DIABETES NEWS No.155
 
No.155 2016 November/December

患者さん一人ひとりに沿った最適な薬物選択
―DIACET4 年を経過して

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 本年のヨーロッパ糖尿病学会(EASD)はミュンヘンで開催されました。東欧、ウズベキスタン、モンゴル、中国、韓国、オーストラリアなど多くの国から参加するマンモス学会となり、アメリカ糖尿病学会を凌ぐ参加人数になったという巷での評判でした。まだ開催期間中ながら帰国の途についていますが、ひとつ記憶に残るシンポジウムがありました。

◆厳格な血糖コントロールへの新しい方法
 これがシンポジウムのタイトルです。3人の有名なシンポジストからそれぞれの立場に立って講演してもらおうというものです。
 最初の講演はSeufert 先生で「2型糖尿病には2剤の薬物治療が1剤よりもよい」という立場で、まず使用するメトホルミン1種類では血糖コントロールできないのでもう1剤の追加がベターという内容で、目新しいものはありません。2人目はDel Prato先生で、「最初から多数の薬物を使用しよう」という内容です。2型糖尿病は8つの臓器のいろいろな障害から発症するとの考えから、最初から各々の臓器に対応した薬物をコンビネーション治療して迅速に血糖を正常化させようという内容でした(Diabetes News142号に関連記事記載)。3人目のWilding先生の講演は正鵠を得んばかりの講演でした。「薬物の最適な選択をするのにキーとなる患者さんの背景」というタイトルになりましょうか。糖尿病薬をどのように使用していくかのガイドラインは日本の糖尿病学会はもちろん有名なところではアメリカ糖尿病学会、EASDやカナダ糖尿病学会などから発表されていますが、最適な薬の選択のアルゴリズムに、年齢、性別、肥満度、人種、罹病期間、職業、運転の有無、独居の有無、患者さんの好みや考え方と、Cペプチド値、インスリン抵抗性の度合い、腎や肝機能、血圧、心血管状態、認知度、フレイル状態、骨折の有無、がんの有無を斟酌し、そしてサポート環境...、これらの要素を十分に考慮して最適な選択をしようという内容でした。

◆4回実施したDIACET 調査から学んだこと
 DIACET 調査という大掛かりな事業を開始して、糖尿病センターに通院くださる患者さんお一人ひとりの心持ちがだんだんわかってきました。65 歳以上の方が全体の50%であり、その約30%の方に心身の負担が大きくのしかかり、うつ的になっておられることがわかりました。うつがあるかどうかを迅速にチェックし、神経内科に早急に受診していただき専門的治療を開始する流れを作りました。
 今号にご寄稿いただいた歯科口腔外科とのスムーズな診療提携もそうです。

 

糖尿病と歯科


東京女子医科大学歯科口腔外科
教授・講座主任
 安藤 智博
 最近、歯周病に最も関わりがある病気として『糖尿病』が注目されていますが、当院では通院中の糖尿病患者さんが歯科受診をしやすくなるような診療連携システムを作りました。そこで今回は糖尿病と歯周病の関係、糖尿病患者さんの歯科治療について解説します。

◆糖尿病と歯周病
 歯周病とは歯肉炎と歯周炎を合わせたものです。歯周炎は歯肉だけでなく歯の周囲の骨(歯槽骨)にまで炎症が波及し歯茎からの出血、排膿(歯槽膿漏)がみられる状態で、進行すると歯の動揺、脱落が起こります。日本人が歯を失う最大の原因が歯周病です。歯周病の原因はデンタルプラーク(細菌の塊、1g中10の11乗個の細菌がいる)や口腔内の細菌、特に嫌気性のグラム陰性桿菌による慢性炎症です。歯周ポケット内の嫌気性グラム陰性菌の内毒素は炎症性サイトカインの産生をもたらします。歯周病は細小血管症および大血管症に次ぐ、糖尿病の注目すべき合併症と言われています。糖尿病診療ガイドライン(2013)、糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン(2014)ともに糖尿病患者は、健常者と比較して歯周病の有病率が高く、糖尿病になると歯周病になる確率が高くなるとの記載が高いレベルのエビデンスで示され、定期的に歯科を受診して口腔の状態をチェックし、必要に応じて歯科治療を行うことが推奨されています。また、血糖コントロールの状態と歯周病の関係を調べた研究では血糖コントロールが不良(HbA1c>7%)な1型および2型糖尿病患者群は非糖尿病患者に比べて5年後の健康な歯肉の幅の減少と歯の喪失リスクの増大を認めたが、血糖コントロールが良好(HbA1c≦7%)な1型および2型糖尿病患者群では、そのような関連が認められなかったという報告があります(Diabetes Care. 2012)。

◆糖尿病患者さんの歯科治療
 歯茎が腫れた、出血する、口臭が気になるなど歯周病の症状があっても、歯科を受診すると痛いことをされるのでは、あるいは歯を抜かれるのでは、などと思い受診をためらう患者さんも多いと思われます。歯周病は嫌気性グラム陰性菌によっておこる慢性炎症です。悪い細菌、慢性炎症巣は放っておいて良いわけはありません。前述した科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013、糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン2014にあるように糖尿病患者さんにこそ歯科受診、定期検診が必要になります。古くから歯周病と糖尿病の関係については論文などで示されています。最近では日本における大規模疫学調査によってもHbA1c と歯周病の負の相関が示され(Morita I, ほか,J Dent Res.2012)、歯周病治療によってHbA1c が有意に改善するという、幾つかのランダム化比較試験の結果が出ています。
 歯周病の治療ですが、まず口の中を見て歯の動揺、歯肉の状態のチェックと歯周ポケットの深さの測定を行います。パノラマX 線検査も必要です。治療の根本は歯周病菌を減らすことです。毎日の歯磨きが一番大切ですが、ポケットの奥の菌や歯石の除去は専門家(歯科医師、歯科衛生士)による処置が必要です。場合により抗菌薬の投与も有効です。抜歯以外に病巣の治癒、細菌の除去が望めない場合がありますので、抜歯も重要な治療のひとつになります。

◆かかりつけの歯科でプラークコントロールを
 血糖がコントロールされていれば歯科の治療は問題なく受けることができますが、未治療、コントロール不良の糖尿病患者さんでは歯周病あるいは根尖病巣などが原因で炎症が周囲に波及し、顔面頸部の蜂窩織炎、顎骨の骨髄炎を経験することがあります。血糖コントロールとともにプラークコントロール(口腔清掃)も重要です。かかりつけの歯科をもつことが良いと思います。

 

当院の膵全摘患者さんの
術後経過

東京女子医科大学糖尿病センター
講師 三浦順之助
東京医科大学茨城医療センター外科(前東京女子医大消化器外科)
教授 鈴木 修司
東京女子医科大学消化器外科
教授 山本 雅一
 以前から膵全摘術後は元通りに元気になることが困難と言われてきました。インスリンやグルカゴン分泌、消化酵素が欠如し、糖代謝の悪化や消化吸収不良による低栄養状態、さらに原膵疾患の影響があるからです。最近は、膵酵素薬の改良によって消化吸収不良は格段に改善し、多種のインスリン製剤やデバイスを用いて患者さんの生活に合った糖尿病治療が可能となりました。膵全摘術はIPMN(Intraductal papillary mucinous neoplasm)など一部前癌病変と考えられる疾患にも適応拡大されています。
 糖尿病センターには多くの膵全摘術後患者さんが受診されており、消化器外科と共同で患者さんの経過を調査してみました(ScandJ of Gastroenterol: 2016 in press)。

◆手術1 年後までの経過
 消化器外科で膵全摘術を施行され、1年以上経過を追うことができた41(男性23)名の調査です。原疾患は膵管内乳頭粘液腫瘍25名、浸潤膵管癌13名、膵管内結節乳頭腫瘍1名、膵転移2名で、うち悪性疾患は85%でした。手術時から術後1年後までの栄養状態、糖代謝、インスリン使用量、肝CT値、膵酵素補充量などを調べました。手術時の年齢は65±8歳、BMI21.0±2.9、HbA1c6.4±1.3%、既に糖尿病が39%にあり、29.3%がインスリン治療を行っていました。HbA1cは1年後7.4±1.3%と有意に上昇(p<0.0001)し、肝CT値は1年後に有意に低下(p<0.0005)し、脂肪肝の進行がみられました。術後は全員頻回注射による強化インスリン療法となりました。インスリン使用量は術後1ヶ月からほぼ安定し、1年後は0.56±0.16単位/kg/日でした。またBMI、クレアチニン、アルブミン、総コレステロール、中性脂肪、ヘモグロビンには術後1ヶ月後からは有意な変化はありませんでした。膵酵素補充量は経過とともに増えていき、1年後はリパーゼ換算で平均約125,000単位になりました(vs.1ヶ月時、p=0.001)。

◆術後HbA1c 悪化の患者さんは?
 1年後HbA1cの改善群と悪化群を比較したところ、年齢、脂質、インスリン使用量には有意差はありませんでしたが、BMI は悪化群で有意に低値でした(悪化/改善群:20.4±2.9/21.9±1.0, p=0.029)。1年後のHbA1cに関係する臨床因子を多変量解析したところ、1年後の膵酵素補充量が独立して関連することがわかりました(β =0.417, p<0.05)

◆血糖管理と消化器症状の改善
 まとめますと、1年後インスリン使用量30単位/日(中央値)、HbA1c7.6%、膵酵素補充量125,000単位、体重減少した患者は44%と半分以下であり、他の報告と同等の成績でした。しかし、下痢症状を訴える患者は極端に少なく、膵酵素が十分に補充されており、消化器症状を中心としたQOLは、比較的保たれていることが判りました。

◆治療連携の重要性
 膵全摘術後は十分な膵酵素補充量と十分なインスリン治療が不可欠です。消化器科と我々糖尿病医が互いに密に連携して治療経過を診ていきます。

このページの先頭へ