DIABETES NEWS No.159
 
No.159 2017 July/August

糖尿病の総合的な
専門医になるために
―臨床研究の重要性―

東京女子医科大学
内科学(第三)講座 教授・講座主任
 馬場園哲也
◆治療法検証の困難さ
 現在多くの内科領域が、治療医学から予防医学にシフトしつつあります。糖尿病診療はその典型であり、われわれはどうすれば将来の慢性合併症を予防できるかを考えながら、日々患者さんに接する必要があります。血糖コントロールはその手段の一つにすぎず、逆に、過大なコントロールによる低血糖がむしろ悪影響を及ぼすことも、われわれはすでに学んでいます。
 糖尿病性慢性合併症は、糖尿病の長い経過で発症するため、今の治療法が果たして将来のために有意義であるかどうかを、リアルタイムに検証することは困難です。

◆臨床研究―無作為比較試験と観察研究
 将来の心筋梗塞あるいは糖尿病性腎症を予防するためには何が有効か、というクリニカル・クエスチョンを解決する目的で、これをリサーチ・クエスチョンに構造化した上での臨床試験が、これまでに多数行われてきました。臨床研究のうち、最もエビデンスレベルが高いものはランダム化比較試験(RCT)、さらにはそのメタアナリシス(またはシステマティック・レビュー)とされています。ただしRCT自体多くの問題を抱えており、必ずしもその結果を実臨床に応用できるとは限りません。
 多数の患者集団からなるコホートを用いた観察研究は、今みている患者さんを対象とした、よりリアルワールドの現象を捉えることができます。RCTに比べてエビデンスレベルが劣るとされ、治療法の検証が困難な場合が多いことも事実ですが、傾向スコアなどの統計手法を用いることで、RCTに匹敵するエビデンスが得られる可能性があります。

◆新しい糖尿病センターの決意―糖尿病の総合専門医を目指す
 糖尿病専門医は、最近開発された種々の糖尿病薬を駆使することによって、厳格かつ安全な血糖コントロールを達成する名医かもしれません。しかし糖尿病患者さんにとって、これからの人生を安心して任せられる総合的な専門医とは限りません。あるべき総合的な糖尿病専門医とは、将来の合併症予防を見据えた適確な治療法を、個々の患者さんに提案できる医師と考えています。その根拠を示す上で、臨床研究が重要です。
 東京女子医科大学糖尿病センターでは、開設者の平田幸正教授の強いリーダーシップのもと、当センターの多数の患者さんを対象とした臨床研究をこれまで行ってきました。さらに第4代講座主任の内潟安子教授が「糖尿病診療の実態に関する前向き調査(DICAET)」という、世界でも類をみない大規模観察研究を2012年に開始、すでにその成果が実りつつあります。
 最後になりましたが、2017年4月1日をもちまして、私が内科学(第三)講座教授・講座主任に就任致しました。今後さらに当センターでの臨床研究を推進し、その成果をもとに、医局員全員が糖尿病の総合専門医を目指す所存です。

 

糖尿病と腎移植を
巡る最近の話題

東京女子医科大学糖尿病センター
内科 助教 田中 伸枝
◆わが国における腎移植の現状
 末期腎不全に対する腎代替療法として、透析療法と腎移植があります。わが国における腎移植の総数は、2000年には年間749件であったのに対し、2015年では1,494件と15年間で約2倍に増加しています(日本移植学会・日本臨床腎移植学会)。糖尿病性腎症への腎移植も増加しており、2015年に行われた腎移植のうち、約14%が糖尿病性腎症に対する移植でした。
 なお、当院では毎年約200件の腎移植手術が行われており、わが国において腎移植を最も多く行っている施設です。

◆諸外国における腎移植との比較
 ただし欧米諸国と比較すると、わが国の移植数はいまだ極めて少ないのが現状です。United Network for Organ Sharingの報告によると、米国における2015年の移植総数は30,969件であり、そのうち腎単独移植は17,878件、膵腎同時移植は719件でした。一方同年に日本臓器移植ネットワークが斡旋した腎移植数はわずか167件でした。
 腎移植は腎臓の提供者により、生体腎移植と献腎移植に分類されています。わが国では生体腎移植が多いことが特徴であり、2015年に行われた腎移植の90%を生体腎移植が占めていました。腎移植は生体腎に頼らざるを得ない状況となっており、腎提供者がきわめて少ないことが、わが国の移植医療の現場にとって問題です。死後の臓器提供の意思表示をする方法の一つとして、臓器提供表示意思カードがあります。最近では、運転免許証、健康保険証やマイナンバーカードなどへの、臓器提供意思表示欄設置が進んでいます。また2010年に改正臓器移植法が施行され、本人の臓器提供の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになりました。

◆腎移植と血糖管理
 糖尿病患者が腎移植を受けた場合、免疫抑制薬などの影響により、血糖値が上昇する可能性があります。免疫抑制薬のうちステロイドはインスリン抵抗性を、タクロリムスなどのカルシニューリン阻害薬はインスリン分泌障害をきたすことが知られています。ただし、インスリンを適切に使うことにより、良好な血糖管理を維持することが可能です。また、近年使用可能となったDPP‒4阻害薬が、腎移植患者にも安全に使用できたという報告もあり、経口糖尿病薬が移植患者に対する治療薬の一つとなる可能性もあります。

◆糖尿病患者における腎移植の予後
 これまで、糖尿病性腎症に対する腎移植成績が悪いのではないかという懸念もありましたが、新たな免疫抑制薬や糖尿病治療薬の開発などにより、糖尿病患者に対する成績も向上しています。近年の報告によると、糖尿病患者における腎移植後の腎および生命予後は、非糖尿病者と比較して遜色ないとされています(秋岡清一ほか)。

◆今後の課題
 糖尿病患者に対する腎移植には、いまだ改善すべき点も多くあります。腎移植に至る糖尿病患者は全身の合併症を認めることが多く、移植医と腎臓内科医、透析医に加え、糖尿病医の協力が不可欠といえます。今後糖尿病腎移植患者に関する臨床研究がより多く行われ、治療に関するエビデンスが確立されることを期待したいと思います。

 

糖尿病診療における
医療安全対策

東京女子医科大学糖尿病センター
内科 助教 井出 理沙
 近年、糖尿病領域でも医療安全の意識が高まっています。糖尿病患者はさまざまな合併症を有することから、医療安全上リスクが高い病態であるといえますが、糖尿病の薬物療法も医療行為の中でハイリスク医療行為の一つに挙げられています。
 メディケーション(薬剤関連)エラーは、インシデント報告の中で最も多いとされており、今回はインスリンと内服薬に関するメディケーションエラーについて、最近の知見を解説したいと思います。

◆インスリンに関連したインシデント・アクシデント
 以前よりインスリンに関するインシデント・アクシデント事例は、残念ながら繰り返されています。原因として、インスリンの単位とmlを誤解しやすいこと(正確には1単位=0.01ml)、最近インスリン製剤の種類や投与方法が多様化していること、投与量の変更が頻回であること、などが考えられます。2015年の日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業報告書(第41‒44回)のアクシデント事例では、インスリン量・種類の間違いが多くみられました。中でも持続静注の際に、インスリン希釈の誤った指示や単位とmlの誤解やインスリン専用ではない注射器による調整は、10倍量などの過剰投与を引き起こし、重篤な低血糖につながっていました。同機構の医療安全情報では、単位の誤解やバイアル中のインスリン量の誤認に関する注意喚起が出されています。当院でも持続静注の組成の統一、すなわちレギュラーインスリン0.5ml(50単位)+生理食塩水50mlで1単位≒1mlとなるように希釈し、これを専用のシリンジポンプで使用することや、調整には専用注射器を使用するといった院内の統一したルールを運用しています。先の報告書によると、インスリンに関する事例は様々な診療科で発生していました。糖尿病専門医・スタッフには、インスリンの安全な使用について声を上げ、リスクを軽減できる改善策を共に考えていく役割が求められます。

◆糖尿病におけるポリファーマシー
 日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」では、5~6剤以上の処方をポリファーマシーと定義しています。糖尿病患者では経口血糖降下薬だけでも2剤以上の割合が約64%と増える傾向にあり(Oishi M, et al. J Diabetes Investig 5:581‒587, 2014)、合併症や併存疾患への処方も合わせれば、ポリファーマシーになる可能性が高いと考えられます。
 フランスの大学病院に入院した患者を対象にした検討でも、糖尿病患者の処方数は平均で8.7剤と非糖尿病患者の約2倍であり、その多さが糖尿病患者におけるメディケーションエラーの多さに関連していました(Breuker C, et al. Eur J Intern Med 38:38‒45, 2017)。
 このように糖尿病でのポリファーマシーはメディケーションエラーのリスクになるといえます。ポリファーマシーの対策として、処方の際の減薬は慎重に行う必要があり、それのみでは不十分と言えます。ポリファーマシーであっても多職種による服薬管理で有害事象を未然に防げる場合も多く、取り組めばメディケーションエラーの減少が期待しやすいと言えるかもしれません。

◆チーム医療の実績を生かして
  以上のように、糖尿病はメディケーションエラーの観点からもハイリスクといえますが、一方で医療安全にとって不可欠なチーム医療に、早期から取り組んできた分野という実績があります。職種や診療科の壁を超えて、チームワークを高めることが糖尿病診療における医療安全対策の第一歩と言えるのではないでしょうか。

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