン排泄が増加すると考えられています。腎糸球体に器質的な変化なく腎の機能的な変化のみのこの時期に、血糖コントロールをよくすれば、マイクロアルブミンは陰性化すると考えられています。病期が III、IV、Vとすすむと、器質的な変化にかわり、試験紙法でも常に検出されるようになります。従って、この病期I、II こそ将来の腎症の進展を阻止する重要な時期といえます。
インスリン依存型糖尿病は、小児・ヤングの人々に多く、糖尿病の罹病期間が長くなるため、腎症にならないように特によいコントロールを必要とします。私達の小児・ヤング外来では、1年半前よりこの尿中マイクロアルブミンをルーチンに測定して腎症を早期に発見することにつとめています。3~4ヵ月に1度、早朝第一尿を持ってきてもらい、簡便な免疫比濁法により測定します(富岡、児玉ら、『医学のあゆみ』、1月21日号 '89)。
どれくらいの尿中マイクロアルブミン値ならば正常域にもどれるのでしょうか。現在のところ、6~7mg/dL あたりまでのように思われます。小児・ヤング外来を担当している大谷敏嘉らは、小児糖尿病でこの尿中マイクロアルブミン値と眼底所見がたいへん密接に関連することを認めています。尿中マイクロアルブミンを測定しておけば、腎症さらには網膜症も早期に予知できるわけです。
つい最近、外来で簡単に尿中マイクロアルブミンを測定できる半定量法も開発されました。この方法も活用すれば、ますます手軽に尿中アルブミンを測定することができ、糖尿病の人たちを腎症に進行させない手段として応用できると思います。
| このカードは患者さん自身が HbA1を毎月記入するようになっています。
自分で記入することによって、コントロールをよくしようとする motivation が生まれます。
HbA1、HbA1Cを色分けで正常値、目標値、poor control の領域に分かれています。 |
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