DIABETES NEWS No.149
 
No.149 2015 November/December

4年目に入るDIACET調査

東京女子医科大学糖尿病センター
センター長
 内潟 安子
 初代所長平田幸正先生は、糖尿病眼科があるのと同じく、例えば、糖尿病小児科、糖尿病腎臓科、糖尿病心臓科、糖尿病皮膚科、糖尿病乳線科、糖尿病○○科、糖尿病△△科、糖尿病放射線科までもあってもいいと考えておられました。とても大胆な発想で、びっくりしたことを思い出します。先生は、糖尿病という疾患をすべて診るにはそれくらい広大な守備範囲を必要とすると、当時すでに思っておられたのでしょう。

◆糖尿病という疾患を把握する
 2015年の現在の糖尿病診療を考えますと、その通りで、糖尿病に従事する医師は、内科だけでなく小児科学から免疫学、解剖学、発生学、生理学、微生物学、分子生物学、遺伝学、皮膚科学、心療内科学、放射線学、医療統計学とあらゆる学問に対して、糖尿病というレンズを通した学問知識を必要とし、足りないところは仲間で助け合って(ピアサポート)、糖尿病という疾患に対峙していく毎日といえましょう。
 メディカルスタッフは、ナースはナースの知識だけでなく検査技師の知識も栄養士の知識も薬剤師の知識までも、広く浅くであっても知らなければなりません。そういう知識をもったメディカルスタッフには糖尿病療養指導士という称号が与えられます。
 このように患者さんお一人おひとりを多次元、多職種で把握し、時間とともに(人生とともに、加齢とともに)常に広い視野で把握し続けることを行って始めて、糖尿病という疾患を捉えることができるのでしょう。
 そのためには、私たちは外来の短い診察時間を有効に活用することをしなければなりません。それでも把握しきれず漏れてしまうことのほうが多いかもしれない。多くの患者さんにお越しいただいている当センターですので、無記名のアンケート調査を、年に1回の調査を実施することによって、把握しきれなかったことや年々の移り変わりを経時的に把握できるのではないかと考え、患者さんの多大なご協力を得てDIACETを開始しました。本年10月からは4回目となります。

◆DIACETからわかったこと
 DIACET2012調査から、65歳以上の通院患者さんの約3割にうつ症状があることがわかりました(142号に記載)。現在、確定診断への流れ、治療などの対策を講じています。一方、うつは腎症の程度とも関連がありました。また、インスリン治療中の無自覚低血糖頻度は長期罹病期間と腎障害との関連がありました。2型糖尿病と癌の関連は多施設からの報告と同じ頻度でした。

◆Web回答の利点
 Web回答者は、2013年の4.3%から2014年は5.1%になりました。Webで回答をしますと、次年度の回答が簡単にできるように仕組んであります。そして療養に耳寄りな論文を年4回紹介発信していますのでWeb回答者が増えるものと期待しています。

 

妊娠中の糖代謝異常と
8月に発表された
診断基準の改訂
東京女子医科大学糖尿病センター
講師
 柳沢 慶香
 妊娠と糖代謝は相互に強い関連を持ちます。妊娠中期以降は胎盤からのホルモンがインスリン抵抗性を引き起こし、食後の血糖が上昇しやすくなります。このような変化に対処しきれない、もともとインスリン分泌の少ない人は、妊娠中に糖尿病を発症し、周産期合併症のリスクとなるため、治療する必要があるとの認識から、妊娠糖尿病という概念が確立しました。
 わが国では世界統一の妊娠糖尿病の診断基準案に準拠した形で、2010年、妊娠糖尿病の新診断基準が導入されました。しかし、日本糖尿病学会と、日本産科婦人科学会、日本糖尿病・妊娠学会の診断基準に一部不一致がありました。このため、3学会合同で診断基準の統一化に向けた検討が行われ、本年8月、改訂診断基準が「妊娠中の糖代謝異常と診断基準」として発表されました。

◆診断基準改訂後の妊娠中の糖代謝異常
 診断基準改訂前は、妊娠中の糖代謝異常には、妊娠中に発見された糖代謝異常として「妊娠糖尿病」と「妊娠時に診断された明らかな糖尿病」、妊娠前から糖尿病が診断されていた「糖尿病合併妊娠」がありました。改訂後には、「妊娠糖尿病」、「妊娠中の明らかな糖尿病」、「糖尿病合併妊娠」の3病名になり、以下のような診断基準を用いるように提示されました。

◆妊娠糖尿病
 妊娠糖尿病の定義、診断基準は今回の改訂では変わりません。「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である」と定義され、妊娠中の75g糖負荷試験で、空腹時血糖値92mg/dl以上、1時間値180mg/dl以上、2時間値153mg/dl以上のいずれかを満たす場合に診断されます。糖尿病よりは軽症の糖代謝異常でありますが、高血糖を放置すると、児の過剰発育を引き起こし難産などの原因となります。また、妊娠糖尿病は、将来の糖尿病のハイリスクであることが知られています。

◆妊娠中の明らかな糖尿病
 随時血糖値200mg/dl以上あるいは75g糖負荷試験で2時間値200mg/dl以上の場合に疑われ、空腹時血糖値126mg/dl以上またはHbA1c値6.5%以上で診断されます。「妊娠中の明らかな糖尿病」には妊娠前に見逃されていた糖尿病、妊娠中の糖代謝の変化の影響を受けた糖代謝異常、妊娠中に発症した1型糖尿病が含まれ、個々の病態に合わせた治療が必要です。また、分娩後に診断の確認が必要であり、あくまでも妊娠中の管理を優先するための暫定的な病名であるという観点から、従来の「妊娠時に診断された明らかな糖尿病」から「診断された」という断定的表現が削除されました。

◆糖尿病合併妊娠
 今回の改訂では、糖尿病合併妊娠についても明確な診断基準が設けられました。糖尿病合併妊娠は①妊娠前にすでに診断されている糖尿病、②確実な糖尿病網膜症があるもの、となりました。従来、「確実な糖尿病網膜症があるもの」は、「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」の診断基準に含まれていました。妊娠前に糖尿病を診断されていなかったとしても、確実な網膜症があれば妊娠前より糖尿病が存在していたと考えられるということです。

◆最後に
 今回の改訂により、妊娠中に扱う3つの糖代謝異常の違いが明確になり、確実な診 断、そして迅速で適切な管理につながることが期待されます。

 

車の運転と低血糖
―運転時の低血糖対策と
法律の視点から―
東京女子医科大学糖尿病センター
助教
 高池 浩子
 自動車運転中に低血糖に陥り適切な対処が遅れると、判断力が低下し運転に悪影響を及ぼします。1型糖尿病患者さんを対象とした研究で、血糖値の低下に伴い、特にハンドル操作、ブレーキ操作、さらにはスピードに対する制御能力が低下すると報告されています(Cox et al, Diabetes Care 2000)。
 平成23年度の低血糖症による運転免許処分数は年間6件と報告され、他の疾患のと比較して多くはありません(第4回一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会資料より)。しかしながら日常診療の場で、患者さんから運転に関わるヒヤッとするエピソードをきくことは稀ではありません。
 昨年6月から施行されている改正道路交通法と運転時の低血糖対策についてまとめました。

◆昨年の改正道路交通法の施行により
 昨今の道路交通に係る社会情勢に対応するため、道路交通法が一部改正され、平成26年6月より施行されています。①無自覚性低血糖など運転に支障がある病状を自覚しながら故意に申告しなかった運転免許取得者に対し、新たに1年以下の懲役または30万円以下の罰金が定められました。また、上記を正直に申告したために免許が取り消された場合、3年以内であれば技能試験および学科試験が免除されることになりました。②安全な運転に支障を及ぼすおそれが認められる患者を診察した医師は、その判断により任意で患者の診断結果を公安委員会に届け出できるようになりました。この場合は医師の守秘義務の例外として扱われることになりました(日本医師会、日本糖尿病学会、日本糖尿病協会ホームページを参照)。

◆自動車運転死傷処罰法について
 本改正道路交通法の施行により、平成26年5月から施行されている法律で「病気の ために正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、その状態であることを自分でもわかっていながら運転し、その結果、人を死亡させたり、負傷させたりした」場合、15年以下の懲役が科されるとなりました。通常の交通事故では自動車運転過失致死傷罪で7年以下の懲役が科されることと比較すると、格段に重いものです。いわば、飲酒運転をしてはいけないと知っていながら飲酒運転すると罰せられるということと同じです。

◆運転時の低血糖対策
 運転中の低血糖を予防する、ないし「なるかな」と予測することが大事になります。
 1. 運転前に血糖値を確認しましょう。血糖値が低いときはもちろん、血糖値が正常範囲内であっても、これから下がっていくことが予測される場合には、糖分を補給しましょう。車の中の、手が届くところに糖分のものを用意しておきましょう。
 2. 低血糖症状を自覚した後、糖分を補給しながら運転を継続して低血糖に陥り、事故に至ったケースもあります。運転中は常に低血糖を意識し、低血糖症状が出現したら直ちに車を安全な場所に停車させ、糖補給をしましょう。
 3. また入浴後や運動後など、低血糖が下がりやすい時間帯の運転は控えるべきです。
 是非、日本糖尿病協会発行月刊「さかえ」2015年1月号の最後のページにある「自己管理と低血糖の1, 2, 3」カードを携帯してもらいましょう。

◆おわりに
 運転免許を取得するのは国民として当然の権利です。しかしその一方で道路交通の安全を確保し、交通事故を未然に防がなくてはなりません。
 個々の運転適性と同時に、他人の安全に心を配る広い気持をもって運転!ですね。

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