DIABETES NEWS No.163
 
No.163 2018 March/April 

第55回日本糖尿病学会関東甲信越地方会に参加して
―症例報告からビッグデータまで―

東京女子医科大学 内科学(第三)講座
(糖尿病・代謝内科)教授・講座主任
馬場園哲也
 本年1月20日に新潟市で第55回日本糖尿病学会関東甲信越地方会が開催されました。会長は新潟大学教授の曽根博仁先生がお務めになりました。地方会に参加して感じたことをお話したいと思います。

◆症例報告の重要性
 地方会では、毎回多くの症例報告が発表されます。恩師である平田幸正教授は、症例報告の重要性を当時の医局員に繰り返し説かれました。どのような症例が、報告する価値があるかの判断は難しいですが、最大限の文献検索を行った上でも世界で初めて発見された疾患は、間違いなく報告する価値があります。平田教授がみいだされたインスリン自己免疫症候群はその代表例です。
 新規性の点では劣るものの、その後同じ疾患がみつかった場合、しばらくは報告する価値があると思います。それらの症例を系統的に解析することによって、その疾患概念が徐々に確固たるものとなるからです。

◆抗PD‒1抗体による劇症1型糖尿病
 ある薬剤の副作用が新規に認められた場合も症例報告に値します。その副作用が特に重篤である場合はなおさらです。メラノーマや肺癌に対する抗PD‒1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬が、劇症1型糖尿病を誘発することが知られており、今回の地方会でも当科を含め複数の施設から症例報告がありました。詳細は本号の別稿に譲りますが、どのような患者さんにこのような重篤な合併症が起こるかいまだ不明であり、糖尿病専門医がこのような症例報告を蓄積し、系統的な解析を行うことは極めて重要です。

◆SGLT2阻害薬によるケトアシドーシス
 今回SGLT2阻害薬に関する演題も多く、その中で、SGLT2阻害薬を開始後にケトアシドーシス(DKA)を発症した2型糖尿病の症例も、複数の施設から発表されました。通常みられるDKAに比べ、比較的血糖値が低いことが特徴であり、この副作用の病態解明の上でも、症例の蓄積が必要です。

◆ビッグデータ・サイエンス
 一方、最近わが国でも、いわゆるビッグデータを用いた臨床疫学研究が行われるようになり、今回の地方会では、「ビッグデータ・サイエンスが開く新しい糖尿病診療と療養指導」という、"次世代"シンポジウムが企画されました。この領域の第一人者である、曽根会長ならではのプログラムといえます。現在様々な医療ビッグデータの入手が比較的容易となり、糖尿病領域でもすでにエビデンスが発信されつつあります。当科のDIACETも同様です。
 しかし、わずか1例の症例報告からえられる情報が、数十万から数百万人規模のビッグデータ・サイエンスに優ることもあります。ビッグデータ・サイエンスの進歩に期待しながらも、1例1例の症例報告を今後も大切にしていきたいと思いながら、寒い新潟から帰ってきました。

 

糖尿病診療におけるデバイスの進歩

東京女子医科大学糖尿病センター
内科 助教
小林浩子
 糖尿病の検査や治療に用いる医療機器は急速に進歩しています。連続して間質液の糖濃度をモニタリングするCGM(continuous glucose monitoring)は、現在では一定期間機器を装着後に糖濃度のデータを解析するレトロスペクティブCGM、糖濃度の測定値がリアルタイムに画面に表示されるパーソナルCGMを装備したインスリンポンプSAP(sensor augmented pump)、皮膚にセンサーを装着し好きな時にリーダーをかざして糖濃度をみることのできるFGM(flash glucose monitoring)の使用が可能となっています。

◆SAP療法
 2014年11月より使用可能となったメドトロニック社620Gは、糖濃度を測定するエンライトセンサとインスリンポンプの注入セットをそれぞれ装着します。送信器を取り付けると、ポンプに電気信号で連続的な値が通信され、それが5分毎にグルコース値としてポンプのモニタ画面上に表示されます。グルコース値の変動やスピード(トレンド)もグラフや矢印の向きと本数により表示されます。高血糖や低血糖時のアラーム設定、および予測アラート機能を利用して、高・低血糖に対し早めに対処することが可能です。海外では予測低血糖自動注入停止機能を搭載した640Gが販売されています。さらにCGMでの血糖変動に合わせてインスリンを注入するclosed loop systemやインスリンとグルカゴンを糖濃度に合わせて自動注入するbionic pancreasの研究も進行しています。

◆FGMについて
 2017年9月にAbbott社の「FreeStyleリブレ」が保険適用になりました。頻回インスリン注射法や620G以外のインスリンポンプで治療中の患者も使用できるため、急速に利用者数が増加しています。500円玉大のセンサー内にメモリが内蔵されており、上腕に穿刺装着すると間質液のグルコース濃度1分毎に測定され、直近8時間分のデータが14日間にわたって、蓄積・更新されていきます。キャリブレーションの必要はありませんが、620Gのようにデータが自動送信されないため、グルコース測定値とそのトレンド、および過去8時間の連続データはリーダーをかざすことで読み取る必要があります。

◆利点と課題
 患者自身が食事内容や日常生活の中での血糖変動パターンを詳細に把握することができるため、個々にフィットしたポンプの設定やインスリン注射の方法を模索することができます。その一方で血糖推移が見えすぎてしまうことによるストレス、表示された値と実測値との乖離やセンサーの精度に対する不満、装着部位の皮膚トラブルや医療費の増大などの問題点も挙げられます。医療者の視点からみても、血糖の流れを可視化できるようになったメリットは大きいですが、その膨大なデータを有効に活用するため、また新たな問題点へ対応するための工夫が必要です。

◆日本初のパッチ式インスリンポンプ
 2017年11月にテルモ社の「メディセーフウィズ」が製造販売承認を取得しました。長さ78mm×幅19mm×奥行40mmのポンプは駆動部と3日毎に交換が必要なカートリッジ部分とに分かれています。これまでの製品との大きな違いは注入ラインがないことです。ポンプを直接皮膚に装着し基礎注入やボーラスなどの設定は全てリモコンで行います。スマホと同様タッチパネル式で日本語表示です。

◆おわりに
 相次ぐデバイスの進歩に伴い、糖尿病医療は新たな時代に突入しました。医療者はこうした技術の進歩のメリット、デメリットについて理解し、患者一人一人と十分に話し合い、適切な治療法を選択していくことが重要です。

 

抗PD‒1抗体薬による1型糖尿病発症例について

東京女子医科大学糖尿病センター
内科 医療練士研修生  麻沼卓弥
内科 講師  三浦順之助
 2017年11月4、5日に第15回1型糖尿病研究会が盛岡で開催されました。本会は基礎・臨床研究および症例報告を通して、1型糖尿病をより詳細に理解するための研究会です。この研究会で、いくつもの症例が報告されていたのががん治療中の抗Programmed cell death‒1(PD‒1)抗体薬による1型糖尿病発症の報告です。抗PD‒1抗体薬による1型糖尿病発症の症例数は、報告が重ねられ、少しずつ特徴も分かりつつあります。

◆薬効機序と1型糖尿病症例数
 がん免疫療法が、新たながん治療法として注目されています。ヒトの体には、細胞障害性T細胞を中心として、がんに対する防御機構があります。一方、がん細胞にも細胞性障害性T細胞の活性を低下させ、自身の生存を図る免疫システムが存在しています。免疫担当細胞に発現する分子PD‒1は、がん細胞などに発現するPD‒L1と結合することで、免疫活性が抑制されることが知られております。この結合を阻害する作用のある抗PD‒1抗体薬が現在使われているがん治療薬です。この薬剤はがん免疫チェックポイントの経路を阻害し、T細胞障害性活性を回復誘導することで抗腫瘍効果を示します。一方で、T細胞活性化作用により過度の免疫反応が惹起され、下垂体炎、甲状腺機能異常、劇症1型糖尿病を含む1型糖尿病のなど自己免疫疾患の発症が報告されています。
 国内では、2014年7月の抗PD‒1抗体製造販売承認後から2017年11月30日までに、重篤な副作用として劇症1型糖尿病が35例報告されています。発現時期は、薬剤投与開始11日後から12ヶ月後と報告されています。

◆症例の特徴
 当センターでも劇症1型糖尿病が疑われる症例を1例経験しました。通常の1型糖尿病症例と同様、急激に高血糖が出現しますが、アシドーシスの進行が比較的緩やかでした。これまで抗PD‒1抗体投与後に劇症1型糖尿病を発症した報告例を検討すると、約30%は高血糖のみあるいはケトーシスのみと報告されていました。当センターで以前報告した劇症1型糖尿病13例の臨床データと比較すると、抗PD‒1抗体投与後発症群では、初診時の血糖値が非投与群と比較して有意に低値で、アシドーシスも軽度の傾向でした。抗PD‒1抗体薬による劇症1型糖尿病は、通常の劇症1型糖尿病の病態と異なる可能性がありますが、抗PD‒1抗体薬投与中はがん治療中のため定期通院していること、1型糖尿病発症の可能性を注意喚起されていたため、早期に受診した可能性も考えられます。

◆免疫チェックポイント阻害薬の使用において
 日本糖尿病学会は、2016年5月18日付けで免疫チェックポイント阻害薬使用患者における1型糖尿病発症についてのrecommendationを出しています。その甲斐もあり、免疫チェックポイント阻害薬を使用の際は、1型糖尿病発症を含めた自己免疫性疾患の可能性も周知されていると思われますが、劇症1型糖尿病では対応が遅れると致命的となる可能性があるため、引き続き高血糖症状などについての理解を患者さんに継続指導していく必要があると考えられます。

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